“ワンコインとちょっと”で味わえる、天国みたいな時間、それが銭湯だ――この連載では、毎週末の銭湯巡りを趣味とする街歩きライター・デヤブロウ氏が、都内&近郊の選りすぐり銭湯を訪ねて、湯の特徴や整うポイント、ちょい寄りスポットまでご紹介。今回は「世田谷区の銭湯3選」。
東京の銭湯を紹介していく当連載記事は、2026年7月まで「銭湯は550円の天国」というタイトルであった。これは東京都の定める大人の公衆浴場入浴料金に基づいたものだが、エネルギー価格高騰などの影響で、8月から600円に値上げされた。よって今後は「銭湯は600円の天国」へと改称することをご了承いただきたい。
さて、今回紹介するのは世田谷区だ。人口は約93万人と、東京23区内で2位の練馬区(約76万人)を大きく上回る第1位。面積を見ても大田区に次いで2位であり、その広い範囲内を京王・小田急・東急の私鉄が縦横に走っている。区内の町並みも二子玉川のような再開発エリアから、自由が丘や成城など高級住宅地、繁華街であり学生街の明大前、豪徳寺のような歴史香る街まで非常にバラエティ豊かだ。
こうした特色があるだけに、世田谷区内の銭湯もまた多種多彩。軒数自体も23区内で比較的多い方であるうえ、銭湯のインテリアや設備に個性を感じられる店舗が多く、しかも地域のコミュニティとも密接に結びついている。街ごとのアットホームな湯処に出会えるだろう。
世田谷区東部の三軒茶屋は東急田園都市線・世田谷線を利用でき、駅直結で26階展望ロビーが名物の『キャロットタワー』がランドマークとなっている。世田谷通りと国道246に挟まれた通称『三角地帯』も、渋めの飲み屋街として有名だが、その西端近くにあるのが『駒の湯』だ。
場所は世田谷通りから一本裏手に入ったマンションの1階で、赤レンガのような外壁タイルが目印。入口横では信楽焼のタヌキと、大の銭湯好きであった詩人・田村隆一の一節が出迎えてくれる。フロントや脱衣所はかなりこじんまりとしているが、どちらも整えられていて清潔だ。
浴室も明るく白く、ビル型銭湯としてはそこそこの天井高。部屋面積はかなりコンパクトで、浴槽と洗い場との幅が狭いので、室内を歩くときは他の人にぶつからないよう注意しておきたい。設備は大きな浴槽一つ、そして水風呂とサウナのみと至ってシンプルだが、ひとつひとつに個性があふれているのが駒の湯の強みだ。
浴槽の温度は41℃〜42℃ほどで、あつ湯が好きな人でも、そうでない人でも無理なく入浴できるライン。脚をゆったり伸ばして入れる程度の面積に、背中や首筋を泡で強く押すジェットを3箇所、底から吹き上げるバイブラを1箇所、押し・もみ・叩きの電気風呂が1箇所と、多くの設備を詰め込んでいる。寝そべったり半身浴にしたり、体勢を変えながら繰り返し浸かりたくなる湯だ。
水風呂はアルファベットの「d」のように細い部分と広い部分があり、4〜5人は入れるサイズ。水温は16℃前後でかなり冷たく、手指の先が痺れるほどなので、ムリに長く浸からずサッと済ませた方がよい。水温へのこだわりも強く、壁面には「水のくみ出しは水温が上がるので厳禁!」「汗は立ちシャワーで流すこと!」といった注意書きがされている。他銭湯と同じ感覚で水風呂から手桶で水をくむと、他の利用者から注意されることもあるので気をつけよう。
個性が一番強くにじみ出ている部分が、サウナである。2段式で最大10人まで入れるが、部屋が細長いL字型に折れ曲がっているうえ、部屋の奥で座面がコの字型に組まれているため、立って歩ける面積はかなり少ない。特に下段では向かいの人と脚が触ってしまいそうになるので、自然とお互いに譲り合う形となる。室内BGMは昭和中期とおぼしき激シブ演歌。老いも若きも自然と互いのパーソナルスペースに配慮し、挨拶をして、時にはそこから会話も弾むという昭和的な人情サウナだ。
