“ワンコインとちょっと”で味わえる、天国みたいな時間、それが銭湯だ――この連載では、毎週末の銭湯巡りを趣味とする街歩きライター・デヤブロウ氏が、都内&近郊の選りすぐり銭湯を訪ねて、湯の特徴や整うポイント、ちょい寄りスポットまでご紹介。今回は「東京都中央区の銭湯」。
都内でも最先端の街づくりが進むエリア、東京都中央区。東京駅直近で高層ビルが立ち並ぶ八重洲、都内トップクラスの地価を誇る日本橋、国内外の高級ブランドが集積する銀座など、誰もが知っているハイエンド&ラグジュアリーな町の名が目白押しである。
「銭湯」の下町的イメージとは対極の街と思われるかも知れないが、中央区&周辺地域は意外にも、銭湯と歴史上の関わりが深い。江戸の市中に初めて誕生した銭湯(湯屋)は、伊勢与市という男が1591年(天正19年)、現在の東京駅日本橋口付近にあった『銭瓶橋(ぜにがめばし)』のたもとで創業した蒸し風呂だと伝わっている。また、日本橋魚河岸(魚市場)を盛んに往来する江戸っ子達のため、この地域は江戸でもとりわけ多くの湯屋が立地していた。「仕事帰りに銭湯」という生活スタイルは、実は中央区発祥なのだ。
現在は中央区の銭湯もかなり数を減らしてしまったが、今なお銀座には『銀座湯』『金春湯』と2店舗が健在。また、繁華街から少し離れると、閑静な雰囲気と江戸期からの歴史・伝統を保った街並みの中に、個性的な湯処を見つけられる。
■「時の鐘」「牢屋敷」見学のついでに行ける、小伝馬町の“若手”銭湯『十思湯』
中央区内の最北近くにある小伝馬町は、一日の時間や法令・刑罰など、江戸幕府の施政と縁の深い街だ。東京メトロ日比谷線・小伝馬町駅に直結の『十思(じっし)公園』には、江戸町民に広く時刻を伝えていた東京都指定文化財『石町時の鐘(こくちょうときのかね)』が現存している。また、公園敷地は現在の刑務所にあたる『伝馬町牢屋敷』跡地であり、幕末の「安政の大獄」で収容された思想家・吉田松陰をはじめ、多くの囚人や犯罪者が苛烈な刑に処されたという。
公園に隣接の複合公共施設『十思スクエア』では、1階ロビーに牢屋敷の縮小模型を展示しており、江戸の囚人達が非業の末路を辿った建物を俯瞰することができる。この十思スクエアが驚きなのは、ロビーから階段で上がった2階に銭湯『十思湯(じっしゆ)』があることだ。創業は21世紀に入った2014年。ほとんどの銭湯が昭和以前に創業であることと比べてぶっちぎりの新しさであり、スーパー銭湯や新進のサウナを除いた銭湯(一般公衆浴場)としては、都内で最も“若い”店舗である。
公共施設風で広々したフロント・休憩スペース・脱衣所の先にある浴室は、グレーの床面やカラン部分、クリーム色の壁面や天井が穏やかに照らされ、粋でモダンな佇まい。多くの銭湯では壁面の奥が富士山のペンキ絵が描かれているが、十思湯では代わりに富士山を描いた浮世絵で壁を彩っている。男湯と女湯で設備が異なり、男湯はドライサウナと水風呂、女湯はスチームサウナが設置されている。
男湯の湯船は2つあり、ひとつは中温、もうひとつは高温の湯。中温とはいえ41~42℃程あり、泡圧強めのジェットも併設され、広々として長身男性でものんびり脚を伸ばせる。高温浴槽の方は44℃前後とかなり強め設定で、あつ湯を好む人には特にオススメだ。サウナは2段式で、こちらも温度設定がかなり高く、下段でもガンガン蒸されて汗が吹き出す。水風呂はチラーを使っていないのか夏場はぬるめ。総じて温度設定がかなり高い、江戸っ子ライクな銭湯だ。
トリビア:小伝馬町の牢屋敷では風呂が「月数回」
江戸町民は日常的に銭湯を利用する「風呂好き」が多かったが、江戸の牢屋敷などでは囚人達の入浴回数も、夏は毎月6回、春秋は月5回、冬は4回と非常に厳しく制限されていたという。多ければ毎日どころか朝晩二度も入浴していたという「垢抜けた」江戸の人間にとって、その入浴が長期間できないのは、さぞや苦しかったに違いない。
