手描きのよさ、CGのよさ

氷川氏:だからといってCGで、というわけでもないんですね。

庵野氏:CGはCGのいいところがあります。手描きは手描きのいいところがあって、そこは使い分けで。『ヱヴァ:Q』に出てきた空中戦艦なんかは手描きで動かすのは無理ですよ。CGでないとできないことはCGでやった方がいい。僕はメカはおいおい全部CGでいいと思ってるんです。メカ以外は手描きで……でもうまいアニメーターというのは今、相対的に減っている。70年代の勢いと80年代のすごい進化、そのあとの90年代以降はやはり停滞している感じがあります。20年近く。アニメーションの表現自体はレベルアップしましたけど。

氷川氏:そんな中で庵野さんの編集で安彦さんの原画集が出たわけですが。

庵野氏:30年近くさかのぼって、原点を見るというのはいいですね。原点に近いものを。これは現役の人、これからアニメーターになりたい人に見てほしい、持っててほしいという想いがあります。

氷川氏:安彦さんはイラストや漫画も描かれていますけど、安彦さんの描いた本当のガンダムというのは、原画にしかないんじゃないかと思うんです。

庵野氏:安彦さんの原画は本当にカッコいい。こんなにカッコいいのかと。『劇場版ガンダムIII』でのガンダムの動きは重量感と重力がすばらしくて、これは他の『ガンダム』ではなかなかないんです。歩きのタイミングとか、ゲルググと戦うところのスローから通常に戻るタイミングとか、気持ちいいんですよ。斬り払うところとか、突きの……本当はギャンなんですけど(笑)。

氷川氏:(劇場版では)ゲルググに描き直されて(笑)。

庵野氏:突きをよけてよけて、耳のところにかする時のハイライトの入り方とか、本当にすばらしい。安彦さんは人間としての動きをちゃんとモビルスーツにトレースしている。モビルスーツが人間の動きをするのがいいんです。

氷川氏:乗ってる人の性格が、甲冑のように表れているんですよね。

モビルスーツが人の動きをする、というと「メカなのにそれはおかしい」と感じる人もいるだろう。現在のプラモのようにより機械的なデザイン、メカらしい動きが好きだという人も少なくはないはずだ。だが、だがあえて言いたい。「ロボットアニメ」がこうもアニメ業界のメインストリームから外れてしまった原因のひとつは、キャラクター性の喪失にあるのではないかと。いわゆるラストシューティングの場面で、アムロはガンダムに乗っていなかった。それでもあのシーンに我々が特別な感情を持つのは、兵器として描かれたロボットであるガンダムが、同時にかけがえのないキャラクターだった証拠なのではないだろうか。

「目線」と「ずれ」と「CG」

氷川氏:キャラクターの目線の話をしたいんですけども、シャアとアムロが最終話でチャンバラしてる時のシャアの目線とか、どうですか?

庵野氏:やっぱり目が命ですから、キャラクターは。人物だけじゃなく安彦さんの描くガンダムの目がいいですよね。ザクも目がいい。一つ目の目線が。目線がすごく意識して描かれている。安彦さんの描くキャラは、どこを見ているか分かるんです。シャアも仮面をしてるけどどこを見ているか分かる。ガンダムも目は動きませんが、このひさしがあることで目線ができる。

氷川氏:(ガンダムの原画を見ながら)これ、目がちょっとずれてますよね。

庵野氏:ええ、ずらして描いてますね。それで目線ができるんです。CGだとこういうずれ方、目線はなかなか難しい。

氷川氏:これって、何なんですかね?

庵野氏:やっぱり微妙にずれてるからです。手のくせで。CGだと微妙にずれてくれないので、無理矢理微妙にずらすということもやってますけど。

氷川氏:CGでこの構図にして安彦さんの原画と重ねると、ずれますか?

庵野氏:そのずれがいいんです。CGではなかなかできないです。

氷川氏:CGだと正確なものになってしまうんですね。

庵野氏:某宇宙戦艦とか。手描きの方がよかったなあ……(場内笑)。

CGという新しい技術の台頭によって、手描きの需要も減っているのは事実としてある。しかし手描きなくしてアニメが続くとも思えない。「技術を残す」ということをやっていかないと、いつか行き詰まってしまうのではないか? そんな危惧も庵野氏のトークからうかがい知ることができる。我々のような見ている側は気楽なものだが、現場は切実なのではないだろうか。

庵野氏:安彦さんの原画集は本当に見てください。サイズは原寸大にはできなかったんですけど、オールカラーは実現できました。色も含めて原画はいいものなので。

氷川氏:「ガンダムフロント東京」の展示も見てください。原寸大原画もありますし、原画だけでも動いてみえる映像も展示してありますから。

庵野氏:動撮が見せられればなあ……動撮というのは、アニメと違って色が乗ってない動画があるんですよ。特に板野さんのはそうなんですけど、これがすばらしいんです。色をつけると迫力が半減するんですよ。動きとタイミングだけ、という必要な情報しかそこにないのが気持ちいいんですね。線だけで構成されているものが気持ちいいとは、普通は分かりませんよね。

ここでトークはひとまず終了となり、『機動戦士ガンダム』のBlu-rayボックスの紹介。付属している冊子化された絵コンテ(まだ制作中でサンプル)を見て「中身がない!」と憤慨したり、氷川氏がぜひ買ってくださいと言うと「もう予約済みです」と答えるなど、さすがオタクの中のオタクだった庵野氏。さらに簡単な〆のあいさつのあと、またコアファイターを注視する。クリエイターとして気になって気になって仕方がない様子だった。

今回のトークはぜひ、前回の安彦氏&板野一郎氏トークショーの記事と併せて読んでほしい。前回は『ガンダム』製作当事者の、今回は当時熱烈な『ガンダム』ファンで、現在第一線で活躍しているアニメーターの「ガンダム評」となっているので、対比してみると大変興味深い。個人的には前回の記事のまとめで描いた、安彦先生原画の「ガンダムの顔」と「目」について庵野氏もトークで触れてくれたところで、心の中でガッツポーズでした。もっとも、原画を見れば誰でも気付くことではあるのですが。あともし質問コーナーがあったとしたら、『ザンボット3』と『ガンダム』の殺陣の違いとそれぞれの魅力、なんていうものも語ってほしかった、などなど。

並のイベントでは味わえない濃さのトークが聴ける「ガンダムフロント東京」のスペシャルナイト。今後も要チェックである。

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