他店と違ってクセ強な面のある駒の湯だが、浴室でもフロントでも客と店主の会話、または常連同士の語らいが頻繁に見られる、いたって家庭的なお店でもある。フロントには1965年(昭和40年)当時の旧・駒の湯近辺の写真が飾られているが、近くの壁面にはごく最近の2025年に、近隣の小学校から送られたおたよりも掲示されていた。この銭湯が昭和~平成~令和と長年にわたって三軒茶屋で愛され、街の変遷を裏側から見つめ続けてきた証拠である。
『駒の湯』:東京都世田谷区三軒茶屋2-17-13/最寄駅:東急田園都市線/世田谷線「三軒茶屋」駅から徒歩5分/15:30~23:30 (月曜・火曜休)/料金:入浴料600円、サウナ込入浴料1,100円(レンタルフェイスタオル、バスタオル込)/駐車場なし
■広々店内&冷泉&「激アツ」湯船と個性的な下高井戸『月見湯温泉』
三軒茶屋は東急世田谷線の端部にあたるが、もう一方の端にある街・下高井戸は、昔ながらの商店街や居酒屋街でよく知られている。一方で昭和レトロスポットとして有名だった『下高井戸駅前市場』は2024年に閉鎖・解体され、新しい街づくりがどうなるかも要注目だ。
世田谷線・京王線の下高井戸駅から西へ徒歩数分の所に、日本大学のキャンパスや都立高校を擁する学生街でもあるが、それらの近くにあるのが『月見湯温泉』である。位置的には京王線で1駅先の桜上水駅との中間に当たり、どちらの駅からでも徒歩で行けるので、利用しやすい駅を使おう。
フロントや脱衣所がかなり広く、特に脱衣所は構造こそ昔の宮造り銭湯そのままだが、床がピカピカで鏡のようになるほど磨かれている。内装や設備の保守も行き届いており、ベンチやマッサージ椅子、自販機、ソファにテーブル、外気浴できる縁台までセッティング。お風呂上がりにはフロント・脱衣所どちらでものんびり休憩できそうだ。
浴室内もまた広々としており、壁と天井が白く清潔。通常の宮造りと比べて、やや丸みを帯びた天井が柔らかな印象を与えている。浴室奥の壁面にあるのは富士山のペンキ絵……ではなく、細やかな手仕事による富士山のモザイクアートだ。
浴槽は都内の銭湯としては珍しく、洗い場を壁に沿って並べ、大きな浴槽を中央に置いたレイアウト。この大浴槽が浴室内の実に半分近い面積を占めており、長身の男性でものんびりと脚を伸ばしてくつろげる。温度はやや高めで、座風呂・ハイパワージェット・電気風呂を併設し、おまけに健康効果の期待できる備長炭風呂も兼ねている。
その大浴槽に隣接して高温の浴槽も置かれているのだが、コレがかなりの熱さ! 温度計表示では44℃となっているが、筆者の皮膚感覚ではさらに温度が高そうであった。熱いお湯が苦手ならば無理して入らない方がいいレベルだが、逆に「お湯は熱くてこそ!」という御仁ならば大満足だろう。
また、店名にも書いてある「温泉」はメタケイ酸・フェロ・フェリイオン(鉄分)の溶け込んだ約16.5℃の冷泉となっており、堪能できる湯船は2つ。ひとつは浴室の隅にあり、湯温は中くらいなので、入浴の始まりはここでじっくり温まると良い。もうひとつは源泉を少し加温した水風呂であり、茶色く濁った温泉成分が浴槽にも付着して結構なインパクトだ。2段式で8〜10人ほど入れるサウナとも相性がよく、サウナ・水風呂・休憩のルーチンに温泉を組み込めるのが何とも贅沢だ。
なお、休日に訪れた月見湯温泉はとても客が多く、客の年齢層も非常に幅広かった。フロントはお風呂上がりに涼んでいる人々でにぎわい、家族連れも多く、小さな子供らが自宅かのように床でゴロゴロしているのに驚いた。地元密着型の古い店舗ながら、新しい時代への風も感じられる。
『月見湯温泉』:東京都世田谷区赤堤5-36-16/最寄駅:京王線・東急世田谷線「下高井戸」駅から徒歩6分/15:30~23:00(月曜・火曜休)/料金:入浴料600円、サウナ込入浴料1,000円(レンタルフェイスタオル、バスタオル付)/駐車場なし
