“ワンコインとちょっと”で味わえる、天国みたいな時間、それが銭湯だ――この連載では、毎週末の銭湯巡りを趣味とする街歩きライター・デヤブロウ氏が、都内&近郊の選りすぐり銭湯を訪ねて、湯の特徴や整うポイント、ちょい寄りスポットまでご紹介。今回は「セレブな街の意外な銭湯」。


銭湯といえば「下町」「昭和レトロ」など、昔ながらで温かい街並みを連想する人は多いだろう。実際、東京23区で銭湯が多い大田区や杉並区、台東区などは、いずれも長い歴史を持った住宅街が根強く残っている地域だ。だが、そうした下町イメージとは真逆の「セレブ」「高級」な一等地にも、意外と多くの銭湯が営業している。

今回巡るのは、自由が丘・広尾・白金に残る3軒の銭湯。「なぜセレブな街に銭湯が? 」という街の歴史にも目を向けながら紹介していこう。

  • 1980年代に誕生した広尾ガーデンヒルズは、現在ではヴィンテージマンションとしても有名

    1980年代に誕生した広尾ガーデンヒルズは、現在ではヴィンテージマンションとしても有名

■自由が丘の自由なコミュニティが集まる『みどり湯』

目黒区の高級住宅地として高い知名度を得ている自由が丘だが、大正時代以前は緑に覆われた田園地帯であり、1927年(昭和2年)の東横線開通後に急速発展した街である。実は1927年時点での駅名は「九品仏(くほんぶつ)」。

  • 自由が丘駅前。写真左は1953年竣工の「自由が丘デパート」

    自由が丘駅前。写真左は1953年竣工の「自由が丘デパート」

もちろん現在の九品仏駅とは位置が異なるのだが、これは1929年(昭和4年)に新しい駅(※現・九品仏駅)が設けられるにあたり、そちらへ旧・九品仏駅が名前を譲ったため。その際、東横線と同時に建設された私立学校「自由ヶ丘学園」にあやかって、地域の強い要望により「自由ヶ丘駅」へ改名し、1966年(昭和41年)の再改名で「ヶ」を「が」に代えて現在の駅名となったのだ。

数奇な経緯で誕生した自由が丘の駅と街だが、現在のハイクラスな街並みからは、ここが昔は畑や水田だったとは想像がつきにくい。駅から近くの「緑が丘」という地名や、そこを通る「自由が丘グリーンロード」といった名前に辛うじて名残が見えるが、そのグリーンロードの近くにあるのが『みどり湯』だ。1957年(昭和32年)創業の宮造り銭湯だが、2022年にリノベーションを行い、外観や内装はかなり現代的になっている。

  • みどり湯の外観をよく見ると、奥の方が宮造りになっていることが分かる

    みどり湯の外観をよく見ると、奥の方が宮造りになっていることが分かる

アルファベットで書かれた店名看板の下には「COMMUNITY SPACE」と書かれているが、その通りに幅広い世代やコミュニティにとって利用しやすいのが、みどり湯の長所だ。入口・フロント部分は明るいナチュラルテイストに統一され、フロント奥側の水色壁紙が柔和な雰囲気。カウンターテーブルも置かれ、お風呂上がりにドリンクを飲んだり、アイスキャンデーを食べたりもOK。ミニペーパー「みどり湯だより」も配布されており、子供を遊ばせるスペースまで設けられている。

  • 自由が丘・広尾・白金…セレブな街に根付いた老舗の銭湯3軒を紹介する

    「み」をアレンジしたロゴと「MIDORIYU」の字が自由が丘らしい雰囲気

脱衣所も爽やかで明るい雰囲気だが、よく見ると柱や梁はリノベ前のままと思しき部分もあり、構造や設備が最低限の改修にとどまっていることが分かる。浴室内は緩やかな円弧状の天井が高く、壁面は清潔な白一色。壁面奥には定番の富士山が描かれているが、ペンキ絵ではなく、黒い線で描いた漫画風のイラストだ。浴槽部分のフチなどは長年使い込まれた手触りで、ここにもリノベ前の面影が見える。

浴槽は42℃の大浴槽が一つのみで、底から泡が吹き出すバイブラと、座風呂3つを併設。かなりの面積があり、泡で身体をほぐしながら浸かったり、白湯にゆったり浮かんだりと、好みによって入り分けられる。水風呂は26℃前後で若干ぬるめ。サウナは2段式の5〜6人用で、温度は若干熱めだが息苦しさはなく、かなりじっくり加熱できる。変わった設備としては、身体をぐるりと囲むように全方位から高圧シャワーを浴びられる「ボディーシャワー」もあるので、気になったら使ってみよう。

