『ガンダム』のルーツ的作品と安彦良和

氷川氏:一番好きなエピソードは何話ですか?

庵野氏:一話ですね。これは「ロボットアニメ」が進化した瞬間です。ロボットプロレスなんていわれてたものが、一歩どころか飛躍的に前に進んだ。その前の『ダイターン3』の最終話と全然違いますよね(笑)。

氷川氏:『ガンダム』より前の安彦さんの関わったアニメはご覧になっていますか?

庵野氏:だいたいは。『ロボっ子ビートン』……なかなかソフト化されないですねえ(笑)

氷川氏:やっぱり『コンバトラーV』ですか。

庵野氏:『コンV』ですねえ。出渕さん(出渕裕氏・νガンダムやパトレイバーなどのメカデザインで知られる。『ラーゼフォン』で監督デビュー)は、『ライディーン』からなんですけど、僕は住んでた地域の関係で『ライディーン』を見たのは『コンV』よりあとでした。

氷川氏:じゃあ『ライディーン』のマリを見たのは南原ちづるのあとなんですね。

庵野氏:ちづるはいいです(断言)。安彦キャラのひとつの究極じゃないかと。

ここも多少補足が必要だろうか。『コンバトラーV』のヒロイン、南原ちづるは安彦氏が描いたヒロインキャラの中でも特に人気が高い。品がありつつも活発で、優しく、乙女で、それなのに色気がある。サービスシーンも多い。何というか、アニメの女の子に本気でのめり込んでしまう、というのが本格的に始まった、その草分けともいうべき存在であるかもしれない。

庵野氏:『コンバトラーV』の処理もいいですよね。おもちゃ的なデザインをちゃんとキャラクターとして立たせていて。安彦さんが関わってなかったらこの作品の成功はなかったですよ。

氷川氏:『ボルテスV』はほとんどいじらせてもらえなかったらしいですね。

庵野氏:あれはあれでいいんです。成立していて。『コンバトラーV』も『ガンダム』と同じで、『ゲッターロボ』から一気に進化したんですよ。ちゃんと合体変形してカッコいいという。

氷川氏:合体バンクも安彦さんなんですよね。

庵野氏:当時、なんで毎週見てたかというと、オープニングと合体バンクを見るためだったんです。ビデオは家になかったですから、毎週合体バンクを見たくて、がんばって見てたという。合体バンクが終わったあとは、その週の作画の状態によって見るかどうか決めてました(笑)。

氷川氏:合体バンクいいですよね。

庵野氏:これは宮武さん(宮武一貴氏・スタジオぬえのメカデザイナーで、『ダンバイン』や『マクロス』など多数のメカデザインで知られる)の最高傑作のひとつだと思います。1号機(バトルジェット)と2号機(バトルクラッシャー)が合体する時のギザギザがロックするところ! あれですよ! それまでそういうのはなかったんです。あ、磁石ではなく物理的にロックするんだ、というすばらしさ!

氷川氏:磁力で4号機(バトルタンク)が吸い上げられるのもいいですよね。ふわっと浮き上がるのが。

庵野氏:1号機が超電磁発生機となっていて、そこからどんどん連鎖していくのがすばらしい。

氷川氏:惜しいのは、胸のところに一枚描き忘れがあるんですよね。リテイクされないまま最終回まで変わらなかった。

庵野氏:お金かかりますからね。

氷川氏:当時、8ミリのビデオが出ていて、合体バンクはすり切れるほど見たんですけど、最後の構えるところの腕を回す動きが、1カットだけ1コマ打ちになってるんです。通常3コマなんですけど。

庵野氏:そうなんです。タメが入るんですよ。腕がこうきてこうきて、ここのところがこうなって、こうくるタイミングがすばらしい。あと2号機の腕がこうのびるところがすばらしい。

「機動戦士ガンダムの誕生とアニメーター安彦良和展」より

ディズニーアニメや劇場版アニメなどは1秒間に24コマのフィルムが流れ、これを「フルアニメーション」と呼ぶ。これに対し日本のTVアニメは、原則として1秒間に8コマと、フルの1/3の枚数で作る「リミテッドアニメ」で、24コマの1/3であることから3コマ打ちと呼ばれている。だが、動きのなめらかさや重厚感を出したいカットなどには12コマ使う2コマ打ち、フル24コマを使う1コマ打ちを使うケースがある。コストも労力もかかるので、ここぞの場面で使われる。

素人には分かりにくいことだが、このように動作にタメやキレをつけることがアニメーションという芸術の極意のひとつなので、難解だが読み飛ばさずに理解を深めてほしい。

氷川氏:そういった「ロボットアニメ」のいろいろなものが積み重なって、『ガンダム』になるんです。長浜さん(長浜忠夫氏・『コンバトラーV』、『ボルテスV』などの監督)の作品がなかったら、『ガンダム』はなかったんじゃないですか。

庵野氏:だと思いますよ。長浜さん的成分も相当入ってます。シャアとか(ストーリーにからんでくる美形の敵は『ライディーン』のシャーキンが草分け的存在で、『コンバトラーV』のガルーダ、『ボルテスV』のハイネルなどを経てシャアに至る。ライディーンは富野監督と長浜監督両者が携わっている)。……続きを読む