人間はもうコンピュータに勝てないのか……

そう絶望していた人も多いだろう。なにしろ第2回電王戦以来、途中引き分けを挟み5連敗中なのだ。だが、本局は人間の圧勝。パーフェクトゲームだった。これまでの対局と何が違うのか、人間が勝つ鍵はどこにあるのか。その秘密に迫りたい。

3月29日、将棋のプロ棋士とコンピュータ将棋ソフトが戦う「第3回将棋電王戦」第3局、豊島将之七段対YSS(開発者:山下氏)の一戦が、大阪・あべのハルカスで行われた。対戦形式は5対5の団体戦で、ここまで将棋ソフト側が2連勝。プロ側は敗れると団体戦の敗北が決まる崖っぷちの戦いである。

3月7日に全面開業したばかりのあべのハルカスは、地上60階、高さ300mは日本一の高さ。対局場は、あべのハルカス内の大阪マリオット都ホテル55階インペリアルスイートが用いられた

対局が開始され、互いに最初の一手を指したところで、豊島七段は上着をパサリと脱ぎ捨てた。そして、そこからビシビシと指し続ける。カメラマンが写真撮影をしている間にみるみる局面は進み、あっという間に戦型が確定した。こんなオープニングは、これまでの電王戦の歴史で見たことがない。

腰に手を当てて電王手くんの着手を待つ豊島七段

プレッシャーで気負いすぎているのだろうか? いや……、豊島七段の表情は冷静そのものだった。虚勢ではなく、心の内からにじみ出る自信と決意、そして若干の怒りにも似たオーラが見えた気がした。「この対局は何かが違う」そう感じずにはいられなかった。

「特別な力」を持つ棋士

大一番に臨んだ豊島将之七段

将棋界には、ある周期ごとに「特別な力」を持った棋士が現れる。現役の棋士で言えば、谷川浩司九段(51歳)、羽生善治三冠(43歳)、渡辺明二冠(29歳)らがそうだ。3人の棋士は、プロデビュー前から「将棋界で一時代を築く棋士になる」と予想されていた。天才的に強いというだけでなく、時代を担う特別な力があると見られていたのだ。

本局に臨む豊島将之七段(23歳)も、デビュー前から「特別な力」を持っていると見られていた棋士だ。

もちろん先のことはわからない。前述した3人がすでに揺るぎない実績を残し一時代を築いたのに対して、豊島七段はまだひとつのタイトルすら獲っていないのだから。だが、特別な力を持っているとされる棋士は、およそ10年に1度しか現れず、豊島七段は紛れもなくそのひとりなのである。

プロ棋士が負ければ団体戦敗北が決まる、そのことすらこの一局には関係ないのかもしれない。将棋界の「特別な力」がコンピュータに通用するのかどうか、興味はその一点に尽きるだろう。敗れればプロ側にはもう切るカードがなくなる。将棋電王戦の存続がこの一戦に懸かっていると言っても過言ではない。

左から長谷川優貴女流二段(記録係)、井上慶太九段(立会人)、東和男七段(日本将棋連盟理事)、室田伊緒女流初段(記録係)

ニコニコ生放送の司会は香川愛生女流王将。「番長」の愛称で人気者だ