  • コインランドリーのロゴもどことなくカフェ風

    コインランドリーのロゴもどことなくカフェ風

みどり湯の客は子供連れからお年寄りまで、非常に多種多彩。キラキラした自由が丘のイメージともまた異なる、「暮らしの場所」としての自由が丘が垣間見える。


『みどり湯』:東京都目黒区緑が丘2-7-14/最寄駅:東急東横線「自由が丘」駅から徒歩7分/13:00~22:00(木曜休)/料金:入浴料600円、サウナ料金300円、レンタルタオル100円(フェイスタオル)200円(バスタオル)/駐車場なし


■大使館の集まるインターナショナルな街の純和風スポット『広尾湯』

高級住宅街は自由が丘など山手線外側だけでなく、内側にも。その一つが、港区と渋谷区の境目にある広尾だ。

  • 広尾のTHE RESTAURANT(ザ・レストラン)1階にはブルーボトルコーヒーが入居している

    広尾のTHE RESTAURANT(ザ・レストラン)1階にはブルーボトルコーヒーが入居している

東京メトロ日比谷線の通るこの街は、江戸時代には武家や大名の屋敷が数多く立ち並び、それらの跡地が明治時代以降に宮家・華族の住まいや外国大使館に変わっていった経緯を持つ。1980年代に建てられた大型マンション『広尾ガーデンヒルズ』も有名で、現在では富裕層に加えて多くの在日外国人も行き交うインターナショナルな街である。

  • 国際的な街並みのなかに鎮座する和風の銭湯

    国際的な街並みのなかに鎮座する和風の銭湯

日比谷線広尾駅から直近にある『広尾散歩通り』も高級レストランやセレクトショップが並んでいて人気が高いが、その一角にあるのが『広尾湯』だ。創業は100年以上も前という老舗であり、当初の宮造り銭湯から1971年(昭和46年)に現在のビルへ建て替え、2017年には大幅リニューアルを実施。隣接する『THE RESTAURANT(ザ・レストラン)』ともほどよく調和し、広尾駅前を飾る名店の一つである。

  • 建物全体も味のあるたたずまい

    建物全体も味のあるたたずまい

店内のフロントや脱衣所は、清潔で温かい和モダン調に統一。ロビー部分には建て替え前の宮造り時代の写真が飾られている。白ベースの浴室内はカーブを描く天井が高い位置にあり、奥の壁面には富士山の……ではなく、ヨーロッパの湖畔風景を想わせるモザイクタイルで飾られている。

浴槽は2つのみで、サウナや水風呂が無いなど非常にシンプルながら、その構造には独特の工夫が見える。気泡風呂の浴槽は深さが65cmと95cmの2種類あり、肩までどっぷり浸かるスタイルや半身浴など、さまざまな姿勢や深度で楽しめる。ジェットバスの浴槽は65cmの方の気泡風呂とつながっており、立つタイプと座るタイプの2種類。どちらも強力なジェットが見所で、身体を泡でガシガシと刺激してくれる。

  • 木製看板の文字が力強い

    木製看板の文字が力強い

なお、お湯の温度は41~42℃と入りやすいライン。浴室内では澄んだ井戸水を沸かして使用しており、お湯自体の品質にも注目である。国際色豊かな高級エリアにたたずむ純和風の湯処で、初めて日本の「SENTO」文化を体験する外国人も多いだろう。


『広尾湯』:東京都渋谷区広尾5-4-16/最寄駅:東京メトロ「広尾」駅2番出口から徒歩1分/15:00~24:00(水曜休)/料金:入浴料600円、レンタルタオル70円(フェイスタオル)150円(バスタオル)/駐車場なし


■港区白金の「白金っぽくない」街中にある和洋折衷銭湯『アクアガーデン三越湯』

白金エリア(住所上の港区白金、および白金台)と言えば誰もがご存知、都内屈指の超々リッチ地帯。立ち並ぶ高級住宅、シロガネーゼ御用達の飲食店やショップの数々、八芳園や東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)などの名建築、おまけに量販店『ドン・キホーテ』すら周囲に合わせて白く塗られているなど、全てがプラチナランクの街だ。

  • 左手の建物に「白金」と書いていなければ、ここが白金と感じさせない雰囲気だ

    左手の建物に「白金」と書いていなければ、ここが白金と感じさせない雰囲気だ

しかし、エリア北側の北里大学近くまで行くと、街の景観は大きく変化する。古びた木造長屋や看板建築、個人経営の渋いお店が立ち並び、初めて訪れた人ならば「ここ本当に白金なの!?」と驚くかも知れない。そうした街中にあるのが『アクアガーデン三越湯』だ。創業は1933年(昭和8年)と言われており、2011年のリニューアルで現在の姿となった。

