いよいよ対局開始。阿部四段が、意表の一手損戦法に出る!

対局は朝10:00より開始され、阿部四段が最初の一手を指した。朝はかなり緊張していたようだが、開始が告げられると同時に平常心に戻った雰囲気が傍で見ていても分かる。「さすがはプロ」という印象。

対局が開始されると一斉にお辞儀。将棋は"礼に始まり礼に終わる"

対局が始まって数分後、阿部四段がいきなり記者室の関係者を驚かせる手を指した。図1の角を交換した手がそれにあたる。

図1(7手目) 角交換した局面、阿部四段の用意した作戦の第一歩がこの角交換

序盤で角を交換する戦法は「角換わり」と呼ばれていて、プロも指す有力な戦法だ。しかし、阿部四段が指した手順で角換わりを目指すプロは滅多にいない。それは、この手順だと先手が一手損してしまうからだ。詳しい説明は省略するが、一言でいえば先手が自分の手番を1回パスをしたような状態になるのである。

いきなり損をした阿部四段。大丈夫なのか?
しかし、この一手損することも阿部四段の作戦範囲だったのである。

コンピュータに自力で考えさせろ!

阿部四段は、なぜ一手損してまで角換わりにこだわったのか。その理由のひとつは、定跡形を早めに外し、習甦に早い段階で自力で考えさせることにあった。

コンピュータがいくら強くなったといっても、大局観が必要とされる序盤戦の感覚まではまだ人間に追いついていない。それを補うために、過去に指された実戦例のデータを元に序盤の指し手を決めている。ところが、先手から一手損して角換わりに持ち込む順は、プロではめったに指されないため、実戦例もごくわずかなのだ。

阿部四段の狙いが見事に成功したのか、習甦は12手目というかなり早い段階から時間を使い始めた。データに従って指すだけなら時間を使う必要はないはずなので、この段階から習甦が自力で考え始めたと推察される。

図2(12手目)習甦が序盤の早い段階で時間を使い始めた

コンピュータが時間を使い始めてから4手進んだところで、阿部四段は用意してきた作戦の第二段階を実行する。駒組みの途中でおもむろに端歩を2回突いたのがそれである。このように端歩を五段目まで突いた状態は「突き越す」と呼ばれている。対して習甦は、阿部四段の端歩を無視。盤の中央付近で駒組みを進めた。

図3(18手目)先手が端歩を突き越した局面

端歩を突くというのは、遠い将来に備えた先行投資のようなもので、その効果はすぐにはわからないし、途中で状況が変わって投資が無駄になることもある。現実主義のコンピュータには意味がわかりにくい手だろう。阿部四段はコンピュータが自力で考えている状態なら、端歩を突きかえしてこないと予想して、端を突き越してそれを生かす作戦を組み立てることを考えたことになる。

さて、ここで局面の評価を確認してみよう。

端歩の突き越しを見たプロ棋士は「積極的な作戦だが、端歩を生かせるかどうかは現時点ではまだわからない。形勢は互角としかいいようがない」と、おおむねこのような判断をしている。

一方、ボンクラーズの評価値は、それまで大きな変動がなかったのだが、阿部四段が端歩を突き越したところで習甦の+221と表示された。わずかではあるが、習甦がリードしていると判断したのだ。……続きを読む