対局開始時の様子

"角換わり"を避けたponanza、さらに定跡データを使わない驚愕の作戦にでる

第二局はコンピュータ将棋の先手で始まり、最初の一手、そして2手目まではオーソドックスな進行。しかし3手目でやや意外な一手が指されることになる。

実は「第一局をみて"角換わり"では、定跡を知り尽くしたプロに勝つのは難しいと感じまして、それをを避ける意味で3手目に▲5六歩と指すようにプログラムしてあったんです」と、昼食休憩時に山本氏が振り返っている。

角換わりというのは将棋の戦型のひとつで、序盤を通り越して中終盤まで定跡が研究されている。そして第一局では阿部光瑠四段がこの戦法で快勝。詳しい理屈は省略するが、3手目に▲5六歩と突けば確かに角換わりにはまずならない。その分、作戦の幅は狭くなるので意外だったわけだが、それでもまだ定跡を使って指すことはできる状況だ。しかし山本氏の仕込んでいた作戦は、周囲の予想を覆す驚きのものだった。

続く5手目で異変が起こる。ponanzaが時間を使い始めたのだ。コンピュータ将棋が時間を使うということは定跡データを使わずに自力で考え始めたことを意味するが、それにしてもまだ5手目である。第一局の習甦は12手目で時間を使い始めているが、これよりもさらに早い。結局11分も使って指したが、7手目でも再び考えている。そして、控室では次のような疑念の声があがりはじめる。

「まさか定跡データをまったく使っていないのか?」

さらに「時間も使い過ぎでおかしい」という声まで。コンピュータ将棋は持ち時間4時間の戦いなら、4~5分程度を考慮時間の上限に設定するのが普通で、序盤から10分以上も使うのは考えにくく、これは明らかに使い過ぎである。

だが、ponanzaに異常はなく、これは山本氏の予定通りだったことが明らかになる。「3手目▲5六歩の後は定跡は入れてません。完全にponanzaにお任せです。考慮時間は最長25分に設定しました。最初からこんなに時間を使うとはさすがに思っていませんでしたけど、まあなんとかなるでしょう」と、山本氏。

定跡を捨て、序盤から惜しげもなく時間をつぎ込んで自力で考え始めたponanza。しかし数手進んだところで、人間からみると稚拙な駒組みを指してしまう。図1の16手目△8六歩の局面がそれにあたる。

図1:16手目△8六歩の局面 これで後手は飛車先の歩交換が確実になった

将棋の格言に「飛車先の歩交換3つの得あり」というものがあるが、図の局面は後手だけが「飛車先の歩交換」を実現した形で、格言通りなら早くも後手が得をしたことになる。プロの評価も「大きな差ではないが、後手が得をしたことは間違いない」というものだった。

定跡を捨て、序盤からたっぷり時間を使ったにも関わらず、飛車先の歩交換を許してしまったponanza。アマ強豪の山本氏ならその損がよくわかるだけに、さぞかし落胆しているかと思いきや「時間を使った割にはひどい序盤でしたね、ははは……。まあponanzaに任せるしかありませんし、なんとかなるでしょう」と至って明るい。これぐらいならまだまだ挽回できると、自分の開発したソフトを信じているのだろうか……。

昼食休憩時に控室に立ち寄った山本氏。「ひどい序盤」と言いながらも表情は明るい

ちなみにこの時点のボンクラーズ(「第1回将棋電王戦」で米長永世棋聖を破った将棋ソフト)の評価は、先手の+217と飛車先の歩交換を許した先手が少し優勢と見ている。もちろんボンクラーズも飛車先の歩交換の価値が分かっていないわけで、プロはその評価を見ても驚きはしなかったが、コンピュータ将棋側からみれば、飛車先の歩交換ぐらい大したことないよ、という感覚なのだろう。

さて、ここで時刻は12:00を回り、お楽しみの昼食休憩である。

昼食は両対局者ともに「うな重(竹)」を注文。第一局で阿部光瑠四段が注文した「うな重(松)」は、関係者によればうなぎの量が多すぎて「普通の人だと指し過ぎ」とのことなので、両者とも冷静な判断でちょうどいい昼食を選んだといえる。ちなみに「指し過ぎ」とは、将棋用語で「無理に攻めて苦しくなる」ことで、そこから転じて、食べ過ぎて後悔したときに使われる業界用語とのことである。……続きを読む

これがプロ同士の対局でも使われている食事の注文票。ponanzaの着手代理を務める三浦初段もうな重(竹)を注文