“ワンコインとちょっと”で味わえる、天国みたいな時間、それが銭湯だ――この連載では、毎週末の銭湯巡りを趣味とする街歩きライター・デヤブロウ氏が、都内&近郊の選りすぐり銭湯を訪ねて、湯の特徴や整うポイント、ちょい寄りスポットまでご紹介。今回は「阿佐ヶ谷~西荻窪の銭湯3選」。


JR中央線の中野駅~三鷹駅間は、古着・古書・雑貨・サブカルなどの多様な「中央線カルチャー」で有名である。その先駆けとなったのが、大正時代末期~昭和にかけて作られた『阿佐ヶ谷文士村』だ。1923年(大正12年)の関東大震災で焼けてしまった東京の東側から、多くの人々が中央線に沿って郊外へ移住。特に宅地化が進んでいた阿佐ヶ谷・荻窪・西荻窪へ、当時の文筆家・文化人が数多く居を移したのだ。

  • かつて文筆家が多く住んでいたことを反映してか、阿佐ヶ谷~西荻窪エリアには今も書店が多い

    かつて文筆家が多く住んでいたことを反映してか、阿佐ヶ谷~西荻窪エリアには今も書店が多い

井伏鱒二、川端康成、与謝野晶子、太宰治……今では国語や歴史の教科書に出てくるような多くの文豪たちが、当時この地域で交流を深め、著作に励んでいたという。そんな彼らが普段使いしていた(かもしれない)銭湯が、この地域にはまだ少なくない。今回紹介する3軒はいずれも建て替えやリノベなどを重ねているが、創業は昭和初期。お湯に浸かりながら文豪気分、というのはいかがだろうか。

■銭湯の定番スタイルを今も守る、阿佐ヶ谷のレトロ湯処『玉の湯』

  • 阿佐ヶ谷パールセンター商店街は雨の日や日差しがキツイ日の買い物にも便利

    阿佐ヶ谷パールセンター商店街は雨の日や日差しがキツイ日の買い物にも便利

阿佐ヶ谷は散歩道に富んだ町である。JR中央線と直行する形でケヤキ並木が穏やかな『中杉通り』が南北に伸び、駅南口アーケード『阿佐ヶ谷パールセンター商店街』も盛況。夜ともなれば駅北側の『スターロード』と、その周りに広がる渋めの居酒屋群が飲兵衛達を引き寄せる。

ミニシアター『ラピュタ阿佐ヶ谷』や神社『阿佐ヶ谷神明宮』など歴史・文化スポットも多いほか、銭湯も周辺に2件が健在。うち一つはハワイアンで独特な雰囲気の『阿佐ヶ谷温泉 天徳泉(てんとくせん)』、もう一つが駅北側の河北総合病院から近くにある『玉の湯』である。

  • 玉の湯は屋根瓦が葺き替えられているが、宮造りらしい構造が外観からもよく分かる

    玉の湯は屋根瓦が葺き替えられているが、宮造りらしい構造が外観からもよく分かる

玉の湯の建物は1953年(昭和28年)築だが、最古の記録では1932年(昭和7年)には既に営業していたらしい。現在でも細かな改良を続けており、宮造り建築の外観を保つ一方、レトロなフォントの看板がいい味を出している。

フロントや脱衣所の内装はほぼ昔のままながら、清掃が行き届いていて居心地は良い。浴室内は高い天井と水色の壁面、富士山のペンキ画、深い青色のタイルなどが、「これぞ銭湯!」と目で感じさせてくれる鮮やかさだ。

  • かつて塀と門扉があった名残と思われる石柱

    かつて塀と門扉があった名残と思われる石柱

浴槽は中温の薬湯と、やや高温の大きな浴槽の2種。まずは薬湯の方で体を慣らしてから、高温の浴槽に入るとスムーズだろう。高温浴槽は最初こそハッとするような熱さだが、熱すぎて長湯しにくいということもない絶妙な塩梅。同じ浴槽内に電気風呂、座風呂、ジェットも併設されており、しっかり加熱された体を更にほぐしてくれる。

また、男湯には水風呂とサウナも完備されている。サウナは2段式で最大6〜7名ほど座れる広さ。室温はさほど高くなく、上段の席でも無理せずじっくりと温まれる。水風呂もゆったりと幅があり、冷たすぎず、着実に体を冷却できる水温が嬉しい。水風呂のすぐ横に休憩用の腰掛けスペースもあり、サウナーにとってありがたい動線設計だ。

  • 夜の玉の湯は看板のライティングがとてもレトロ

    夜の玉の湯は看板のライティングがとてもレトロ

平日夕方の玉の湯は地域の定連と思しき高齢の方々が主な客層で、6時頃には若い人も増える。尖った特色はないものの、湯温・水温調整や清掃・サービス面など、古き良き銭湯をしっかりブラッシュアップしているのがとても好印象だ。地域の方々に愛されるのも納得である。


