なお、検討のプロ棋士たちは△8一飛▲3二角成△同玉の局面でSeleneが時間を使っている間に▲1三歩成ならば後手勝ちと結論を下している。一方Seleneと評価ソフトのやねうら王は▲1三歩成の局面まで進んでもなお先手にプラス評価を付けていた。
これほど明確に勝ち負けの結論を人間が出している局面で、コンピュータ将棋がそれを正確に判断できないというのは意外であり、同時に致命的な弱点とも言えるわけで、今後に大きな課題を残したと言えよう。
Selene反則負けの詳細
本局の勝負はついた。しかし最後にSeleneが犯してしまった反則負けという結末がある。コンピュータ将棋を語る上では外せない事象なので、その詳細をできるだけ正確に確認しておきたい。
図が実際の盤上に再現された最終局面だ。△2七同角不成で先手の玉に王手がかかっているので、先手は王手を解除する手を指さなければいけないのだが、Seleneは王手を解除しない▲2二銀という反則手を指そうとしてエラーが発生し、反則負けとして敗れている。
もう少し正確に言うと、Seleneという将棋ソフトの本体であるエンジン部のプログラムは内部的に▲2二銀という手を指したが、指し手を外部に出力するための将棋所という汎用ソフトが、反則手であると判定してSeleneの反則負けという信号をSeleneに返したということだ。そのため▲2二銀という手は実際に電王手さんが指すことはなかったのである。
先にも少し触れたが、Seleneのプログラムには飛車と角と歩を成れるのに成らない手を認識する機能が抜け落ちていた。本譜のように角不成を指されると、相手が何か指して自分の指す番になったことはわかるが、何を指されたのかは認識できないということになるようだ。恐らくSeleneの中では直前の局面のまま手番だけが回ってきたと認識して▲2二銀という手を指してしまったのだろう。
プロ棋士の恐るべき研究力
本局は非常に高度な序盤の模様の取り合いから始まり、中盤の見応えあるねじり合い、そしてギリギリの攻防を追求した終盤戦と見どころの多い将棋だった。しかし、結果を見れば、最後は永瀬六段の読みがSeleneを完全に上回り、さらにプログラムの欠陥まで指摘する形で幕を閉じた。まさにプロ棋士の完勝、恐るべき研究力だ。
後日永瀬六段に話を聞くとSelene対策を研究する段階で、ある棋士の全面的な協力を得たという。その棋士とは、「第2回将棋電王戦」の第1局で完璧な勝ち方を見せた阿部光瑠五段だ。「彼には感謝してもしきれません」と永瀬六段は語る。
プロ棋士が特定の相手を倒すために協力して策を練るというのは、異例中の異例なことだ。個人競技を戦うプロとしてのプライドが許さないということもあるだろう。だが、コンピュータ将棋を倒すという目的のために今回はプライドを捨てて、できることを全てやってきているのだ。
総力戦で臨むプロ棋士の前にコンピュータ将棋は敗れ去るのかどうか。続く第3局は函館・五稜郭で行われる。コンピュータ将棋の真価が問われるだろう。
将棋電王戦FINAL 観戦記 | |
第1局 | 斎藤慎太郎五段 対 Apery - 反撃の狼煙とAperyの誤算 |
第2局 | 永瀬拓矢六段 対 Selene - 努力の矛先、永瀬六段の才知 |
第3局 | 稲葉陽七段 対 やねうら王 - 入玉も届かず、対ソフト戦の心理 |
第4局 | 村山慈明七段 対 ponanza - 定跡とは何か、ponanzaが示した可能性 |