“ワンコインとちょっと”で味わえる、天国みたいな時間、それが銭湯だ――この連載では、毎週末の銭湯巡りを趣味とする街歩きライター・デヤブロウ氏が、都内&近郊の選りすぐり銭湯を訪ねて、湯の特徴や整うポイント、ちょい寄りスポットまでご紹介。今回は「東京・押上で行きたい個性派銭湯3選」


かつて「業平橋駅」だった東武スカイツリーライン(伊勢崎線)・とうきょうスカイツリー駅、および東京メトロ半蔵門線・押上駅の周辺は、平成の後期に大きく変貌した街だ。高さ634mの威容でそびえ立つスカイツリーが国内外から膨大な観光客を惹き寄せているが、そのにぎわいとは対照的に、その周縁には昔ながらの静かな住宅街や商店街が広がっている。

  • 東京スカイツリーの姿は墨田区の至るところから見える

    東京スカイツリーの姿は墨田区の至るところから見える

そうした地域を実際に歩いてみると、ソラマチ周辺の賑わいと比べれば、確かに静けさがかなり目立っていると言わざるを得ない。しかし一方では、今でも元気に営業している個人商店や、近年オープンしたセレクトショップやカフェなどもあちこちに見かけられる。かつての下町らしさを思わせる魅力が多く、地元の力がいまだ根強いことが窺えるが、その証左が地元民の集いの場・銭湯の存在である。

  • スカイツリーから少し離れた北十間川沿いの住宅街

    スカイツリーから少し離れた北十間川沿いの住宅街

  • 押上の所々にこうした新しい店がある

    押上の所々にこうした新しい店がある

以前、墨田区内の銭湯について、東京スカイツリーの北側にあたる曳舟〜鐘ヶ淵、逆に南側にある錦糸町周辺を過去に紹介したが、実は東京スカイツリー周辺もまた銭湯の集合エリア。今回はそれらをスカイツリーから近い順に紹介していく。いずれも銭湯好きの界隈では有名な人気店ばかりだ。

■2025年「ギリシャ風」にリニューアル、100種の薬湯が名物の『薬師湯』

最初に紹介するのは、東京スカイツリーのすぐ北側を走る曳舟川通り沿いの『薬師湯』。100種類にもなるという変わり湯(薬湯)に加えて、それを湯船に投入する際のパフォーマンスも知名度が高く、まさに「薬」を司る「師」と言う店名漢字が似合う店舗だ。

  • 休日夜は特に出入りが多くなる薬師湯の入口

    休日夜は特に出入りが多くなる薬師湯の入口

薬師湯を経営しているオーナーは3人兄弟の次男で、長男が台東区・鶯谷の『ひだまりの泉 萩の湯』を、三男が同じく台東区・稲荷町の『寿湯』を経営。銭湯三兄弟としてマニアにはよく知られているトリビアだ。2025年には一時休業をはさみ、「ギリシャ風銭湯」をコンセプトにしてインテリアを真新しく改装。脱衣所の梁部分や浴室内の浴槽部分にはエーゲ海を思わせる鮮やかなブルーを配し、男湯の浴室壁面にギリシャ・ミコノス島のペンキ絵を描くなど、何とも独特な内装になった。

  • ギリシャ風のパネルが店外にも貼られている

    ギリシャ風のパネルが店外にも貼られている

浴槽構成自体は男女ともに比較的シンプルであり、男湯は通常の浴槽と座風呂、そこに浅めの「子供風呂」が付属している。薬師湯は地域に深く馴染んだ銭湯だけに客層の幅も広く、親子連れや子どもグループの入浴も多いのだ。湯温は42℃ほどで、若干熱めながら無理なく入れるライン。ゆったり脚を伸ばして入れる程度の浴槽面積もある。

  •  窓ガラスには薬師湯のトリビア(漫画の吹き出し風)が並んでいる

     窓ガラスには薬師湯のトリビア(漫画の吹き出し風)が並んでいる

湯船自体はオーソドックスながら、そこへ変わり湯成分を投入するときの様子は大変ユニークであり、今や薬師湯の名物だ。店員さんが威勢良くかけ声をした直後に、浴槽へドバドバと流し込まれる薬湯の素。それを湯に浸かった客が率先してかき回し、浴槽全体に攪拌していくのが、ちょっとした恒例イベントになっている。薬師湯では、お店の人と利用客が一緒に「いい湯」を作っていくのだ。

リニューアルで強化されたサウナも見所で、男湯の方は広々して最大14人も入れるうえ、オートロウリュを搭載。TVモニターや室内BGMなどの無い静謐な空間でじっくりと身体を加熱できる、今風のサウナに生まれ変わった。浴室奥の水風呂は半個室になっており、入口が狭く奥行きが深いという独特なレイアウトで、奥には打たせ湯ならぬ「打たせ水」もある。控えめの照明もあいまって洞窟のような雰囲気だ。