■公園&博物館巡りのあとに行きたい千歳船橋『世田谷温泉 四季の湯』
世田谷区は広大な面積ゆえに、下高井戸のように商店街がにぎやかな街が少なくない。そのひとつが小田急小田原線の千歳船橋駅であり、ここも駅前に多くの飲食店や小売店が並ぶ。加えて駅から千歳通り沿いに南へ歩いた先では、充実した展示の『東京農業大学「食と農」の博物館』や、緑豊かな『JRA馬事公苑』を見学可。散策向きの店舗に加えて文化・教育施設や公園もそろい、一日のんびり楽しめる隠れたホリデースポットだ。
千歳船橋を巡って半日~一日を満喫したあとは、駅からすぐ近くにある『世田谷温泉 四季の湯』(以下『四季の湯』と記載)にも行ってみてほしい。建物全体は普通のビル型銭湯であり、駐車場もあるので電車だけでなく車でのアクセスにも便利である。コの字型にベンチの置かれた休憩スペースや、湯上がりの腰掛けベンチのある脱衣所などはそれなりの面積があり、いずれも整頓されて綺麗な印象だ。
四季の湯は店名にこそ「温泉」と入っているが、実際には温泉ではなく、非常に良質な地下水を使用しているという。浴室は曜日による男女入れ替え制になっており、筆者が訪れた時は左側の浴室であった。
浴室の内装は非常にシンプルな白タイル張りで、天井も低く、部屋面積もかなり小さい。浴槽は中温の薬湯と、やや高温でバイブラ・座風呂・強めのジェットを兼ねた浴槽の2つ。サウナと水風呂を加えても比較的少なめな設備だが、どれも入り心地が良く、特にバイブラは長湯したくなる塩梅だ。
ドライサウナは2段式で、下段のみがL字型の座面になっている。室温はかなり控えめで、ロウリュなども無く、上段でも10〜12分はムリせず粘れる。水風呂も冷たすぎず温すぎずで、個人的にはベストに近い水温であった。なお、右の浴室には日替わり薬湯や低温スチームサウナもあるので、浴室設備の好みによって入る曜日を分けても良い。
四季の湯は内装や設備にこそ尖った点や華美な点はないものの、手入れの良さや堅実さがとても好印象であった。客層も幅広く、とりわけ若年層が目立つのは、この店舗もまた地域でしっかり愛されている証拠。お店の人たちもとてもフレンドリーであり、来店したおばあちゃん&お孫さんとも家族のように会話している場面も。世田谷区に息づく下町テイストを感じられるお店だ。
『世田谷温泉 四季の湯』:東京都世田谷区桜丘2-18-26/最寄駅:小田急小田原線「千歳船橋」駅から徒歩5分/15:00~23:00(月曜・第2第4火曜休)/料金:入浴料600円、サウナ料金500円(タオルセット込)/専用駐車場あり(4台可)
■世田谷区の銭湯は「地域密着」&「散策向け」
今回紹介した三軒茶屋・駒の湯、下高井戸・月見湯温泉、千歳船橋・四季の湯に共通するのは、いずれも客層が子どもから高齢者まで幅広く、ファミリー向け&地域向けの色合いが濃いことだ。近年は大規模リノベーションやサウナ設備導入で若年層向けに振り切る銭湯も多いが、そうした店舗の生存戦略と、世田谷区の銭湯は真逆の方向に行っているとも言える。面積が広く人口も多く、それゆえ駅単位・街単位の個性や賑わいが今も根強く残っている世田谷区だからこそ、昔ながらの銭湯が他地域より生き残りやすい土壌があるのだろう。
もう一つ、世田谷区の銭湯は周辺散策と組み合わせやすいことが大きなメリットだ。三軒茶屋や下高井戸をはじめ、祖師ヶ谷大蔵や梅ヶ丘など、銭湯の前後に散歩したくなる商店街は数多。駒沢オリンピック公園や砧公園など癒しを味わえる緑地にも富み、区内には2026年3月に全面開放された、東京23区で唯一の自然渓谷「等々力渓谷」もある。東急田園都市線・桜新町駅近くの『長谷川町子美術館』、東急大井町線・上野毛駅近くの『五島美術館』などミュージアムも少なくない。そうしたスポットを一通り巡って楽しんだあと、徒歩または公共交通で最寄りの銭湯へアクセスできるのは世田谷区ならではと言える。













