“ワンコインとちょっと”で味わえる、天国みたいな時間、それが銭湯だ――この連載では、毎週末の銭湯巡りを趣味とする街歩きライター・デヤブロウ氏が、都内&近郊の選りすぐり銭湯を訪ねて、湯の特徴や整うポイント、ちょい寄りスポットまでご紹介。今回は「多摩エリアの銭湯3選」


東京都の統計によると、都内にある銭湯(公衆浴場)の軒数は2025年12月末時点で417軒。廃業と減少がいまだ深刻とはいえ、日本全国でみれば東京はまだまだ、銭湯が集まる(お湯の)ホットスポットとも言える。

とはいえ、その大半は都内東側の23区内に集中している。同じ統計によると23区内の銭湯が382軒もあるのに対して、面積的にはより広大な都内の中部~西部、いわゆる多摩地域にある銭湯は35軒しかない。毎週末は湯処を求め、中央線や京王線などで都内を西から東へ移動し、風呂上がりには東から西へ……と繰り返している銭湯ファンも少なくないだろう。かくいう筆者もその一人である。

しかし、そんな多摩地域にも、実は近場の名湯が少なくない。例えば立川市には「立川湯屋敷 梅の湯」や「松見湯」など優れた銭湯があるし、その他の武蔵野市・府中市・八王子市などにも、駅から歩いて行きやすい位置に銭湯が営業している。当記事ではこうした多摩地域の銭湯を3軒ピックアップするので、多摩エリア観光のお供になれば幸いである。

  • 武蔵境・武蔵野プレイスの前は穏やかな公園になっている

    武蔵境・武蔵野プレイスの前は穏やかな公園になっている

■リニューアル後も地元民向けに「昔ながら」を維持する武蔵境『境南浴場』

新宿駅から西に伸びるJR中央・総武線沿いは、中野から吉祥寺までは「中央線カルチャー」に支えられたユニークな街並みが続くが、総武線の終着点である三鷹駅から先は「多摩のベッドタウン」という気配がぐっと深まっていく。その入口にあたるのが、武蔵野市の武蔵境駅だ。

  • 高尾山登山や競馬の帰りに立ち寄りたい、多摩地域の銭湯を3軒ご紹介

    リニューアル後も入口の佇まいは変わらない境南浴場

武蔵境駅の南口は買い物に便利な『イトーヨーカドー』、優れた建物デザインとカフェ・サービスで有名な図書館『武蔵野プレイス』など施設が充実しているが、そこからすぐ近くにあるのが『境南(きょうなん)浴場』である。コロナ禍が落ち着いてきた2023年12月にリニューアルを行っているが、流行りの大幅リノベーションではなく、昔の雰囲気をそのまま活かしつつ各所が修繕・改良されている。入口看板の「コミュニティセントウ」という字がなんともレトロだ。

  • 横からは旧来の造りや煙突を確認しやすい

    横からは旧来の造りや煙突を確認しやすい

フロント部分や脱衣所はリノベによってシンプルながら白く明るい内装に整えられている。浴室内も壁面の白く大きなタイルなどが瑞々しさを感じさせる一方、浴室奥のタイル絵はリニューアル前そのまま。銭湯で定番の富士山ではなく、天に向けて羽ばたく鳳凰(ほうおう)というのが珍しい。

浴槽設備は深めの日替わり薬湯と座風呂、大きな浴槽、水風呂とサウナ。お湯はいずれも約42℃で、若干熱めながらじっくり長湯できる調整だ。ほどよく身体を加熱しつつ長湯をしても負担になりにくいので、風呂の縁に首を預け、鳳凰のタイル絵や宮造りの高い天井をぼんやり見上げながら身体を温めていこう。

  • 何ともレトロで独特な味わいある「コミュニティセントウ」の字

    何ともレトロで独特な味わいある「コミュニティセントウ」の字

サウナは2段式で10人ほど入ることができ、それなりの広さ。リニューアルのおかげで内装の木材も真新しい。室内に通常よくあるサウナストーブが境南浴場では見当たらないのだが、実は座面の下の熱源から熱気がこみ上げてくるため、下段と上段での体感温度差は少ない。温度設定自体はやや高い程度だが、座面から尻、そして全身へと熱が直接伝導するため、室温以上に負荷が大きく感じられる。無理せず数分で済ませるのも良いだろう。水風呂は22℃と若干ぬるめだが、熱々なサウナの後に冷たすぎる水では逆に辛く感じる人もいるだろうし、むしろこの程度が適温かもしれない。

