ついに人間とコンピュータの評価が一致する。結論は阿部四段有利

人間とコンピュータの評価が真っ二つに割れた局面。しかし、そこから指し手が進みだすと、習甦を有利と見ていたボンクラーズの評価は徐々に下がり出す。習甦が特に悪い手、間違った手を指したわけでもないのに……だ。そしてついに評価値が逆転する。

逆転したといってもその差は僅かに4点。誤差の範囲に過ぎなかったのだが、控室のプロ棋士はその時点で阿部四段がかなり勝ちやすい「勝勢に近い優勢」と言い始めていた。プロ棋士が阿部四段優勢と断言する一番の理由は、阿部四段の玉の上部が広く、攻められても脱出が望めそうなことだ。

図8(64手目)△5六成桂、この局面で阿部四段が初めてボンクラーズの評価値でリードを奪う。プロ棋士の評価は、すでに阿部四段大優勢だった

玉が上部に脱出して相手陣に入って行くことを「入玉」と呼ぶのだが、入玉はコンピュータ将棋が苦手とする分野だという。阿部四段は実際に入玉したわけではないが、序盤に突き越した端歩を生かして入玉のルートを確保することで、コンピュータの攻めを無効化し、確たる優位を築き上げたのである。

阿部四段の優勢を確信し、余裕のある表情で対局を見守るプロ代表のメンバー。左から次鋒の佐藤慎一四段、大将の三浦弘行八段、副将の塚田泰明九段

コンピュータならではの悪手で勝負あり

評価が逆転してからは、指し手が進むにつれて差が開く一方となった。そして、追い詰められた習甦は、苦し紛れにピンチを先延ばしするだけの悪手を指してしまう。それは相手の角を0手で馬にしてしまう、人間なら絶対指さないコンピュータならではの悪手だった。開発者の竹内氏は、習甦のこの手を見て敗北を覚悟したという。控室もここで勝負ありの雰囲気となった。

18:32、ついに習甦が投了。「第2回将棋電王戦」の第一局は、阿部光瑠四段の勝利。プロ棋士側が先勝し、対戦成績を1勝0敗とした。

図9(113手目)終局図

終局後、観戦記を担当した夢枕獏さんの質問に笑顔で答える阿部四段

習甦の竹内章氏は、さっぱりした表情で敗戦を受け入れていた

第一局はプロ棋士の圧勝。しかし、勝負はこれから。

控室で検討の中心となっていたプロ棋士の遠山雄亮五段に本局の感想を聞いた。

「阿部さんの序盤の作戦は素晴らしいの一言です。相当の研究を重ねなければあれだけ見事な作戦は立てられないでしょう。作戦通りに進んでからの指し回しも完璧でした。相手の攻めを呼び込む展開なのでリスクも高く、決して簡単な将棋ではなかったのですが、全てを読み切ったようなすごい指し回しでした。正直阿部さんがこれだけ本気で対局に取り組むとは予想していませんでした。阿部さんの本局に取り組む姿勢と指し回しには、感動すら覚えます」(遠山五段)

事前に相手のことを十分に研究し、自らの能力や特性に合わせた作戦を立てて臨んだ阿部四段。孫子の兵法として有名な「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」を完璧な形で実践した形で、人間にとっての理想の戦い方を実現した阿部四段はプロ中のプロといえよう。ただ、その背景として、サンプルソフトを用いた研究が可能だったという事情があったことも確かだ。

第二局のコンピュータ代表「Ponanza」は、勝負に徹してサンプルソフトを提供していない。従って、今回と同じような相手のクセを突く作戦は立てられない。プロ棋士側の次鋒を務める佐藤慎一四段も「自分の対局はギリギリの競った勝負になるでしょう」と予想している。第二局はさらなる激戦となること必至だ。

はたして、コンピュータは巻き返すことができるのか。「第2回将棋電王戦」は、まだ始まったばかりである。

第2回将棋電電王戦 観戦記
第1局 阿部光瑠四段 対 習甦 - 若き天才棋士が見せた"戦いの理想形"とコンピュータの悪手
第2局 佐藤慎一四段 対 Ponanza - 進化の壁を越えたコンピュータが歴史に新たな1ページを刻む
第3局 船江恒平五段 対 ツツカナ - 逆転に次ぐ逆転と「△6六銀」の謎
第4局 塚田泰明九段 対 Puella α - 泥にまみれた塚田九段が譲れなかったもの
第5局 三浦弘行八段 対 GPS将棋 - コンピュータは"生きた定跡"を創り出したか?
第3回将棋電王戦 観戦記
第1局 菅井竜也五段 対 習甦 - 菅井五段の誤算は"イメージと事実の差
第2局 佐藤紳哉六段 対 やねうら王 - 罠をかいくぐり最後に生き残ったのはどちらか
第3局 豊島将之七段 対 YSS - 人間が勝つ鍵はどこにあるか
第4局 森下卓九段 対 ツツカナ - 森下九段とツツカナが創り出したもの