当代有数のアニメ監督、『エヴァンゲリオン』の庵野秀明氏のルーツが『機動戦士ガンダム』にあることを、どれくらいの人がご存じだろうか。7月26日に東京・台場の「ガンダムフロント東京」にて行われた「機動戦士ガンダムの誕生とアニメーター安彦良和展」のスペシャルイベント、庵野秀明×氷川竜介トークショーで、庵野氏がアニメーション制作の世界に入ることになった経緯が、『ガンダム』の原画にあったことが語られた。

氷川竜介氏(左)と庵野秀明氏

アニメは画の面白さである! 庵野氏かく語りき

庵野氏:アニメファンの庵野秀明です。

氷川氏と共に登壇した庵野氏は、まず脇に設置されている1/1オブジェの「コアファイター」をじっと見る。「どうですか?」と氷川氏が問うと、「ディテールが……アレですね」と不満顔。詳しくは語らなかったが、コアファイターのディテールで30分語り続けそうな気配だ。

最初は、庵野氏が編集した「安彦良和アニメーション原画集 機動戦士ガンダム」について。元は居酒屋トークで氷川氏が安彦原画集を出したい、と話した時に庵野氏がその場で「ちゃんとやりましょう」と言い出したことが始まりだという。そして、サンライズの社長に話をもっていき、「安彦氏がいい」と言えば出せるということに。その時から4年が過ぎ、その内訳は準備が1年半で、角川さんの手にわたってから2年半。いろいろな苦労があったようだ。

氷川氏:難しいことだけど庵野さんとしては、アニメや特撮を残したいと?

庵野氏:残したい。こういうものは、僕の手元に残しても意味がない。世の中に残さないと。広く残すには出版という形がいいんです。それと保存にはバックアップが残せるデジタルが便利だけど、やっぱり紙がいいですね。紙にはかなわない。だから文化事業という形でちゃんとやるのは大事なことなんです。

氷川氏:アニメーションの原画に対する想いというのは、原画集のあとがきにあるこれですね。

以下、庵野氏が書いた言葉をそのまま紹介する。(「安彦良和アニメーション原画集 機動戦士ガンダム」より)

映像の持つ魅力の一つに『画』というものがある。
それは、作り手の純粋なイメージを具象化し、映像として定着できる
アニメーションにおいては、特に顕著ではないかと思う。
その『画』の設計図となるものが『画コンテ』と呼ばれるものであり。
アニメーションではそれを基に実際の画面の基となる
『レイアウト原画』と『原画』が描かれる。
これらに時間軸のガイドラインとなる『タイムシート』が揃うことにより、
初めてアニメは形になることが出来る。
現行のシステムでは、始めに『レイアウト・原画・タイムシート』ありきなのだ。
それらを一手に担うのが、アニメーターと呼ばれる人々である。
アニメーターは絵描きであり、役者であり、カメラマンでもある。
勿論。映像は『画』に『時間軸』と『音』が加わったものが最終形態、
つまり『作品』として成立するものだが、その彼らの純粋で原初で繊細な
手書き鉛筆による生の仕事も見て欲しいと思う。

この一文をふまえて、今回の庵野氏のトークを読み進めていただきたい。

庵野氏:今はCGとかもありますが、やっぱり手で描いたものの面白さというのは大きい。アニメーターの仕事が一番形になっているものは原画で、その先にセル、今はデジタルで色を塗るのでセルとはいいませんけど。色がついた状態のものになりますが、原画が一番、見ていて……いいんですよね。原画マンの線がそのままでている。原画を動画マンがトレースすると、デジタルの場合は1ドットでも線が抜けていると色がはみだすので、きれいにつながっていないといけない。

庵野氏:するとデジタルでは線を細くする必要がある。昔はトレスマシンといって、(原画を透明な)セルに転写するやり方でやっていたので、6B(原画を描く際のえんぴつの芯のことだと思われる)で描いてもよかったんです。それができなくなっちゃって、そこがまたつまらないですね。

氷川氏:デジタルだと影は裏から塗るようになって、なおのことつまらないですよね。

庵野氏:つまらないですね。

庵野氏:安彦さんではないんですけど、80年代に金田さん(金田伊功氏、伝説のアニメーター。金田パースと呼ばれる大胆なパース取りや、生き物のように動くメカやビームなど、非常に個性的な画を作る)という、ものすごく面白い画を描いて、ものすごく面白いアニメーションをやる人がいて……金田さんて分かる人います? (場内、2~3割ぐらい挙手)

庵野氏:『ザンボット3』(『機動戦士ガンダム』の2つ前のサンライズ作品。富野監督、安彦氏はキャラクターデザインで参加)で、すごくいい金田さんのカットがあって、なんでこんなにいいんだろう? と思っていたんです。それは金田さんが(原画だけでなく)動画までやっていたからで、アニメーターの原画の線がそのまま動画に出るのがこんなにいいことなんだなと知りました。ザンボットバスター(庵野氏はカッターと言っていたがバスターのことだと思われる)を投げて、それがパカっと割れるところがすごくいいんです。

氷川氏:振りかぶって、次の瞬間にはもう飛んでるんですよね。

庵野氏:あとザンボットバスターを投げるとこで、中を繋いでる画がなくて(構えてから、投げる動作がほぼ省略されて、投げたバスターが飛んでいる画になる。同様にザンボットブローを投げる場面でも投擲動作が省略されている)、よくこんなタイミングで描けるなと思って本人に聞いたら、「描くのがめんどくさかった」って(笑)。中抜いちゃったっんだけど、それがすごくかっこいい。こういう繋がっていないようで繋がってる動きというのが面白いんです。

氷川氏:キレがありますよね。

庵野氏:そんな省略、省エネ作画の時代に、安彦さんの持っているスピードとパワーと、的確さというのがすごいんです。それが特に『ガンダム』の、劇場版のIIIあたりで開花している。

トークの冒頭で1/1オブジェの「コアファイター」をじっと見つめる氷川竜介氏と庵野秀明氏

このあたりは多少補足が必要だろう。先日のトークイベントで安彦氏が語っていた「日本のアニメは省略と誇張が基本であり、アバウトさが持ち味」というものを、庵野氏は実例を挙げて語っている。時間やコストなどの事情により「武器を投げる」動作を省略しなければならないが、その省略を「カッコよくみせる」アイディアと工夫があるわけだ。そういった工夫のひとつひとつが優れた発明品なのだが、資料の形で残されていない。アニメーター個々人が知識、技法として受け継いでいるのみだと、デジタル化が進んでいくにつれて、使われない技術はどんどん消滅していってしまう。だからこそ形として残すこと、庵野氏が言う「文化事業」が必要なのである。

ちなみに金田氏を例に挙げて、安彦氏を「スピードとパワーと的確さがすごい」としか語っていないのは、安彦氏の原画に込められている省略と誇張の細かい技法はひとつひとつ解説するのが困難だからだと筆者は推察する。庵野氏の師匠である板野サーカスの板野一郎氏が「安彦先生はホワイトベースにおけるガンダム」と例え、富野由悠季監督が「自分の中には安彦君ほどの才能がなかった」というのだから、解析してどうにかなる次元のものではないのだろう。

庵野氏は安彦氏の原画を見ながら、話を続ける。……続きを読む