平日の境南浴場は地域にお住まいの高齢者がよく利用しており、アフター5には若年のサウナーも増えるが、全体的に地元民向けという色が濃い銭湯である。お店の方が常連さんと朗らかに語らっている場面もあり、看板の字に違わずコミュニティの軸になっている湯処だ。


『境南浴場』:東京都武蔵野市境南町3-11-8/最寄駅:JR中央線「武蔵境」駅南口から徒歩5分/16:00~23:00(金曜、第2・第4木曜休)/料金:入浴550円、サウナ料金300円(レンタルバスタオル込)/駐車場なし


■「神社」「競馬」のあとに利用したくなる? 府中『旭湯』

  • けやき並木の奥に見える府中・大國魂神社の鳥居

    けやき並木の奥に見える府中・大國魂神社の鳥居

都内中部を代表する多摩地域の中核・府中市。古くは武蔵国の国府が置かれ、現在でも東京五社の一社たる大國魂神社と、神社へ続く長大なけやき並木の通りが憩いの場として親しまれている。映画館を有する駅前エリアの発展も著しく、東京競馬場でのレース日には大勢の競馬ファンが押し寄せるなど、歴史・緑・エンタメに彩られた街だ。JR武蔵野線と南武線、そして京王線と電車アクセスが便利なのも長所である。

  • かなり年季が入っている旭湯の外観

    かなり年季が入っている旭湯の外観

そんな府中市には銭湯や温浴施設も多い。けやき並木沿いの一角では、かつてのスーパー銭湯「縄文の湯」が2024年に生まれ変わった「RAKU SPA Station 府中」が営業中。京王府中駅南口の近くには「府中湯楽館 桜湯」もある。もう一つ、けやき並木から西向きに数分歩いた先の「旭湯」を今回は紹介する。

  • 建物横には駐輪スペースがある

    建物横には駐輪スペースがある

旭湯は宮造りタイプの銭湯だが、若干の改築が加わっているため、外観からは分かりづらい。フロントは程よく整頓されており、最新のリノベ銭湯のようなシャープさよりも、昭和の一軒家のような懐かしく温かい気配を感じさせる。その一方、壁面にはマリリン・モンローのポスター写真がたくさん飾られており、漫画『釣りバカ日誌』の作者サインまで見られるのが個性的だ。

脱衣所も昔ながらの銭湯スタイルで、風呂上がりの休憩用のベンチやテーブルもあり、清潔で居心地が良い。浴室内に入ると天井が高い宮造りであることがよく分かるだろう。壁は白く、柱や梁が水色に塗られている。浴室奥に湯船が配置され、その上に大きな富士山のペンキ絵という、オーソドックスなスタイルである。

  • 磨りガラスを使った看板が実に昭和テイスト

    磨りガラスを使った看板が実に昭和テイスト

設備はバイブラの付いた中温風呂、座風呂、高温の深湯と、こちらも昭和銭湯の定番がそろう。バイブラはやや勢い強めなので要注意。個人的な感覚だが、いずれも湯がたいへん柔らかく、身体と肌に無理ない入浴をさせてくれる。

サウナはガス遠赤外線のもので、壁色は暗めで照明も押さえられ、室内BGMもないなど非常に落ち着いた雰囲気だ。2段式で最大6人ほどが使用でき、室温は若干高めだが、鼻などの焼けつきや強い負荷感はない。水風呂は2人入れば一杯になりそうなサイズなので、譲り合って利用しよう。

総じて尖った個性も今風のアピールポイントもないが、それがむしろ古き良き銭湯らしさとサウナ要素をうまく両立させ、良い意味で「無難」という長所になっている。旭湯の客層は子どもから高齢者までかなり幅広く、世代を問わず地域で親しまれている証拠である。なお、オススメの時間帯は夕暮れ前。天井近くの窓から浴室内に光が差し込み、浴室内がとてもノスタルジックな雰囲気になるのだ。


『旭湯』:東京都府中市宮西町3-6-2/最寄駅:京王線「府中」駅南口から徒歩6分/火~土15:30~23:00、日曜14:00~23:00(月曜休)/料金:入浴550円、サウナ料金300円(大小レンタルタオル込)/駐車場なし


■高尾山の帰りにも便利、1階と2階で個性が異なる八王子『稲荷湯』

  • 八王子駅北口の大きなバスロータリー

    八王子駅北口の大きなバスロータリー

海外にも知られる観光名所・高尾山のお膝元にあたる、東京都八王子市。かつて養蚕や織物が盛んだったことから、蚕のエサになる桑の葉にあやかり「桑都(そうと)」とも称される。また、JR八王子駅の周辺は立川や町田とも並び、東京都西部を代表する商業エリアとしても有名だ。