『玉の湯』:東京都杉並区阿佐谷北1-13-7/最寄駅:JR中央線「阿佐ヶ谷」駅から徒歩5分/15:00〜25:00(月曜、火曜休)/料金:入浴料550円、サウナ込入浴料850円(バスタオル付)/駐車場なし


■創業100年の老舗がリニューアルでモダンに進化、荻窪『GOKURAKUYA』

「荻窪と言えばラーメン!」という人は多いだろう。1949年(昭和24年)創業の『春木屋 荻窪本店』をはじめ、老舗・最新トレンド・変わり種まで、荻窪駅周辺は数多のラーメン店がひしめく。一方、『教会通り』には小綺麗なカフェや雑貨店も多いほか、駅から少し離れると『杉並区立郷土博物館分館』『荻外荘(旧近衞文麿邸)』など文化スポットも複数。荻窪は駅前と周辺で装いを大きく変える街だ。

  • 荻窪のラーメンを語るうえでは外せない春木屋

    荻窪のラーメンを語るうえでは外せない春木屋

荻窪駅前から青梅街道沿いに西方向へ歩いていくと、有名なコンサートホール『杉並公会堂』が目に入る。そこからさらに進んだ所にあるのが、ビル型銭湯『GOKURAKUYA(ごくらくや)』だ。店名がたいへん個性的だが、昭和元年(1926年)創業当時は『妙法湯』という名前で、平成元年の建て替え時に現在名になったという。今年でちょうど100年目の古株である。

  • 外観からは創業一世紀越えの老舗とは気づかない

    外観からは創業一世紀越えの老舗とは気づかない

2024年には大規模リニューアルを行い、一部内装をモダンに改修したほか、浴室内のサウナ機能などを強化した。フロントや脱衣所はグレー主体で間接照明を効果的に使用し、シックで落ち着いた雰囲気。室内BGMも今風の洋楽や邦楽などがスタイリッシュな印象を添えている。若い店員さんの接客も、とても爽やかである。

  • 力強い筆使いの店名看板

    力強い筆使いの店名看板

浴室内はリニューアル前の雰囲気を多く残しているが、白く清潔な印象。天井は低く、洗い場は壁沿いのみで、浴室面積はかなりコンパクトである。浴槽もこぢんまりとしており、一番大きいシルク風呂でも2〜3人入ったら満員のサイズだ。他には1人用の電気風呂、同じく1人用のジェット付き座風呂がある。お湯は地下100mから汲み上げたミネラル豊富な井戸水を使用しているといい、温度はなかなか程よい塩梅である。

サウナもかなり小さく、2段式で3〜4人入れば満員になりそうである。室内は改装されており、落ち着いた間接照明が薄暗く穏やかなムードをかもし出す。室温は90℃前後で、上段でも無理せず入っていられるライン。セルフロウリュ用の水桶もあるので、熱気をプラスしたい時は活用しよう。水風呂は水温22℃前後と、緊張せず長く浸かっていられる温度である。

  • 名前通り「極楽や~♪」と呟きたくなる良い湯

    名前通り「極楽や~♪」と呟きたくなる良い湯

見た目こそ垢抜けた令和テイストのGOKURAKUYAだが、意外にも客層は昔ながらの常連さん中心。6時頃には若年層も増えるが、休日夕方でも大混雑ということはなく、ゆったり入浴できる穴場である。なお、荻窪駅からはそこそこの距離があり、上り坂にもなっているので、行き道で少し疲れるかもしれない。体力や足腰に自信がない人や、天候が良くない時は、無理せず駅からバスで行ったほうが良いだろう。


『GOKURAKUYA』:東京都杉並区上荻2-40-14/最寄駅:JR中央線・東京メトロ丸ノ内線「荻窪」駅から徒歩10分/16:00~24:00(火曜休)/料金:入浴料550円、サウナ込入浴料930円(フェイスタオル・バスタオル付)/駐車場なし


■店舗全体がキラキラ清潔! 設備も充実の西荻窪『秀の湯』

  • 隠れた穴場タウンとして人気の西荻窪

    隠れた穴場タウンとして人気の西荻窪

荻窪がラーメン激戦区ならば、西荻窪はカレー激戦区である。善福寺川沿いのインドカレー店『ガネーシャガル』などを皮切りに2000年代前半から店舗が増え、現在はインド・ネパール系や欧風カレー、創作カレーなどバラエティ数多。個性的な雑貨店や古書店、カフェなども多いので、自分好みの店舗をあちこち巡ってからランチやディナーにカレーを……という休日プランがおすすめだ。