反面、あらゆる意味でハードな環境下の囚人達にとっては、その数少ない入浴機会こそが数少ない癒しであり、心の支えだったという。幕末から百数十年たった現在、その牢屋敷の跡地にモダンな湯屋(銭湯)が造られているのは、どことなく数奇な巡り合わせである。
『十思湯』:東京都中央区日本橋小伝馬町5-19/最寄駅:東京メトロ日比谷線「小伝馬町」駅から徒歩1分/15:00~23:00(日曜休)/料金:入浴料550円、サウナ込入浴料1050円(フェイスタオル・バスタオル付)/駐車場なし
■与力・同心が闊歩した街のデザイナーズ銭湯、八丁堀『湊湯』
東京駅からJR京葉線で一駅隣、東京メトロ日比谷線と交わる八丁堀駅。周辺は比較的地味な雰囲気のビジネス街だが、2022年には図書館にカフェ・地域博物館・ギャラリーを併設した「中央区立京橋図書館(本の森ちゅうおう)」が誕生。ユニークな景観や緑豊かな環境で憩いの場となっている。
その図書館から徒歩数分の場所にあるのが『湊湯』だ。戦前の創業で1983年(昭和58年)に現建物へ移転、2010年(平成22年)の大幅リニューアルにより、東京のデザイナーズ銭湯を代表する店舗となった。入口からして銀座などの高級料亭を思わせるリッチ&モダンな雰囲気であり、フロントや浴室のダークな空間デザインは、リニューアルから十数年が経った今なお傑出している。
湊湯は男女の浴室が週替りとなっており、片方の浴室にはシルク風呂とロッキーサウナ、もう片方には円型のジャグジー風呂とコンフォートサウナ。ジェットバス付きの大浴槽・あつ湯・水風呂の設備は両浴室で共通で、いずれも温度設定は高すぎず低すぎずの絶妙なラインだ。
平日の客層は、意外にも地域の高齢者が中心である。八丁堀の飲食店や店舗で働いている方々や、八丁堀に在住の方々が風呂を浴びに来ているらしく、顔なじみの常連客同士で談笑もしばしば。内装も設備も今風でハイエンドな店舗ながら、同時に生活の場として八丁堀も垣間見える湯処と言えそうだ。
ただし、サウナ利用時は90分制限があるため、過剰な長湯にはご注意。タオルレンタルもバスタオルのみなので、フェイスタオルは持参したほうがよい。
トリビア:八丁堀の与力や同心が「女湯に入って七不思議認定」??
「八丁堀」という単語、中高年の方々には町名としてだけでなく、時代劇に登場する与力や同心(現在の警官に当たる役人)の別称として聞き馴染みがあるかも知れない。江戸時代初期、八丁堀の寺町が幕府の命令で浅草へ移転したとき、その跡地へ町奉行配下の与力・同心達が移り住んだことが、この別名の由来だという。
この「八丁堀」達は、意外な形で江戸の銭湯文化に関わっている。当時、江戸市中の男性にとっては湯屋での朝風呂が一般的であり、とりわけ八丁堀では朝湯の混雑が凄まじかった。反対に女性達には朝風呂の習慣がなかったため、空いている女湯を代わりに「八丁堀」達が利用し、ゆったり朝風呂を楽しんでいたという。
そのため八丁堀の女湯には必要ないはずの「刀掛け」が設置されており、このことが「八丁堀の七不思議」に数えられている。もしも江戸時代の「八丁堀」達がタイムスリップして湊湯を利用したなら、刀掛けが見当たらないどころか、内装も設備も変貌した令和の湯屋にどれだけ驚くことだろう。
『湊湯』:東京都中央区湊1-6-2/最寄駅:東京メトロ日比谷線・JR京葉線「八丁堀」駅から徒歩7分/15:00~24:00(日曜休)/料金:入浴料550円、サウナ込入浴料1050円(レンタルバスタオル付)/駐車場なし
■ちょうどいい街・日本橋浜町の、ちょうどいい新湯処『HAMANOYUえど遊』
十思湯のある小伝馬町であれば、正しい町名は「日本橋小伝馬町」。ほかにも人形町であれば「日本橋人形町」など、中央区内には日本橋◯◯町という町名が多い。その中でも一番東にあるのが、隅田川に面した日本橋浜町である。