  • オレンジに輝く薬師湯の看板とスカイツリー

    オレンジに輝く薬師湯の看板とスカイツリー

薬師湯はお風呂上がりの休憩スペースも充実しており、マッサージ椅子やカウンター、漫画本の棚、テレビなどもセッティング。子供から高齢の方まで、多くの人が風呂上がりにくつろいでいる。のんびり休憩した後で外に出て、すぐ目の前に立ち上るのは、東京スカイツリーの巨人のような姿だ。


『薬師湯』:東京都墨田区向島3-46-10/最寄駅:東武スカイツリーライン(伊勢崎線)「とうきょうスカイツリー」駅から徒歩2分/15:30~26:00(水曜休)/料金:入浴料600円、サウナ料金300円、レンタルタオルセット50円(フェイスタオル、バスタオル)/無料駐車場1台分あり


■錦糸町「黄金湯」の姉妹店、地味&渋めながら実は個性派の『さくら湯』

  • 背の低い個人商店のバックにスカイツリーという、押上ならではの風景

    背の低い個人商店のバックにスカイツリーという、押上ならではの風景

押上駅から南東方向に徒歩2〜3分の場所には、一帯が再開発される前からのミニ商店街が残っている。昭和のままで時間が止まったかのような商店街の背後に、平成後期〜令和を代表する建築・東京スカイツリーの姿が見えている風景は、東京という街の移り変りを端的に象徴しているようだ。この中にあるのが、小さな銭湯『さくら湯』である。

創業は1952年(昭和27年)で、現在の建物は1989年(平成元年)から営業中。昭和の個人商店を思わせるプラスチックの庇や、店名どおり桜の花をあしらった入り口の暖簾が暖かい印象で、長らく東京・押上の下町で愛されてきたことを感じさせる。

  • さくら湯の外観はどことなくノスタルジック

    さくら湯の外観はどことなくノスタルジック

渋い雰囲気のフロント&脱衣所から先の浴室内は、面積的には比較的コンパクトだが、よく見るとかなり特徴が多い。まず、奥の白い壁面タイルには凸凹が造られており、一部は岩風呂風になっていたりと、どことなく温泉旅館のような雰囲気を出そうとしている様が見て取れる。浴室中央に背の低い六角柱が2つ置かれ、その柱を囲むようにカラン部分が配置されているのもユニークだ。

浴槽の多彩さもさくら湯の魅力であり、左からシルク風呂、気泡風呂、座風呂、ショルダー風呂、高温の深風呂(セラミック風呂)、薬湯と並んでいる。とりわけシルク風呂は湯温やや低めで入りやすく、広さもそれなりにあるので、最初に浸かってゆっくり足を伸ばすのにちょうど良い。

  • ひらがなで「さくらゆ」というガラス文字は珍しい

    ひらがなで「さくらゆ」というガラス文字は珍しい

深湯は「高温」とは言うものの、肌がピリつくような熱さではないので、あつ湯が苦手な人でも安心して入れるはずだ。「セラミック」とは浴槽底にある足つぼマッサージ用の凸凹のこと。お湯の浮力が体を支える浴槽内であれば「痛くて上に乗れない!」ということもなく、ほどよく足ツボを刺激できる。

水風呂は天然地下水を使用しており、水温は20℃前後と冷たすぎないライン。サウナは3〜4人入れば満員になりそうなサイズで、室温は95℃ほどと若干高め。無理をせず、ほかの常連客と譲りあいつつ温まろう。

  • 外壁には店内写真も飾られている

    外壁には店内写真も飾られている

お風呂上がりにちょっと休憩したい時、さくら湯はフロント横の待合室も便利だ。そこそこの広さでウッドテイスト室内奥には、立派な富士山のペンキ絵が飾られている。さくら湯の富士山は浴室の中でなく外にあるのだ。他にも壁面のインテリアや棚の書籍・漫画など充実し、まるで昔懐かしい「実家」のような雰囲気。最近では漫画雑誌『ヤングキング』で連載されている『今日はもう上がります』にも登場し、その単行本も店内に飾られていた。常連客の方々も待合室でゆっくり休んでおり、地元に長らく根付いていることが如実に伝わってくる湯処である。


『さくら湯』:東京都墨田区業平4-6-5/最寄駅:東京メトロ半蔵門線「押上」駅から徒歩2分/15:00~24:00(月曜休)/料金:入浴料600円、サウナ料金250円/駐車場なし


■有名アニメと続々コラボで有名、浴室が男女日替わりの『大黒湯』

上記のさくら湯は、実は押上から一駅南の錦糸町エリアにある大人気銭湯『黄金湯(こがねゆ)』の姉妹店である。黄金湯はさくら湯以外にも、新宿区の閉業銭湯『金沢浴場』を改装して『黄金湯新宿』としてリニューアルオープンさせるほか、さくら湯の近隣でクラフトビール醸造所『BATHE YOTSUME BREWERY』を運営するなど、銭湯業界を盛り上げるための多角的な活動が知られている。

  • 大黒湯とスカイツリーのツーショット

    大黒湯とスカイツリーのツーショット

その黄金湯の姉妹店の一つが、東京スカイツリーから南に数分歩いた場所の『大黒湯』。外から見ると、立派な宮造り建築と東京スカイツリーとを同時に画角に入れられるので、「SNSの写真映えする銭湯」「東京らしい銭湯」としても代表格である。若年層向けに様々なアニメ作品とのコラボキャンペーンも行っており、入り口にはアニメ作品の暖簾や、アニメに登場するキャラの等身大パネルが飾られていることも。多くの若年層に向けて銭湯初体験の機会を提供しているお店だ。

