“ワンコインとちょっと”で味わえる、天国みたいな時間、それが銭湯だ――この連載では、毎週末の銭湯巡りを趣味とする街歩きライター・デヤブロウ氏が、都内&近郊の選りすぐり銭湯を訪ねて、湯の特徴や整うポイント、ちょい寄りスポットまでご紹介。今回は「稲荷町のオススメ銭湯」
東京23区の中でも最小の台東区。その面積は約10平方kmで、最大の大田区(約60平方km)と比べて6分の1ほどしかない。一方、そのコンパクトな範囲内に浅草&上野という有名観光地を2つも抱え、他にも谷中や蔵前など数々の人気スポットを持つ、小さいながらも文化・賑わい・多様性にあふれた街である。
この狭さは銭湯文化とも関わっている。台東区の人口1万人あたり銭湯軒数は23区で一番多く(令和6年9月1日現在)、都内で最も銭湯が密集しているエリアのひとつ。それゆえ、繁華街の上野や浅草などから徒歩アクセス圏内の店舗が複数あるのが長所だ。それがよく分かるのが、東京メトロ銀座線で始発・浅草駅から2駅隣の稲荷町駅周辺である。
稲荷町は江戸時代から続く寺町であり、浅草通り沿いには年季の入った仏壇・仏具の店が並ぶ。奈良時代に創建されたという『下谷(したや)神社』も駅からすぐ近くにあり、独特のたたずまいをした町並みである。しかも駅周辺では個性的な施設・サービスの銭湯が2軒、カプセルホテル併設のサウナも1軒が営業中。1駅先の上野とは歩いてでも簡単に行き来できるので、アメ横や上野公園を巡った後で訪れてみても良いだろう。
■広々露天風呂にサウナが2つ、水風呂も2つ! 地域密着の超人気店『寿湯』
まずは浅草通りの北側、稲荷町駅からすぐ近くにある『寿湯』を紹介しよう。マンションの下に建つこの銭湯は、外観こそ昔ながらの宮造りスタイルでありながら、2010年の大規模リニューアルによって設備やサービスを強化。上野の近くという土地柄もあってか外国人観光客も多く、『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』『サウナを愛でたい』など複数テレビ番組でも紹介経験のある、銭湯業界を代表する有名店のひとつである。
公共施設のような雰囲気のフロントを抜け、脱衣所に入った時点から、さっそく寿湯の個性が目に飛び込んでくる。なんと脱衣所内に階段があり、1階と2階ロフト部分に分かれているのだ。脱衣所全体は旧来の構造を残しているので、その天井を2階ロフト部分から間近に観察できる。折り上げ格天井は宮造り銭湯の定番だが、それを手を伸ばせば触れられそうな距離感で眺められる店舗は滅多にないだろう。転落防止(寄りかかり禁止!)の柵の向こうからは脱衣所の1階部分も見渡せて、開放感抜群である。
浴室内の壁面は白く、奥には富士山のペンキ絵が見える。富士山のふもとにはパンダの姿も描かれているが、本物のパンダが上野公園から去ってしまった今となっては少し寂しい感覚もある。
浴室内にはジェット(全身マッサージ、座風呂、寝風呂がふたつ)の浴槽と高温浴槽、乾式サウナが配置されている。肌をピリピリ加熱する高温浴槽は薬湯も兼ねており、中に深度差があるので、浅い所で寝湯のように浸かるスタイルでも、深い所に肩までズッポリ浸かるスタイルでもよい。サウナは2段式で最大7〜8人を収容でき、比較的くつろぎやすい温度だ。
さて、寿湯でも男湯の名物は、なんと言っても露天スペースだろう。ここが他の銭湯と比べても格段に広く、おまけに大浴槽・2種の水風呂・スチームサウナ・外気浴椅子・シャワー・飲料自販機・プチ和風庭園まであり、露天だけでも並の銭湯一軒分の設備がそろっているのだ。
