――『シナぷしゅ』を企画したきっかけは、ご自身の第一子の出産だったんですよね。
産休・育休が明けて、営業に戻ると思っていたのですが、放送外収入の新規ビジネスを考える新しい部署ができるということで、そこに配属されることになったんです。
息子がまだ1歳で、保育園に入ったばかりのタイミングで復帰したので、保育園からしょっちゅう電話がかかってきて呼び出されるんですけど、新しい部署は私以外、全員年上の男性で、皆さんがすごく優しかったんです。「子育てが軌道に乗るまでは」と、負荷の少ない仕事を振ってくれる。でも、周りの方が優しくしてくれればしてくれるほど、申し訳ない気持ちになっていました。
そこで、自発的に『シナぷしゅ』の企画書を書いたんです。今の私にしかできないことで、みんなの役に立つことをしたいと思いました。企画書を出すことが求められている立場ではなかったのですが、ここがテレ東のいいところで、「なんだこれは」「他局がやっていないんだから、とりあえずやってみろ」とすぐ決まりました。6月に育休を明けて、7月末ぐらいに企画書を出して、8月にはその年末にトライアルを作ることが決まるというスピード感でした。
――赤ちゃん向け番組を作ろうと思った、直接のきっかけは何だったのでしょうか。
子どもが4カ月ぐらいの時に、地域の子育て支援センターへ行くようになりました。そこでお母さんたちが声を潜めて「昨日、テレビ1時間も見せちゃった」と話していたんです。赤ちゃんにテレビを見せることで、親が自分を責めるのは嫌だなと思いました。
一方でYouTubeには、Eテレの赤ちゃん番組を真似て作られたような動画が、何千万回も再生されている。「みんな、本当は安心して赤ちゃんに見せられる番組が欲しいんじゃないかな」と思ったんです。
育児って、ただでさえ苦しい時もあります。だからこそ、お母さんたちが「見せちゃった」なんて言わなくて済むような、オフィシャルで良質なコンテンツを提供したいと思いました。
――『シナぷしゅ』の企画は、なぜそこまでのスピード感で通ったのでしょうか。
ターゲットの0~2歳は、視聴率の指標となる視聴者層から外れているため、その年齢向けの番組を作るというのは、民放局としてはありえない話でした。だから企画書は、Eテレの赤ちゃん向け番組について徹底的にリサーチして、「これぐらいの売り上げが立ちますよ」という経済効果をいくつも挙げました。営業にいた頃、子ども向け商品のCMを流したいという問い合わせが多いことも知っていました。オムツやファミリーカー、幼児向けサービスなど、0~2歳児やその周辺にアプローチしたい企業は絶対にいるはずだと思っていたんです。
――YouTubeやTVerで期限を設けず無料で配信されていますが、それも当初から考えていたのですか?
赤ちゃんを育てている世帯では、見たい時に、スマホやタブレットなど見たい方法で視聴できないと意味がないので、配信はマストで考えていました。『シナぷしゅ』はもともと配信前提で作っているので、すべて配信できるように権利処理を済ませた状態で放送用の番組も作っています。
――YouTubeでの24時間のループライブ配信は、深夜でも常に数百人が視聴していますよね。
夜中の2~3時でも、200~300人の方が視聴してくれています。「夜泣き対応中に、『シナぷしゅ』のループライブを見て、私以外にも今これだけの人が頑張っているんだと思って救われました」というメッセージをよく頂くんです。
同時視聴人数が表示されるので、孤独じゃないと思えるんですよね。「あの場所のおかげで助かった」と言っていただくことが多くて、すごくうれしいです。
スタッフ・クリエイター全員で共有する明確なIPポリシー
――レギュラー化して7年目に入りました。『シナぷしゅ』が赤ちゃん向け番組としてかなり定着したと思います。
少し前に、保育園に下の子のお迎えに行ったら、『シナぷしゅ』のオープニングの「はじまりぷしゅ」という曲で園児たちが激しくダンスしていたんです(笑)。園長先生が「みんな『シナぷしゅ』が好きだから、園のプログラムに入っているんですよだよ」とおっしゃって、コンテンツとして定着したんだなと、うれしかったですね。
――月曜から金曜、毎朝放送のベルト番組の制作は、なかなか大変ではないでしょうか。
毎日複数のコンテンツを放送しているので、再放送の分もあるとはいえ、やはり大変ではあります。常に何十人ものクリエイターやスタッフとコミュニケーションをとっているので、年末年始ぐらいしか休息が訪れないんです。でも、赤ちゃんの毎日の生活に役立っていると思えば立ち止まっていられないし、めちゃくちゃ楽しいです。
――クリエイターの人選で大切にしていることはありますか?
クリエイティブの質はもちろん大切ですが、0~2歳向けにコンテンツを作ることそのものに、魅力を感じてくれているかどうかを重視しています。作り手がワクワクして作ったものかどうかが、『シナぷしゅ』にとって一番大事なことだと考えているんです。最初に私が直接お話しして、こういう気持ちで『シナぷしゅ』を作っているんだとお伝えします。子どもがいるかどうかは関係なく、赤ちゃんに何かを見せたいという気持ちがあるかどうか。そこを大切にしています。
番組ではIPポリシーを明確に掲げていて、「赤ちゃんの安心と安全に目を配ること」「育児をする人にも豊かな人生の時間を提供すること」をスタッフとクリエイター全員で共有しています。
――そうした中で、オープニングやエンディング曲の作詞は、ご自身でされていますよね。
お金と時間がなかったというのが正直なところです(笑)。『シナぷしゅ』でやりたいことが私の中に明確にあったので、それを作詞家の方にうまく伝えられずに不本意なものになってしまうくらいなら、自分で書こうと思いました。
最近は、番組内の曲を作るときは「歌詞書いてください」と作曲家の方から振られるのが当たり前になりました。私はあまり悩まないタイプなので、30分ぐらいで書いています。最近も電車の中で歌詞を考えながら、延々と「ぷりぷりぷり……」とスマホに打ち込んでいたのですが、隣の人の視線を感じて、そっと画面を閉じました(笑)
――「東京大学赤ちゃんラボ」の開一夫教授に監修を依頼したのは、どのような狙いですか?
子育てをして初めて知ったのですが、『もいもい』という赤ちゃん向けの人気絵本が、東大赤ちゃんラボ監修だったんです。東大の先生がお墨付きを与えてくれれば、親御さんが「東大の先生がおすすめしているんだから大丈夫だよね」と、気持ちが少し軽くなるんじゃないかと思い、監修をお願いすることにしました。
ただ、ガチガチに監修してもらっているというよりは、困った時にアドバイスをいただく関係です。開先生からは、スクリーンタイムに関する研究や、赤ちゃんの個性についてのお話も伺いました。『シナぷしゅ』の映像を使って、赤ちゃんがどこを見ているのか視線を追う研究もしていただいて、メインで見せたいところではない意外な場所を見ていることも分かったんです。
――そうした科学的な知見と、クリエイティブのバランスはどう考えていますか?
「赤ちゃんにはこういう色がいい」「こういう形がいい」と言い切れるものではないと思っています。パステル調の映像が続いた後にビビッドな色が入ると反応することもあるし、その逆もあります。視聴環境によっても変わります。
だから、科学的な知見はもちろん大切にしながらも、最終的には「楽しいものを作る」ことを大事にしています。『シナぷしゅ』は研究番組ではなく、エンターテインメントなので。