  • 大黒湯の入口に飾られているアニメ・コンテンツののれんと等身大パネル

    大黒湯の入口に飾られているアニメ・コンテンツののれんと等身大パネル

大黒湯がユニークなのは立地やアニメコラボだけではない。宮造り銭湯の浴室は男湯と女湯でおおむね左右対称となることが多いが、大黒湯の浴室はお互いの構造・設備が大きく異なり、男女日替わりとなっているのだ。特に人気なのが「大露天」と呼ばれる浴室の方で、広々とした露天風呂では、近くのスカイツリーを見上げながら、のんびりと脚を伸ばして湯に浸かるという贅沢な入浴体験ができる。

また、大黒湯の屋内水風呂は1〜2人で満員になってしまうようなミニサイズなのだが、大露天の方は露天スペースにも広めの水風呂も備えている。加えて屋外階段を登った先にはデッキもあり、こちらでも青空とスカイツリーを眺めつつ外気浴が可能。押上ならではの楽しみだ。

  •  他店では余り見ないレベルで多くの設備名が詰め込まれた看板

     他店では余り見ないレベルで多くの設備名が詰め込まれた看板

浴槽内もあつ湯やジェットなど設備は充実。深くて若干ぬるめの浴槽内を、手すりを持ちながら立って歩くことで、高齢の方でも無理せず体を動かせる「歩行風呂」もある。

反対側の浴室も、大露天よりはコンパクトながら露天風呂や外気浴デッキがあるほか、こちらは広めの炭酸泉を利用可能。低温の湯と炭酸効果でじんわりと体をほぐしていられる。大露天の方はガッツリと銭湯を楽しむのに、炭酸泉側ならサッと体を温めてほぐすのに向いている。好みや目的によって、大黒湯に訪れる日を調整しておくと良いだろう。

  • 日替わりの薬湯も実施している

    日替わりの薬湯も実施している

なお、大黒湯は営業時間の長さも特徴であり、昼過ぎからなんと翌朝10時まで営業している。何らかの用事で押上のスカイツリー周辺を訪れて、終電が過ぎてしまった後も、深夜風呂や朝風呂に入れるのは嬉しいところだ。


『大黒湯』:東京都墨田区横川3-12-14/最寄駅:東京メトロ半蔵門線「押上」駅から徒歩6分/平日15:00~翌日10:00、土曜14:00〜翌日10:00、日曜13:00〜翌日10:00(火曜休)/料金:入浴料600円、サウナ料金平日370円・土日祝400円(大露天側)平日300円・土日祝330円(炭酸泉側)、貸しタオルセット130円(フェイスタオル・バスタオル)/有料駐車場3台分あり(バイク不可)


■銭湯とアニメの共通点は「非日常」?

大黒湯が行っているアニメ等とのコラボ展開は非常に盛んであり、特に近年は『グリッドマンユニバース』『この素晴らしい世界に爆焔を!』『リコリス・リコイル』『瑠璃の宝石』『ラブライブ!』『アイドルマスター Side M』などの人気作が目白押し。今や銭湯好きに限らず、アニメファン層にもよく知られた存在となっている。

最近は他店でもアニメ作品とのコラボが時折見かけられるほか、御茶ノ水のスーパー銭湯『RAKU SPA 1010神田』も漫画・アニメ・VTuberなどのコラボキャンペーンが多い。銭湯や温浴施設は入口の暖簾をくぐり、フロントから脱衣所へ入り、そこで普段の衣服を脱いで広々とした浴室へ……という流れから、お手軽に非日常感を体験できる場所である。それゆえ、非日常や空想世界を描くアニメ作品との相性が良いのだろう。

  • 日本の銭湯に来て「ANIMEで見たやつだ!」と感激する海外アニメファンも少なくなさそうではある

    日本の銭湯に来て「ANIMEで見たやつだ!」と感激する海外アニメファンも少なくなさそうではある

また、大黒湯のアニメコラボについては、近くにある東京スカイツリーの影響も少なくないだろう。スカイツリーおよびソラマチは押上駅から電車一本で羽田空港にも成田空港にも直結し、海外から山のような観光客(インバウンド)が日々押し寄せている。彼らの中には日本独自の「ANIME」「MANGA」を求めて入国する人々も数多いが、そうした需要を見込んで、ソラマチ内は至る所にアニメ・キャラクター・コンテンツを扱うショップがひしめいているのだ。

当然、こうした店舗は外国人だけでなく日本人の観光客やアニメオタクも頻繁に利用するし、彼らが東京スカイツリーでグッズ探しを満喫したあと、その次は丁度アニメコラボをやっている大黒湯へ……という流れも発生していると考えられる。大黒湯の姿勢は一見すると今風で奇抜ながら、実は再開発エリアの勢いや特性を下町にも取り込めるよう、かなり理に適っているのかもしれない。