本連載の第7回では「仕事ができる人が質問に答えるときに気を付けていること」と題し、質問に対して的確な受け答えをするために気を付けるべきことについてお伝えしました。今回は業務マニュアルの見直しにより業務改善をどう進めたらよいのかについて説明します。

業務マニュアルを見直す必要性

会社の規模が大きくなると、部署の人数も増えてきて仕事の進め方や意思決定の基準などのバラつきが目立ってきます。それはサービスの提供スピードのムラやミスの発生に繋がりかねない上、場合によっては顧客データの流出や法令違反を起こしてしまうような重大なリスクにもつながりかねません。

そのような事態を予防するために業務マニュアルが一役買っています。予め詳細に手順を定めておき、その手順に従って業務を進めることで誰が業務を行っても同じ品質、同じスピード、同じコストでアウトプットを出せるようにするために、マニュアルは不可欠なものです。

ただしマニュアル通りに仕事を進められるようになると、そこから先は「マニュアルに載っている手順を守っているだけ」では、それ以上に仕事を効率化する余地がほとんどなくなってしまいます。もし今、職場で仕事をマニュアル通りに行っている人たちの多くが定時に帰れていないのだとすると、マニュアル自体を見直すべきかもしれません。

ただし、思いついたことを手当たり次第に見直すことはかえってマニュアルの質を落としかねず、お勧めしません。そこで、マニュアルを見直すために行うべき5つのステップをお伝えしていきます。

ステップ1.目的を決める

マニュアルを見直す際に最も重要なことは、「そもそも何のために見直すのか」を決めることです。それを怠ってしまうと、マニュアルのどの部分を、どういう観点で見直せばよいのかがわからないので、「とりあえず全部読んでみて、気になった個所に気が付いたことを書こう」という極めて曖昧な方針になりかねず、その作業自体が非効率になってしまいます。場合によっては、読んだはいいけど見直すポイントが一つも見つからず、「このマニュアルはよくできている」と感心するだけで終わってしまいます。

そうならないためにも業務効率を上げるのか、セキュリティーを強化するのか、新入社員教育用に親しみやすい表現に変えるのか、などの目的をしっかり決めておきましょう。

ステップ2.仮説を立てる

マニュアルのボリュームが少なければよいのですが、そうでなければ目的が決まっても、まだ作業に移るのは時期尚早です。この時点でマニュアルを書き換える作業を開始してしまうと、たとえ目的が決まっていて見直すべき観点が明らかになっていても、やはり全量を精読しなくてはならず、ボリュームが多いとかなりの工数がかかることは免れないでしょう。

そのため、マニュアルを見直す前に目的に応じた仮説を立てましょう。例えば、立てた目的が業務効率化なら「この報告書は記述する内容が多い上に毎日提出することになっていて営業マンの負荷になっているが、上司からのフィードバックは滅多にない。ひょっとすると上司にとっても情報量が多すぎて読み切れず、放置されているのではないか。他の報告書についても似たような状況だとすると、マニュアルに載っている各種報告書に関する記述を精査して内容や頻度を見直せば、かなりの効率化になるのではないか」などと仮説を立てることで、精査すべき対象範囲を狭めるのです。

ステップ3.仮説を検証する

目的と仮説を立てたら、それらに沿ってマニュアルを精読して仮説を検証します。なお、仮説の内容によっては関係者にヒアリングをして情報を補う必要があることも検討しましょう。そして仮説が検証できたら次に進み、検証できなかった場合は「仮説が誤っていた」ということを素直に認めて仮説を修正するか、他の仮説を立てるか、この取り組みを一旦止めるかという判断を下します。

先ほどの例でいえば「マニュアルで定義されている報告書は、いずれも情報量が多すぎる上、報告頻度が高すぎるので上司が読み切れず、放置されているのではないか」という仮説に対して「マニュアルの記述の精査と関係者へのヒアリングで仮説を検証した結果、最初に挙げた報告書以外は情報量も頻度もそれほど多くはなく、上司からのフィードバックも適宜行われているようなので、仮説は該当しないようだ。一旦、報告書以外の切り口でも効率化できそうなところがないか、他の仮説を再度検討してみよう」という感じで進めていくことになります。

ステップ4.改善案を作る

前ステップで無事に仮説を検証できたら、今度はようやく改善案作りに入りますが、ただ記述を変えればよいというほど簡単なことではありません。マニュアルの記述を改善案の通りに変更することによって、影響を受ける顧客や部署、業務はないか、それはどういう影響なのか、変更を受け入れてもらうために何をするのか、など様々なことに考えを巡らせる必要があります。

それを怠ってしまうと、改善案の影響を受ける部署の反発を受けてトラブルが発生したり、修正した部分の後工程の業務工数が増えてトータルで効率が落ちたりして、本来の目的達成が危うくなる恐れがあります。

そうならないためにも、ただ「こうしたらよいのでは」というだけでなく、マニュアルの改善案を実行に移した場合の業務の流れをイメージして、本当に問題がないかをよく精査しましょう。その際、もし可能であれば期間を区切ってテスト運用を実施してみることをお勧めします。もちろん、テスト運用でも上司や関係者への説明は入念に行いましょう。

ステップ5.運用を開始する

ここまで来てようやく改善案を取り入れた業務の運用を開始できます。ただ、ここでも「マニュアルを変えたから、各自読んで対応してください」と対象者にメールなどで伝えるだけではなく、改善案の目的と内容、開始時期、サポート体制などを対象者や関係者にしっかり説明し、万全の体制を整えて進めていきましょう。

ここで雑な対応をしてしまうと、マニュアルの対象者が「よくわからないし、今までのやり方を変えるのが面倒だから、ばれないように続けよう」といって従来の手順をそのまま続けてしまったり、「とにかくやれって言うから新しいやり方で進めるけど、納得いかないなぁ」といって士気が下がってしまったりと、よからぬ事態を招いてしまいます。そうならないためにも説明とサポートは根気よく丁寧に行うことをお勧めします。

加えて、運用を開始する際には「狙った効果が実際に現れるのか」を検証する仕組みと「影響やリスクが顕在化しないか」を検知する仕組みを導入しておくとよいでしょう。前者はこの取り組みの成否を判断し、成功ならば他の業務などに横展開できないかを検討することにつなげられますし、失敗ならば、なぜうまくいかないのかを検証することにつなげられます。後者は影響やリスクの顕在化時に、一刻も早く対応することで問題が大きくなってしまうことを防ぐことに活かせます。

さて、ここまで業務改善を進めるためにマニュアルを見直す上での5つのステップの内容と、各ステップで気を付けるべきことを説明してきました。これらを参考にご自身の職場のマニュアルを見直していただき、業務を改善していただければ幸いです。

著者プロフィール:相原秀哉(あいはら ひでや)

株式会社ビジネスウォリアーズ代表取締役 慶應義塾大学大学院修了後、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)入社。グローバルスタンダードの業務改革手法、Lean Six Sigmaを活用したコンサルティングを得意とし、2012年に日本IBMで初めて同手法の伝道師 "Lean Master"に 認定される。その後、幅広い組織や個人の生産性向上に寄与するべく独立。生産性向上による働き方改革コンサルティングや、コンサルティングスキルを実践形式で学べるビジネスブートキャンプを手掛ける。