大浴槽は中くらいの温度で、こちらも定期的に薬湯も実施している。男性でものんびり脚を伸ばして湯に入れるだろう。スチームサウナは6〜7人ほどが利用でき、健康効果の期待できる塩や泥パックまで用意されている。汗で濡れた肌に塩や泥をすり込んでいけば、風呂上がりはお肌ツルツルだ。水風呂は片方が柱状節理をあしらった露天の岩風呂タイプ、もう片方が階段で少し下がった半個室の中にある洞窟タイプとなっている。
露天スペースで最も印象的なのは「景色」である。空が広く見えるのはもちろん、寿湯の力強い宮造り建築の屋根などを、露天風呂に浸かりつつゆったり見物できる。とりわけ冬場の夜間などは、立ち昇った湯気が明かりに照らされ、その奥に寿湯の屋根が見えて、なんとも幻想的で美しい雰囲気だ。
こうした充実度ゆえに、寿湯は平日でもかなり客が多い。しかも若い人から高齢の常連客まで世代幅が広く、親子連れも頻繁に見かけられる。外気浴スペースには椅子とベンチを合わせて10名以上は座れる数があるものの、盛況時にはこれでも満員になるあたりに、寿湯の人気ぶりが伺える。
もうひとつ、この銭湯で温かな印象なのは、お店の方々とお客さんの距離の近さである。店内だけでなくお店の周辺でも、お客さんとお店の人々が家族のように挨拶して語らっている様子に気付くことだろう。いつもどこかから楽しげな笑いが聞こえる「こういう銭湯が一番いい」と思わせてくれる店舗の一つだ。
『寿湯』:東京都台東区東上野5-4-17/最寄駅:東京メトロ銀座線「稲荷町」駅から徒歩2分/11:00~25:30(第三木曜日・元旦・1/2休)/料金:入浴料550円、サウナ料金350円(平日)450円(土日祝および特定日)、タオルセット100円(レンタルフェイスタオル、バスタオル)/駐車場なし
■江戸時代創業ながらモダン、古代檜の浴槽に入れる『浅草天然温泉 日の出湯』
稲荷町を代表するもう一つの銭湯が、浅草通りをはさんで寿湯の反対側にある『浅草天然温泉 日の出湯』だ(以下、『日の出湯』)。創業は明治時代より以前の幕末期と言われており、台東区内の『したまちミュージアム(旧・台東区立下町風浴資料館)』に収蔵されている大正時代の絵巻物にも、日の出湯の記録が残されている。
現在の日の出湯は2000年に改築したマンションの1階・2階に入っている。入口部分にはリゾート風のパラソルやベンチもあり、フロント部分の内装も洋風のカフェのような雰囲気だ。1階と2階は男湯と女湯が上下週替りとなっているので(木曜日に入れ替え)、その日程は店舗ホームページのカレンダーで事前確認しておこう。
日の出湯は浴室内も特徴的である。東京や関東の銭湯は、その大半が浴室の壁に沿うように浴槽を配置している。しかし日の出湯では、浴室の中央に大きな浴槽がドンと鎮座しているのだ。こうしたタイプは関西圏でよく見かけるものだが、関東では珍しい。
店名に「温泉」とあるとおり、日の出湯は全浴槽でメタケイ酸の100%天然温泉を使用している。店内で以前より使用していた地下水を2020年に分析したところ、天然温泉と認められたのだ。この泉質を味わえる浴槽は室内に2つあり、ひとつはジェットバスを兼ねたタイル張りの浴槽、もう一つは樹齢1000年越えの「古代檜」を使用したもの。とりわけ古代檜の方は「お湯の体感温度が下がる」「優しい肌触り」「体がよく温まる」と評判である。
1階には低温(40℃台前半)で1人用のスチームサウナもあるが、水風呂はないので注意しよう。ほかには100円入れると5分間使用できる炭酸シャワーも設置されている。1階の壁面や天井は鮮やかなミントグリーンに塗られており、お湯だけでなく視覚からも爽やかな気分になれるはずだ。
2階にはスチームサウナの代わりに、天井が開いていて外気浴も可能な岩風呂スペースが設けられている。夏期間は水風呂として使用されるので、水風呂が好きな人は2階に入れる週を狙っていこう。
