コンピュータが底力を発揮。形勢不明の大熱戦を制したのは……
佐藤四段優勢のまま終盤戦に入った本局。しかし、ponanzaも底力を見せて容易には崩れない。
「コンピュータは少し不利になったところからが強い。ここから勝ち切るのはもの凄く大変です」と、プロ棋士の遠山雄亮五段が少し不安そうに語る。そして、その不安はまもなく現実のものとなってしまう。
図4は先手が6五にいた金を馬で取り、後手は5八の金を飛車で取りつつ成り込んだ局面だ。簡単に説明すると、後手は他の選択肢もあった中で、激しい手で一気に決めにいくことを選択したのだ。しかし、その選択はわずかに時期尚早で決まらなかった。これで形勢がわからなくなったうえに、攻守が交代してコンピュータの攻めを人間が延々と受ける展開になってしまう。
第三局の中堅戦に出場する船江恒平五段が控室で検討していた。「形勢は不明ですが、コンピュータが力を出しやすい展開な気がします。人間側は消耗して手も見えなくなってくる。自分が指していたら正確に指し続ける自信がありません」と悲観していた。なお、ボンクラーズの評価は人間側の+179を示していたが、このあたりから終局寸前まで、控室で点数を気にする棋士はいなかった。互いにミスをしなければ、どこまでも互角のねじりあいが続く将棋であり、わずかな評価値の揺れなど問題ではないということである。
その後も形勢不明の息詰まる攻防が続き、時刻を確認すると19:00を回っている。「体力を消耗した佐藤四段がいつ間違えても不思議ではない」控室にはそんな雰囲気が漂っていたが、佐藤四段は全力を尽くして指し続けていた。ponanzaも大きなミスなく指し続ける。
「大熱戦だ」
「名局ですね」
「この状況で間違えずに指し続けているだけでも価値がある」
控室では感嘆の声があちこちであがる……しかし、間もなく20:00になろうというところで「その時」は突然訪れた。
ほぼ互角で揺れ動いていたボンクラーズの評価値が、突然先手の+662点と表示されたのだ。さらに2手進んだ局面では+1002点となる。それとほぼ同時に控室のプロ棋士も「これはもう受からない……」と、肩を落として検討を打ち切った。
最後の数手は、どこがどう悪かったというものではない。ただ、それまで張りつめていた糸がぷつりと切れるように勝負がついたのだ。20:03、佐藤四段が悲痛な表情で投了を告げた。
終局直後の六本木のニコファーレ(大盤解説会場)の様子を、解説を担当していた野月浩貴七段に聞いた。「会場は異様な雰囲気でした。後手が敗勢になってから静まりかえって。慎一(佐藤四段)が投了した後は、泣いている人もたくさんいました。将棋の解説会であんな雰囲気になったのは初めてです」
将棋ファンに衝撃を与えたプロ棋士の歴史的な敗戦。「第2回将棋電王戦」第二局は大激戦の末にコンピュータ将棋ponanzaが勝利。プロ棋士との対戦成績を1勝1敗とした。
コンピュータ将棋が現役プロ棋士に初勝利。情報科学の世界に大きな一歩。
アマチュアの強豪や、女流プロ、引退した大棋士を破り、その力はすでにプロレベルにあると言われていたコンピュータ将棋。しかし、現実に勝つまでは夢物語に過ぎない。その夢がこの日ついに実現したことになる。
開発者の山本氏は「情報科学の世界において大きな勝利です」と目を潤ませて語った。本局では、コンピュータ将棋の進化を望み、定跡データを捨てるという危険な作戦に出たが、それができたのは自らが開発したponanzaを信じていたから――そう、コンピュータ将棋といっても、制作するのもプログラミングするのも結局は人間であり、最後は人間らしい「希望」や「信頼」が大きな意味を持ってくるのかもしれない。
そして、故・米長邦雄永世棋聖直々の指名を受けて、必勝を期して臨んだ勝負に敗れた佐藤四段。しかし、体力勝負を覚悟で全力を尽くして戦った彼には、大熱戦の名勝負をみせてくれたことを感謝するのみである。
プロ棋士がコンピュータに敗れた時は、正直見ている者にも後味の悪さが残るだろうと思っていた。しかし、コンピュータの陰には人間がいる。そして人間同士が全力を尽くした勝負の後には、結果に関わらず清々しさを残したこともまた事実である。
「第2回将棋電王戦」第三局は4月6日。次回はどのようなドラマが待っているのだろうか。
第3回将棋電王戦 観戦記 | |
第1局 | 菅井竜也五段 対 習甦 - 菅井五段の誤算は"イメージと事実の差 |
第2局 | 佐藤紳哉六段 対 やねうら王 - 罠をかいくぐり最後に生き残ったのはどちらか |
第3局 | 豊島将之七段 対 YSS - 人間が勝つ鍵はどこにあるか |
第4局 | 森下卓九段 対 ツツカナ - 森下九段とツツカナが創り出したもの |