  • 【写真】ミニホテルのような雰囲気もある稲荷湯。1階と2階で異なる個性が味わい深い

    稲荷湯の入口はミニホテルのような雰囲気もある

駅北側はロータリーから道路が放射状に伸びて大いに栄えているが、反対の南側は駅前の商業施設を除き、こじんまりとした商店や落ち着いた住宅が連なっている。その一角にあるのがビル型銭湯の『稲荷湯』だ。駅から徒歩数分でアクセスできるほか、車が3台停まれる駐車場も備わっているので、地域住民に限らず観光などで八王子を訪れた人も利用しやすい店舗である。

  • 小川沿いにある稲荷湯

    小川沿いにある稲荷湯

稲荷湯は1階と2階に浴室があり、日替わりで男湯と女湯がチェンジする。筆者が訪れた時は1階が男湯であった。フロントや脱衣所の内装は白壁や木の床・棚などになっており、公共施設のような柔らかい雰囲気。脱衣所の一部に休憩スペースが設けられているので、風呂上がりにも休憩がしやすくなっている。

浴室内は若干印象が変わるものの、淡いイエローやグレーをメインカラーに、こちらも暖かな気配を漂わせている。カラン部分はお湯の蛇口が押して出すタイプ、水の蛇口は取っ手をひねるタイプとなっているのが、細かいながら独特なポイントだ。

  • 稲荷湯入口の鮮やかな暖簾

    稲荷湯入口の鮮やかな暖簾

浴槽設備は浴室内の大浴槽と薬湯、露天風呂スペース、水風呂にサウナとバラエティ豊か。特に大浴槽はバイブラ、電気風呂、座風呂2つ、マッサージ風呂、ジェット風呂が併設されており、かなりの設備充実ぶりだ。湯温は大浴槽・薬湯ともに40度前後で、ぬるすぎず熱過ぎずのライン。泡が出る場所は全体に勢いが強く、特にバイブラは水面に小山のように盛り上がるほど。油断すると鼻や目にしぶきが入るので注意しよう。

サウナは2段型で、10人以上は入れそうな広さを確保。個人差もあるだろうが温度設定がかなりちょうどよく、無理せず汗をかいていられる。サウナの入り口横にはサウナマットなどを置いている棚があるが、珍しいことにセルフロウリュをするための「うちわ」も添えられているので、負荷強めが好きな人は利用してもよい。水風呂も冷たすぎず、ぬるすぎずの絶妙さである。

露天風呂スペースは岩風呂タイプで、高めの天井から和風の照明も吊り下げられており、かなり落ち着いた佇まいである。こちらの湯温は若干ぬるめで、天井方向の開口部からのぞく空を見上げながらゆったり入浴できる。日帰りの高尾山歩き後にこの風呂に浸かれば、ちょっとした和風旅館気分だ。

今回は紹介しなかったが、2階の浴室はテイストこそ1階と大きく異なるものの、こちらも設備はかなり多め。特に浴室内や浴槽が広々としており、1階と2階どちらが好きか分かれそうである。


『稲荷湯』:東京都八王子市子安町1-27-20/最寄駅:JR中央線「八王子」駅南口から徒歩5分/14:00~23:30(水曜休)/料金:入浴料550円、サウナ込入浴料950円、レンタルタオル100円(フェイスタオル)200円(バスタオル)/駐車場3台利用可


■中東情勢&燃料費高騰は銭湯にも悪影響

多摩地域といえば、最近では調布市の『鶴の湯』が2026年4月、クラウドファンディング等の努力でリニューアルオープンして大きな話題となっている。継業した若手経営者や地域の願いが実った形だが、現在は昨今の原油高で悩まされているらしく、その苦戦ぶりもTVニュースで紹介された。

当記事の冒頭で触れたように、銭湯は全国的に減少傾向。都内の銭湯も2019年(令和元年)末には520軒あったものが2025年末には417軒となっており、時代が令和になってから実に100軒以上も減ったことになる。減少の理由は建物の老朽化や後継者不在など様々だが、そこに拍車を掛けていると思われるのが、イラン情勢に端を発するエネルギー供給の不安定化とエネルギー高騰だ。

物流・軍事・ネットによって世界各国の状況が緊密にリンクする現代では、市井のいち銭湯ファンであっても、国際的な激しいうねりとは無縁ではいられないということである。銭湯がこれ以上減るのを抑えるためにも、一刻も早く中東情勢が落ち着いてほしいのだけど……と、境南浴場の湯に浸かりながら考えていた。