カレーを食べるとスパイシーさで発汗が促されるが、同じく汗をかける銭湯や温浴施設が集まるのも西荻窪の特徴である。駅南側には『天狗湯』、北側には『文化湯』があり、駅のすぐ近くでは2025年開業の『ROOFTOP Sauna』も営業。加えて、ガネーシャガルから北方向に少し歩いた先には『秀の湯』がある。外観からは分かりづらいが宮造りの銭湯であり、こちらも昭和6年(1931年)創業という老舗だ。

  • 秀の湯は外観だけでは宮造りと分かりにくい

    秀の湯は外観だけでは宮造りと分かりにくい

秀の湯で驚かされるのは、「ピッカピカ」という擬音が似合うような内装の清潔さ&白さ&明るさ。内装を近年リニューアルしたらしく、清潔度は頭一つ抜けている。フロントも脱衣所も出来立ての公共施設のような雰囲気であり、汚れが目立つ点がないのはもちろん、多少の老朽化や古びた箇所も殆ど見当たらない。戦前から続く老舗とは思えない程である。

浴室内は壁面が白中心、柱や針が淡いグリーンの差し色で、天井など一部に木質を配したナチュラルテイスト。前述のとおり満遍なくキラキラしており、居心地の良さは抜群である。

  • 銭湯としてはかなり広めな専用駐車場もある

    銭湯としてはかなり広めな専用駐車場もある

泡の出る浴槽が3種類もあるのが特徴だ。39℃程のぬるい浴槽には電気風呂とバイブラが備え付けられている。特にバイブラの方は、体にほとんど負荷をかけない状態で浮遊感を味わえるだろう。温度42℃弱の浴槽にあるのは座風呂、ハイパージェット(背中ジェット)、マッサージジェット(脇腹ジェット)の3つ。いずれも泡圧はやや強めで、実は脇腹ジェットも座風呂のようになっている。その横にある40℃前後の薬湯は底が深く、穏やかな泡が身体をくすぐる。

外気浴可能な露天風呂スペースも備えられている。こちらの浴槽は炭酸泉で、温度は約39℃。和風の岩風呂タイプであり、スッキリした雰囲気の浴室内とはまた違った趣きだ。サウナは2段式で8〜9人は入れる余裕があり、室温調整もちょうど良く、上段でも息苦しさはない。水風呂は水温17℃程度で、こちらもベストなラインである。

  • 店名看板は他であまり見ないような柔らかいタッチ

    店名看板は他であまり見ないような柔らかいタッチ

室内の清潔さと設備の充実ぶりに支えられてか、秀の湯には平日の開店直後でも多くの客が訪れる。客層も地域の方々と思しき高齢者だけでなく、サウナ目的と思しき若年層も少なくない。外には駐輪場や駐車場もあって交通アクセスも良いなど、どこを取ってもハイレベルな、店名どおり「秀でた」湯処である。


『秀の湯』:東京都杉並区桃井4-2-9/最寄駅:JR中央線「西荻窪」駅から徒歩10分/15:30~25:30(木曜休)/料金:入浴料550円、サウナ料金350円(フェイスタオル・バスタオル付)/駐車場9台分あり


■関東大震災から生まれた阿佐ヶ谷文士村と「宮造り銭湯」

以上、阿佐ヶ谷・荻窪・西荻窪の銭湯3軒を紹介した。この街で阿佐ヶ谷文士村の面々が日々親睦を深め、時に議論を交わすかたわらで銭湯に通っていたのかも……と、文学ファンならば想像を巡らせてみるのも楽しそうだ。

阿佐ヶ谷文士村の成り立ちには関東大震災が大きく関わっているが、同じく震災と深い関連があるのが、神社仏閣風の宮造り銭湯である。震災からの市街復興にあたっては、寺社建築の技を持つ宮大工達も数多く活躍した。特に銭湯建築において、浴場向きの広い屋内空間を建てられること、そして震災で落ち込んだ人々を励ますような力強い外観にできることから、宮大工の仕事が歓迎されたという。

  • このような「THE・銭湯」というスタイルも、実は東京に固有なのである(※写真は中野温泉 天神湯)

    このような「THE・銭湯」というスタイルも、実は東京に固有なのである(※写真は中野温泉 天神湯)

こうして誕生したのが、瓦葺きの大屋根、細かな木彫りの装飾、脱衣所の折り上げ格天井(ごうてんじょう)、浴室の高い二段天井で特徴づけられる宮造り銭湯である。今でこそ「昭和の銭湯」の定番スタイルと見なされる事も多いが、実は東京に特有の「復興建築」なのだ。

また、現在では当たり前となっている浴室のタイル張りや洗い場のカラン(蛇口)なども、実は宮造り銭湯と同じく大正後期~昭和にかけて普及したと言われている。文士村に集っていた多くの文筆家も、こうした銭湯の変化を日々の生活で感じ取っていたはずである。真新しく堂々とした宮造り銭湯に心身を癒してもらいながら、それを明日の執筆のため活力としていたのかもしれない。