  • 【写真】瀟洒な洋館風の門扉をくぐると一転、和風旅館の雰囲気になる、アクアガーデン三越湯

    夜のアクアガーデン三越湯

ベージュ色の丸い外壁が穏やかなマンション銭湯で、敷地内には背高の樹木が立っている。入口には瀟洒な洋館風の門扉も設置され、建物外観だけ見れば「白金らしい」とも言えるが、それが「白金らしくない」街中にある点が逆に個性的だ。門扉をくぐると一転して、和風旅館のような雰囲気の玄関が利用客を出迎える。入口からフロントまでの内装も大正モダン的な和洋折衷で、あちこちに置かれている様々なインテリアが、懐かしく暖かい印象である。

  • 入口の門扉は洋館のようなデザイン

    入口の門扉は洋館のようなデザイン

ここの浴室は「鶺鴒(せきれい)の湯」と「翡翠(かわせみ)の湯」が男女週替りとなっている。筆者が訪れた時は鶺鴒の湯が男湯であった。浴室内の壁面はベージュ主体で、サウナ部分のみが白壁になっている。どことなく温泉宿やスーパー銭湯を想わせる内装なのだが、その印象を強めているのが足湯だ。石作りの背もたれ部分からお湯が流れ落ち、背中を温めてから足元の小さな浴槽にたまる構造である。スーパー銭湯では時折見かける設備だが、通常の銭湯で置いてあるのは非常に珍しい。

ほかの浴槽も充実のラインナップだ。大浴槽は湯船の中に電気風呂・バイブラ・ボディージェット(脇腹)・ハイパージェット(背中)・座風呂を併設。特にジェット2種と座風呂の泡圧がかなり強めで、肩や腰をガッツリ揉みほぐせて心地よい。岩風呂風の高温浴槽は温冷交代浴にも向いている。サウナは2段式で7〜8人ほど入れる広さがあり、若干熱めながら身体の負荷は低め。水風呂は水温20℃ほどと、こちらも心肺に無理をかけない設定である。

  • 門扉をくぐった先の入口部分

    門扉をくぐった先の入口部分

なお、アクアガーデン三越湯の客層には地元の常連客と思われる高齢者も多い。脱衣所や浴室内では常連客同士の会話も聞かれるなど、店内の雰囲気は台東区や墨田区など、いわゆる下町の銭湯に近い所も感じられる。白金にもこのような、昔ながらの「裸の付き合い」が息づいていることに気付かされる湯処だ。


『アクアガーデン三越湯』:東京都港区白金5-12-16/最寄駅:東京メトロ日比谷線「広尾」駅から徒歩11分/15:30~22:00(最終入場21:30、木~日曜休)/料金:入浴料600円、サウナ料金750円(レンタルフェイスタオル、バスタオル込)/駐車場あり(有料)


■銭湯は「高級タウン」化以前の街の名残でもある

以上、高級タウンの銭湯を3軒紹介した。これらの店舗は近年のリノベーションによって現在の街並みにもなじむ外観や内装となっているが、いずれも街が現在のような姿になる以前から営業を続けてきた銭湯である。自由が丘・広尾・白金が住宅地や商業地として発展していく中で、地域の暮らしとともに歩んできた場所とも言えるだろう。

また、広尾湯と白金のアクアガーデン三越湯があるのは、いずれも渋谷川(※天現寺橋より下流側は「古川」)に近いエリア。高台や大通り沿いに広がる現在の「高級住宅街」のイメージとは少し異なり、周辺には低層の建物や昔ながらの商店なども残っている。実際に歩いてみると、ひとつの街の中に新旧さまざまな風景が共存していることが分かる。

  • 夜のみどり湯には、今日も地元の常連客が訪れる

    夜のみどり湯には、今日も地元の常連客が訪れる

一方、自由が丘のみどり湯が創業した1957年(昭和32年)ごろは、戦後の復興を経て、自由が丘が商業地・住宅地として大きく発展していた時期。1953年(昭和28年)には駅前の「自由が丘デパート」も竣工している。街の人口やにぎわいが増していく中、みどり湯も地域の人々の日常を支えてきたのだろう。そうした街と銭湯の長い関係は、幅広い世代が訪れる現在のみどり湯の風景にも、どことなく感じられる。