ところで、銭湯の湯上がりには「何を飲むか」も楽しみのひとつ。とりわけ王道と言えば瓶入りの牛乳だが、日の出湯で販売されているのは濃厚な味わいの『最高の牛乳』(※これが商品名である)。この牛乳をベースに、台東区蔵前の人気カフェ『コフィノワ』のコーヒーブレンドを合わせたコーヒー牛乳も、牛乳と同じく大好評である。湯船そのものはシンプルながら、浴槽自体や泉質、お風呂上がりの一杯まで作り込みが冴える店舗だ。
『浅草天然温泉 日の出湯』:東京都台東区元浅草2-10-5/最寄駅:東京メトロ銀座線「稲荷町」駅から徒歩3分/14:00~22:40(水曜休)/料金:入浴料550円(レンタルフェイスタオル付)、レンタルバスタオル100円/駐車場なし
■宿泊OK&上野から近くて便利、屋上で「ととのい」体験もできる『サウナセンター稲荷町』
ここまで稲荷町の銭湯二軒を紹介したが、最初に紹介した寿湯のすぐ近くには、良質なサウナを楽しめる店舗がもう一軒ある。台東区内の鶯谷や、新宿区の新大久保にも店舗を構える『サウナセンター』の系列店『サウナセンター稲荷町』だ。こちらも補足として紹介しておく。
鶯谷店は入口になぜか某機動戦士の大きな模型が立っているのだが、稲荷町店はその敵役として有名な「赤い」某ライバル機を目印としている。建物は6階建てで1階がフロント、2階に浴室・ボディケア・韓国式あかすり、3階がレストランと休憩室、4~5階がカプセルルームと仮眠室、そして6階にはサウナシアターとスチームバス(スチームサウナ)。2階浴室のドライサウナは室温95℃前後とそこそこ高めの設定で、良く冷えた水風呂も用意されている。
6階サウナシアターは収容人数50人以上という広さで、定期的にアウフグースイベントも行っている。屋上には外気浴スペースとプール(水風呂)もあるので、東京下町の青空または夜空を見上げながら「ととのい」体験ができる贅沢さだ。上野や浅草を観光した後のリフレッシュはもちろん、カプセルホテルも活用すれば、数日かけての台東区観光の拠点としても便利である。
『サウナセンター稲荷町』:東京都台東区東上野6-2-8/最寄駅:東京メトロ銀座線「稲荷町」駅から徒歩1分/入浴5:00~25:00(年中無休)/料金:料金:3時間入浴コース1,800円(平日)2,300円(土日祝)、8時間入浴コース2,300円(平日)2,800円(土日祝)/駐車場なし
■薬師湯&萩の湯&寿湯の「銭湯三兄弟」とは?
今回紹介した寿湯、同じ台東区内の鶯谷エリアにある『ひだまりの泉 萩の湯(以下『萩の湯』)、そして墨田区・東京スカイツリーからすぐ近くにある『薬師湯』。この3店舗には、とある「つながり」があるのだが、それが何か分かるだろうか。
実はこれら銭湯のオーナーは3兄弟。長男が薬師湯、次男が萩の湯、そして三男が寿湯を経営しているのだ。しかも萩の湯オーナー(次男)は、東京メトロ日比谷線・入谷駅の近くにある『白水湯(しろみずゆ)』も経営している。銭湯といえば家族経営のイメージがあるが、それでも3兄弟の全員がそれぞれ別の銭湯を切り盛りしているケースは滅多にない。
これら銭湯は寿湯を含め、いずれもが優れた設備やサービス、そして個性的な取り組みで客を集める人気店ばかりだ。萩の湯はスーパー銭湯並みの設備と店内面積を持つ都内最大店として銭湯好きには知られる存在であり、薬師湯も日替わり薬湯を投入するときのパフォーマンスが有名。白水湯は2024年の大幅リニューアル以来、充実したサウナ設備などで人気を集めている。兄弟一丸で銭湯業界を盛り上げよう!という熱い思いが、東京の下町に湯処の新潮流を産んでいるのだ。











