• 『Hello Again』FODで配信中 (C)フジテレビ

    『Hello Again』FODで配信中 (C)フジテレビ

――香取慎吾さんに密着したドキュメンタリー風番組『Hello Again』(25年3月)から、原田さんの企画・演出番組が世に出ていませんが、何か制作している作品があるのですか?

地上波も含めて、いろいろ準備している最中です。局の中だけではなく、外部の方々とご一緒する仕事も増えていて、ありがたいことに様々な形で作品を作らせていただいています。

――外部の仕事を考えることで、見えてきたものはありますか?

メディアが違えば、できることの幅や作り方も全然違うので、すごく面白いです。でも一方で、外の仕事をするからこそ、改めて「テレビというメディアをこれからどう成長させられるんだろう」ということを、考えるようになりました。今は、映像が大きく2つに分かれてきている気がするんです。「時間を捧げるコンテンツ」と「時間を潰すコンテンツ」。その両方が強くなっていく中で、尺も予算もその中間に位置するテレビは、どちらにも分類し切れないように感じることがあって。「これはどうすれば届くんだろう」とすごく考えるようになりました。

もしかすると、もうソフトとしての番組だけではなく、ハードも含めてテレビというメディア自体を捉え直す必要があるのかもしれない。「多くの人に見てもらえる」というこれまでのテレビが持っていた価値や役割を守ることだけではなく、これからのテレビがどんな“新しい価値”を提示できるのかを考えることが大事なんじゃないかと思っています。

みんながスマホを見るようになって、コンテンツが飽和して、AIが無限に映像を作れるようになっていく時代だからこそ、逆に身体性を伴う体験の価値が高まっていくと思うんです。そう考えた時、テレビって意外と「人だかりを作れるメディア」なんじゃないかと思っていて。幅広い人に同時にリーチできる規模がありますし、視聴者の日常との接点も多く持っています。それこそ『お台場冒険王』じゃないですけど、興行やライブなど、テレビを起点に人だかりを作る。そういう方向にもテレビの可能性を広げていけたら、もっと面白いメディアになっていくんじゃないかと考えたりします。

――番組単体ではなく、コンテンツ全体の展開まで考えるようになっているんですね。

同じ業界の中で既存の視聴者を取り合っていてもパイが広がらない感覚があるので。どれだけ今までの枠を超えられるか。それは一クリエイターとしてやりたいことでもありますし、僕自身テレビが好きなので、もっと盛り上げていけたらいいなと思っています。

――原田さんの同期で、『AI実験バラエティ シンギュラ』を企画・演出して放送文化基金賞のエンターテインメント部門優秀賞を受賞した飛田将斗さんも「自分たちの世代から、この状況を何とか変えていきたいです」と危機感を語っていました。

飛田とはインターンの頃から一緒なので、同期の中でも特別な思いがあります。学生時代に学んでいたAIという強みを生かして、自分にしか作れない企画を形にしているのは、素直にすごいなと思います。同じ時代にテレビの世界に入った人間として、これから一緒に盛り上げていけたらうれしいですね。

――ほかにも同期でバラエティ制作の方はいらっしゃるのですか?

『トークィーンズ』や『超調査チューズデイ』などでディレクターをしている原凛一郎がいます。ドラマには足立遼太朗(10月期月9ドラマ『救命病棟24時』プロデューサー)もいますし、同期がそれぞれの場所で健闘しているのは刺激になりますね。

“サラリーマンクリエイター”に必要な余白

――現在は『何か“オモシロいコト”ないの?』でディレクターを担当されていて、ご自身の企画・演出番組とは違う立場ですが、それだけに学びは大きいですか?

本当に勉強になることばかりです。それこそ、コンテンツを作ること自体は一人でもできる時代ですけど、優れた作り手のもとで、その人が何を見て、どう判断しているのかを間近で学べるというのは、会社に入ったからこそ得られた経験だと思っています。

中川(将史、総合演出)さんは、現場での立ち回りから編集まで、本当に卓越していて。どこに面白さを見つけて、それをどう拾って、最終的にどう笑いとして成立させるのか。その判断がものすごく緻密で、速くて、圧倒されます。自分で企画・演出をしているだけでは気づけなかったこともたくさんありますし、今はたくさん吸収させてもらっています。

――以前、片岡飛鳥さんが「テレビ局には“あいつはこれでいいんだよ枠”が必要だ」と話していました。『水曜日のダウンタウン』のTBSの藤井健太郎さんのように、個人の作家性を認めて自由に動ける存在です。

今の会社にそういう枠があるのかは別として、組織の中にそういう存在がいること自体は、すごく大事だと思います。もちろん自由には責任が伴いますけど、クリエイターが自分の判断で動ける範囲が広いほど、そこから今までにない面白いものが生まれる可能性も高くなる気がします。さっきの話でいうと、番組というソフトだけではなく、もう一歩外側から何かを動かしたいと思った時に、まだ今の自分のポジションでは、なかなか実現できないこともあります。

テレビ局の良さって、器の大きさみたいなところにもあったと思うんです。“サラリーマンクリエイター”という特殊な存在を抱えて、その個人にある程度の余白がある。でも、その余白を狭めすぎると、どんどん「クリエイター」の部分まで小さくなってしまう気もしていて。そこはバランスなのかなと思います。

――2022年にインタビューした際、「テレビのテンプレートを崩して再構築することを意識している」と話していました。その考えは今も変わっていませんか?

そうですね。テレビを取り巻く環境が厳しいと言われる中で、「まだ見ている人の母数が大きい」と言う方は多いと思うんですけど、僕は視聴者の数以上に、「誰でも見ることができる環境にある」というインフラとしての側面が大きいと思っているんです。それは様々なメディアがある中でも、テレビが持っているかなり独自の特性です。だからこそ、みんながなんとなく共有している“テレビ像”をあえて壊すことは、新しいものを生み出すアプローチとして有効だとは思っていますし、そもそも自分自身そういう表現が好きなので、これからも作ることはあると思います。

ただ、今の潮流を見ていると、そういうものが少し増えすぎた感覚も正直あって。テレビだけに限らず、いわゆる“メタ”なものが増えすぎたなと。自分の好みや哲学が変わったわけでもないですが、同じ方法論だけを続けていても新しいものにはならないので、今はむしろ、より多くの人に届く普遍性を持ちながら、自分が心から面白いと思えるものを作りたい気持ちの方が強いですね。