少年・少女の「不安」「葛藤」「痛み」を描くテレビ東京のドラマ『惡の華』(毎週木曜24:00~)の第9話が、4日に放送された。

今回は、高校生編のヒロインともいえる常磐を演じる中西アルノと、この原作の世界観を忠実に描き出している監督陣・ポールヤングと井口昇について語ってみたい。

  • 中西アルノ (C)「惡の華」製作委員会2026 (C)押見修造/講談社

    中西アルノ (C)「惡の華」製作委員会2026 (C)押見修造/講談社

【第9話あらすじ】本という共通点で仲良くなった春日と常磐に…?

不良に絡まれた帰り道、春日(鈴木福)の目に入ったのは、ボードレールの『惡の華』本を手にする常磐の姿だった。春日は中学の頃を思い出し、常磐に運命を感じ、思わず声をかける。

本が趣味という共通点で、徐々に距離が縮まる2人。ある日、常磐の部屋にある常磐の書いたノートに気づく春日。どうしても読みたくてお願いしているところに、常磐の彼氏から連絡が来る。

常磐は春日を彼氏に紹介。流れで、常磐と彼氏の仲間がいる場へと連れて行かれる。そこで「中学で好きな人はいた?」などと、距離を詰めてくる常磐の友人たち。春日はそれに耐えられず、逃げ出す。そしてそれを追おうとする常磐。止める彼氏。

「どうしてそんなに壁を作ろうとするんだよ」と詰め寄る彼氏に常磐は「私の壁を壊そうとしたことある?」と逆に言い返し、春日を追う。春日に謝罪した常磐は、自身の小説のプロットを春日に見せることに。人に見られない場所ということでカラオケボックスが選ばれた。

そこに描かれていた物語は、まるで春日本人が主人公であるかのような設定…。春日は感動し、それを常磐に伝える。照れながらもうれしそうな常磐。

その帰り道、嗅ぎ覚えのあるシャンプーの香りに、ふとその方を見ると、そこにいたのは恋人を連れた佐伯奈々子(井頭愛海)の姿だった──。

  • (C)押見修造/講談社

    (C)押見修造/講談社

演技力とは別の種類の強さ

『惡の華』には、仲村佐和(あの)、佐伯奈々子、そして高校生編から登場する常磐文という3人のヒロインがいる。しかし、その役割はそれぞれ大きく異なる。

仲村が恋愛相手というよりも春日の“影”そのものだったとすれば、常磐は春日を破壊する存在ではなく、再び社会や他者との関係へと戻していく存在だ。仲村が「降下」を象徴するなら、常磐は「回復」を象徴する。

だが、それは単純な救済ではない。常磐もまた孤独を抱え、他人と距離があり、人間の弱さや醜さから目を逸らさない人物として描かれる。だからこそ春日は、佐伯とも仲村とも違う、より対等な関係に近いものを彼女との間に築いていく。

高校生編の本質は、仲村によって壊された春日が、再び他者と関わりながら生きていけるのかという物語だ。その意味で常磐文は、新しいヒロインである以上に、「向こう側」へ行けなかった春日を現実へ引き戻すための存在と言えるだろう。

その配役に乃木坂46の中西アルノを持ってきたのが実に興味深い。決して演技経験が豊富ではない。だが、彼女には演技力とは別の種類の強さがある。

まず、華がある。そして芝居というよりも、人前に立った瞬間に空気を変えてしまうような表現者としての存在感がある。

だからだろうか。原作では印象的だった常磐の孤独や内面を語るセリフが、第9話ではかなり整理されていた印象を受けた。あの種の孤独を芝居だけで成立させるのは難しい。まして演技経験が豊富とは言えない中西ならなおさらだろう。

しかし、その選択は決してマイナスにはなっていない。むしろドラマ版は、中西アルノという存在が持つ魅力を生かしながら、「春日がなぜ常磐に惹かれていくのか」という部分へ焦点を絞っていたように見える。

中西の笑顔には明るさがある。だが同時に、どこかつかみきれない翳(かげ)りもある。人懐っこいのに少し遠い。親しみやすいのに、ふとした瞬間に孤独が見える。そのアンビバレンスは、常磐文という人物が本来持っている二面性とも重なる。

そして何より、第9話の彼女には「高校生編が始まった」という空気そのものを背負う力があった。仲村佐和の狂気と絶叫が支配していた中学生編から、もう一つ別の物語へ移る。その転換点に立つ人物として、中西アルノは十分な存在感を放っていたと思う。

原作を知る者としては、この先がむしろ楽しみだ。常磐文は決して“光”だけのヒロインではない。春日の孤独に寄り添う一方で、自らの孤独とも向き合わなければならない人物だからだ。

だからこそ、中西アルノがこれから先、常磐の抱える繊細な揺らぎや痛みをどのように演じていくのか。高校生編最大の見どころの一つは、間違いなくそこにあるだろう。