町内は低層のマンションや雑居ビルが多く、穏やかな雰囲気の『浜町公園』もあって落ち着いた雰囲気。周辺には人形町や水天宮前、隅田川に架かる国の重要文化財・清洲橋(きよすばし)などがあり、のんびりした散策に向いて過ごしやすい一帯だ。そんな街中に2025年4月オープンしたのが、スーパー銭湯『HAMANOYUえど遊』である。駅や繁華街から若干離れているためか比較的ゆったり利用でき、料金もスーパー銭湯としては良心的な穴場である。
店舗ホームページに「ちょうどいいが集まった『新しい形の小型温浴施設』」とあるように、HAMANOYUえど遊の店内面積は比較的コンパクトで、普通の銭湯とそう大差はない。2階の男性浴室は細長く、手前と奥の2室に分かれている。手前側は白ベースで明るい雰囲気。壁には葛飾北斎『冨嶽三十六景』の1図『神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)』をベースにしたタイル絵が鮮やかだ。
手前の浴室には40℃前後の中温浴槽と、オートロウリュ付きフィンランド式サウナが設置されている。浴槽には肩と腰を点で刺激するジェットと、背中全体を面で刺激するジェットの2種が併設されており、泡の圧力はそこそこ強め。サウナは3段式で10人程度は入れる広さがあり、室内の雰囲気は明るく普通のサウナに近い。下段ならばゆったり、上段ならばガッツリ温まれる。
奥の浴室には人工温泉を楽しめる42℃前後の浴槽と水風呂、そしてセルフロウリュ式サウナが備わっている。サウナは2段式で4人入れば満室というコンパクトさで、シックな間接照明がオシャレでプライベートサウナにも近い雰囲気だ。水風呂は水温16〜17℃で、最初は手足のしびれる冷たさだが、サウナの後で入ると絶妙な快感だ。
新しい店舗だけあって、HAMANOYUえど遊の客層は若年層中心。店舗1階にはカフェが併設され、お風呂上がりにコーヒーや生ビールを味わえる。ランニングステーションとしても利用可能なので、フル活用すれば至高のウェルビーイングな休日時間を楽しめそうだ。
トリビア:「湯船」の語源は江戸の川に浮かんでいた「湯屋の船」
上に書いたように、日本橋浜町は隅田川に接する地域である。現在の隅田川は水辺環境の綺麗な休息の場であり、水上バスや屋形船などが行き交う交通路でもあるが、なんと江戸時代には入浴にも利用されていたという。とは言っても、江戸の町人が全裸で隅田川に飛び込んでいたわけではない。お湯の浴槽を載せた屋形船が川に浮かんでいたのだ。
最盛期は江戸市中に600軒と言われた銭湯も、大半は繁華街周辺に集まり、そこから少し離れると銭湯の過疎地域が広がっていた。そこでお堀や川に浴槽付きの船がいくつも往来し、河岸に横付けして移動銭湯の商いをしていたのである。入浴料は陸の銭湯の半分(4文)で、これら「お湯の船」が現在の「湯船」の語源になったという。HAMANOYUえど遊からランニングに出て隅田川沿いを走る時に、ちょっと思いを馳せてみてはいかがだろうか。
『HAMANOYUえど遊』:東京都中央区日本橋浜町3-27-11/最寄駅:東京メトロ半蔵門線「水天宮前」駅から徒歩7分/9:00~23:00(無休 ※カフェは10:00~22:00)/料金:入浴料1,500円、レンタルバスタオル200円/駐車場なし
■中央区での銭湯利用は「コミュニティふれあい銭湯」がおトク!
今回紹介した3軒は、いずれも江戸の歴史や、それによって育まれた街の文化や空気感を感じられる名店である。八重洲や日本橋などでカフェやセレクトショップを巡るついでに、少し足を伸ばしてみてほしい。
中央区内ではこのほか、冒頭で触れた『銀座湯』と『金春湯』、そして隅田川の向こうにある湾岸部の『日の出湯』『月島温泉』『勝どき湯』と計7件の銭湯が営業。これら店舗をよりおトクに利用できるのが、中央区の施策「コミュニティふれあい銭湯」である。中央区内に在住・在勤の方は毎月第2水曜日および第4水曜日、なんと200円で銭湯に入れるのだ(※通常は550円)。実施日はサウナ営業が休止になるものの、可能であれば是非とも有効活用しておきたい。













