安彦原画でアニメの基礎を知った庵野氏

氷川氏:当時の『アニメージュ』で、安彦さんの原画が載った号があって。見ました?

庵野氏:買ってました。原画って下書きじゃないんだってことを知ったのはこれが初めてで、原画がカッコいいって思ったのも初めてでした。田舎にいるとそういうものに一切触れることがなかったので。

氷川氏:このえんぴつ描きで絵を整えるところとか。

庵野氏:雑誌の表紙(安彦氏の描いたセイラさんが表紙になっていた)になって、初めてこういう風に描いてるんだと知って、衝撃でした。

氷川氏:どれくらいの速さで描いてるとか、どれくらい寝かせてるかとか、分かりますよね。

庵野氏:わかります。

当時、地方在住者にはアニメがどうやって作られているのかを知る手段はほとんどなかったと庵野氏は語る。玄光社の『アニメの作り方』やほぼ同人誌のようなものなどごく少数の書籍があるのみだったそうだ。

氷川氏:じゃあタイムシートなんかも?

庵野氏:存在を知らなかったですね。学生の時に板野さんの手伝いで『マクロス』やった時に現場で初めてタイムシートを見つけまして、よくわかんなかったですね。

氷川氏:それまで(庵野氏は自主製作アニメをやっていた)はどうしていたんですか?

庵野氏:全部描き送りで。当時は8ミリカメラで1コマずつ撮ってたんですけど、その時にこの画は1コマかな2コマかな3コマかな? ってやってて。

氷川氏:自分でシャッター押す時に(コマ数を決めていた)? リテイクの時どうするんですか? 再現できないじゃないですか。

庵野氏:再現できないです。リテイクも基本なしで。

氷川氏:じゃあ中割りとかは?

庵野氏:ないです。全部描き送りだったんで。

※描き送りとは、1コマ1コマ順番に描いていくこと。アニメでは原画と原画の間を繋ぐ中割りを後から動画マンが描いていくため、順番に描いていくという作成手順には普通ならない。

庵野氏:板野さんの手伝いをやった時に、原画っていうのは始まりと終わりを抑えておけばいいんだということを知りました。

氷川氏:原画はどことどこを描くのか、というのは感覚的に?

庵野氏:そうですね。感覚です。それからA1(の原画)からA2(の原画)まで、中割りを前に詰めるのか、後ろに詰めるのか、均等に割るのかというのも感覚です。

氷川氏:詰めるというのは?

庵野氏:板野さんの原画に、ここは前に詰める、ここは後ろに詰めるとか指示の目盛りが書いてあって、そんなの初めて見ました。板野さんの原画はそれがすごく多いんですけど。

これは先ほどの『コンバトラーV』の動作と同じで、動きにメリハリを出すためのものだ。中割りの枚数密度を増やすことで動きにタメが、密度を減らすことでスピード感が生まれるわけだ。それをやらないと動作速度が一定で、メリハリがつかなくなる。原画は絵がきれいなだけではダメで、動かした場合の動きの速度や力感もイメージできていなければならない。庵野氏が安彦氏の原画を「スピードとパワーと的確さがすごい」と評した意味がわかるだろうか? 安彦原画は絵がきれいなだけではなく、動きのスピード感、パワーの表現があり、かつそれが的確だと庵野氏は言っているのである。

「機動戦士ガンダムの誕生とアニメーター安彦良和展」より

庵野氏:板野さんの『劇場版ガンダム III』のジムがドムを斬るところなんて、さすがにそれはやりすぎだろうと。でもそういうのをやらないと、動画の人はうまくならない。難しいからヘタな人が板野さんの原画(の動画)をやるのは無理かな? と思うんですけど、大丈夫なんです。

氷川氏:板野さんはそれだけ(原画と中割り指示で)タイミングで抑えちゃってると?

庵野氏:そうなんです。どんなひどい動画の人でも、板野さんの原画は大丈夫ですね。『マクロス』でもそうでした。あっ、タイミングでアニメって保つんだなって知りました。

氷川氏:タイミングのうまい原画さんて、印象に残るんですか?

庵野氏:それはありますね。板野さんは空間把握能力が高いので、画に奥行きを出す時のタイミング指示がうまいです。奥に向かう時に、どれだけの距離感を出すかとなると、物体は奥に向かって進むと小さくなっていくわけですが、その小さくなり方がうまいんです。他にも爆発の、爆発球の広がり方がすごくいい。中1か中3か中5か中7しかないんですけど、その使い分けと、爆発が火球になるタイミングがすばらしい。

この中1~中7というのは、原画と原画の間に動画マンが中割りを描く枚数の指示。4パターンだけだが、使い分けによってスピード感が大きく変化する。また、始点となる原画と終点となる原画の間隔によっても速度感は変えられるので、板野氏は動画マンにはシンプルな4パターンの指示を出し、微調整は原画の間隔でやっていたと思われる。だからこそ原画は感性、センス、そして経験に左右され、原画のうまさは単純な絵を描くうまさだけでは決まらないのだ。……続きを読む