「飲食店の原価は価格の3割」といわれる。この原価とは材料の仕入れ値という意味で、ここから地代家賃、人件費、光熱費などの諸経費が3割ほど。合わせた6割が原価の総額となる。残る4割のうち、3割は次の仕入れ値に回るので、残った1割が利益である。たとえば1,000円のラーメンなら、材料費は300円。店の利益は100円だ。

  • 原価を下げて、おいしいラーメンを低価格で。これが商才というもの(画像はイメージ)

ただし、こんな風に教科書通り商売ができる店はまれだといわれている。販売品の価格が低くなれば原価率は上がり、付加価値が付いて価格が上がれば原価率は下がる。仕入れ値や光熱費が上下したからといって、商品の値段はめったに変更できない。こうした制約や相場の危機管理を含めて、大きな利益になるか大損になるか。それは店主の「商才」にかかっているといえるかもしれない。

ところで、鉄道の原価はどのくらいだろう。車両代金や線路の保守費用など多岐にわたるはず。先に結論を述べてしまうと、国土交通省が鉄道の原価の一部について、過度な上昇を規制しており、利益は「適正な水準」に保たれている。要するに運賃部分では「ボッタクリ」はできないしくみになっている。

「国土交通省が原価の過度な上昇を規制する」とはどういうことか。じつは、国土交通省は鉄道事業者ごとに「基準コスト」という数字を定め、公表している。JR各社の場合は下表の通りとなる。

事業者名 基準コスト
JR北海道 696億700万円
JR東日本 7,630億5,700万円
JR東海 2,769億3,000万円
JR西日本 3,866億4,100万円
JR四国 197億1,100万円
JR九州 848億4,200万円

これが鉄道事業に対する1年間の「基準コスト合計額」だ。各社の数字の違いが大きいけれど、これは鉄道関連施設の量の違いを示している。線路、電化区間、信号設備、車両の数などによって変わる。つまり、規模の大きな会社ほど基準コストが大きくなる。また、維持運用設備が高額な新幹線の距離が長いほど大きくなるともいえそうだ。

そして、これは鉄道事業のすべてではない。国土交通省によると、鉄道事業の総費用のうち、「基準コスト」の割合は6社平均43%だという。だいたい上に示した費用の2倍プラスアルファの数字が鉄道事業の費用総額になるといえそうだ。

では、「基準コスト」はどのように求められるかというと、鉄道事業の費用のうち、線路、電路、車両、列車運転、駅務について、それぞれの「基準単価」を算出して「施設量」を掛けた数字を合計する。「基準単価」と「施設量」の内容は下表の通りとなる。

基準単価項目 基準単価の内容(単位) 施設量(単位)
線路費 線路や路盤の維持補修、作業管理に要する経費(1km) 線路延長(km)
電路費 電車線(架線など)や信号設備等の維持補修、作業管理に要する経費(1km) 電路延長(km)
車両費 車両の整備補修、作業管理に要する経費(1両) 車両数(両)
列車運転費 列車の運転や作業管理に要する経費。ただし動力費を除く(1km) 営業キロ(km)
駅務費 駅の維持や乗車券の発行等に要する経費(1駅) 駅数(駅)

一例を挙げると、JR東日本の場合は線路費が1kmあたり1,483万円、線路延長が12,618.8kmだから、線路費の基準コストは1483.5万円×12,618.8km=1,871億3,680.4万円。他の項目も個別に計算をして、それらの合計額が冒頭の「基準コスト合計額」となる。

線路費が1kmあたり1,483万円。この算定方法についても数式があって、ここでは省略するけれども根拠のある数字だ。つまり、JR東日本は線路1kmあたり1年間で1,483万円かかっている。一方、乗車券は1km刻みの値段になっていない。3kmまで140円、10kmまで200円と段階的に定められ、長距離きっぷになるほど1kmあたりの単価は下がる。

だから、乗車券の値段は原価の変動とは直接関係はない。鉄道事業者が運賃を値上げする場合は、費用の総額に適正な利益を乗せた売上を見込み、実際の旅客動向などを考慮して運賃体系を設定して国土交通省に認可申請する。国土交通省は適切な費用が計上されているか、利益は適切な水準かを考査した上で認可する。

そして、国土交通省が「適切な費用か」を判断する基準が「基準コスト」だ。企業は「良いモノ、良いサービス」を提供するために競争する。そこには価格競争も含まれる。費用を下げれば価格を下げて競争力を高められる。あるいは費用が下がった分は利益になる。したがって自然に費用を下げる努力をする。

しかし、鉄道や電力などの公共事業は直接の競争相手がいないため、コスト管理をせず、費用をすべて料金に転嫁するおそれがある。これでは料金の値上げが安易に繰り返されてしまう。公共事業の過度な値上げは市民の利益にならない。そこで、同業の複数の事業について、国土交通省は年度ごとに費用を報告させた上で、この事業の適正な費用を算出。適正値を下回った企業に対しては、下回った分を利益とすることを認める。適正値を超えた企業に対しては、いっそうの経営努力を求め、大幅な値上げを認めない。

このように、事業者の費用を規制する方法を「ヤードスティック規制」という。鉄道の場合は「基準コスト合計額」が「ヤードスティック規制」の対象となる。

しかし、鉄道事業には「ヤードスティック規制」の対象とならない費用もある。たとえば「列車運転費」に「動力費を除く」とある。国土交通省によると「鉄道事業者によって電力消費量の大きい優等列車の割合が異なる」「冷暖房等のサービス改善を抑制しかねない」とのこと。優等列車の割合は異なれば、同じ条件の比較の対象にできない。また、動力費まで費用節約競争が起きると、冷暖房費まで節約が起きるおそれがあるからだ。

また、車両製造や駅舎建設に関する減価償却費なども「ヤードスティック規制」の対象にならない。「基準コスト合計額は6社平均43%」という数値だから、費用のうち57%は規制されていないことなる。規制されていない部分でコスト管理が甘ければ、結局、運賃に転嫁されてしまう。しかし、次に「総括原価方式」という制度が効いてくる。

  • 適正な報酬を含めた総括原価に対して収入が足りない場合、差額を補うために値上げが許される

総括原価方式は、ヤードスティック対象経費、対象外経費、事業報酬の合計を総括原価とし、収入と一致させるしくみだ。そして、事業報酬については「公正報酬率」を計算する規則がある。公正報酬率は「自己資本報酬率の30%」と「他人資本報酬率の70%」の合計だ。自己資本報酬率は公社債の応募利回り、全産業平均の自己資本利益率、10%配当を前提とした配当所要率から求められる。他人資本報酬率は業種ごとの債務実績利子率の平均だ。要するに「適正な相場に見合った事業報酬にしなさい」である。

そして、運賃の値上げに関しては、総括原価に対して、総収入が足りない場合に、不足分を補う目的であれば認められる。どんどん値上げして利益を増やそうとしても、「相場より儲けてはダメだよ」というしくみだ。

鉄道の運賃はラーメン店のように「売上を増やしたかったら増やしたい分だけ値上げしよう」というしくみではない。では、ラーメン屋さんのように「商才」は生かせないかというと、そうでもない。鉄道の「運賃」は上限運賃制度で認可される。「最高でこの値段まで上げていいよ」だ。しかし、「特急券」「グリーン券」など「料金」は届出制だ。ここは上限の指定はない。乗客に満足度の高いサービスを実施し、相応の料金をいただく。これが鉄道事業の「商才」といえる。

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