パワハラやセクハラなどハラスメント防止の法整備が進むなか、企業には貴重な人材の採用・定着・育成を進める前提条件として、ハラスメントのない職場づくりが求められる。しかし、多くの上司層は、アンコンシャス・バイアス(固定観念、無意識の偏見)などから、意図せずハラスメント・リスクを冒しがちだ。また、ハラスメントの指摘を恐れ、上司と部下のコミュニケーションが希薄化し、かえってハラスメント・リスクが高まる傾向も懸念されている。

そこで、経営者・管理者には、ニューノーマル時代の「上司力」の一つとして、ハラスメント予防の心得と方法を身につけることが不可欠となる。本シリーズでは、上司が職場で直面しがちなケースをもとに、ハラスメント・リスクにいかに適切に対応するか、実践的に検討する。

今回は、コロナ禍で急速に普及したリモートワークでのハラスメント・リスクを伴いがちな上司と部下とのミーティングCASEから考えよう。

CASE「ちゃんと真面目に仕事してるのか?」

【A課長】定例のオンライン・ミーティングを始めよう。まず、各自の業務進捗を報告してもらおうか。
【Bさん】実は、E社様との商談が、その後進展していません。担当者がご多忙で、コロナの影響も長引いていて、なかなか検討の時間がもてないとのことです。あまり重ねてお願いするのも、かえって逆効果ですので……。
【A課長】何、まだ進んでないのか! 心配で君には何度もメールで指示しているから、もうとっくに済んでいると思っていた。だいたいちゃんと真面目に仕事しているのか?在宅勤務で気が緩んでいるんじゃないか。
【Bさん】(そんな、ひどい!)……先方には何度かお伺いしていますが、なかなか反応がないのです。
【A課長】そもそも、画面に映る君の部屋の様子も雑然としていて、オンラインで商談してもお客様から軽視されてるんじゃないか。さっきから子どもの声も聞こえていて、何だか緊張感がないしな……。
【Bさん】あっ、失礼しました。今日は学校が半日授業だったものですから。(家の様子まで監視されるなんて……)
【A課長】今度、君の奥さんを紹介してもらって、僕からも少し協力して貰えるように頼んでみるか。
【Bさん】えっ!(……そんなことまで介入されるなんて……とても耐えられない!)

解説

この会社では、コロナ禍の影響で在宅勤務を採り入れている。A課長は、部下たちを定例のオンライン・ミーティングに招集し、各自の業務進捗の報告から始めた。

そこで、部下のBさんがE社との商談の遅れを報告したところ、A課長はBさんにメールで何度も指示を出していることや、遅れの原因はリモートワーク下のBさんの仕事振りや家庭環境にあるのではと、注意し始めたが……。

ハラスメント・リスク

今回のテーマは、コロナ禍以降注目されているリモート(遠隔の)ハラスメント=リモ・ハラだ。急増した在宅勤務のもとでは、上司と部下の遠隔コミュニケーションが増えた。しかし、上司からのメールやチャットなど文字による一方通行の業務連絡や指示は、強圧的な印象を与えがちだ。

また、ZoomやTeamsなどのオンライン・ミーティングでは、背景に自室が映ったり部下の私服姿を見たりするなど、プライバシーにも触れがちになる。A課長のメンバーBさんへの発言は、「精神的な攻撃」(名誉棄損、侮辱)や「個への侵害」(私的なことへの過渡な関与)のハラスメント・リスクを孕むものだ。

上司のアンコンシャス・バイアス(固定観念、無意識の偏見)

在宅勤務で上司が部下に抱きがちなのが、「ちゃんと仕事をしているのか?」との疑念だ。職場なら常に部下の仕事振りを観察し、直接報告を求め、指示することも容易である。

しかし、在宅勤務では部下の仕事ぶりが見えない。部下に指示連絡をしても即反応がなく報告や相談が疎遠に感じると、自分の意向が軽んじられているのではと疑心暗鬼に陥る。そこで、上司が不安や苛立ちから部下への指示を強め、執拗に報告を求めると、部下にとってはプレッシャーとなり、ハラスメントと受け取られるリスクも高まるのだ。

(1)リモート下のコミュニケーションに配慮がほしい

在宅勤務で、上司から業務指示や報告の督促を連日メールされ、ストレスを増幅させる部下が増えている。また、部下は上司の指示メールに対し、悪い報告や悩みの相談は返しにくいものだ。

さらに、勤怠状況把握のため朝夕の連絡を強制されたり、パソコン上の管理ソフトで常時状況をチェックされたりなどの監視強化で、メンタルを病んでしまう部下も出かねない。リモート下故に、上司からすると悪意はなくとも、部下からすると配慮に欠けるコミュニケーションに憔悴してしまう例が増えているのだ。

(2) 在宅勤務のストレスを理解してほしい

在宅勤務は、通勤などから解放され働きやすい一方で、ストレスも大きいものだ。CASEのように、仕事と生活の切り替えが難しく、家族への気遣いが絶えない。

仕事の片手間に家事や育児に対応せざるを得ず、夜になってやっと落ち着いて仕事に取り掛かれるケースも少なくない。また、在宅中の光熱費や通信費など、家計への負担もかかる。プライバシーへの過渡な介入は禁物だが、こうした部下のストレスや悩みには、十分な配慮が必要だ。

ハラスメント予防の心構え(あり方を定める)

(1)責任の明確化 〜信じて任せた仕事の当事者は部下自身と心得る

上司の職責意識からとは言え、部下に仕事を任せきれず、常時監視しようとする手法では、リモートワークが新常態となる職場のマネジメントはうまくいかない。これからの上司に求められる役割は、部下に指示命令し仕事を強いることではない。部下と仕事の目的をしっかり共有し、これに沿って部下が自律的に働くことを支援することだ。

信じて任せた仕事の当事者は部下自身であり、上司は部下を見守り、要所要所で相談に応じ、結果責任を取ること。会社としての、業積評価や人事制度の改定も必要だろう。

(2)仕事の具体化 〜脱あうん! 非言語コミュニケーションを言語化する

これまでの日本企業にありがちだったのは、上司が全てを語らずとも部下が「あうんの呼吸」でその真意を理解し、空気を読んで行動すべしとするムラ社会的な風土だ。しかしリモートワーク下では、それは通用しない。

「部下が自分の考えを理解してくれない」と嘆くのではなく、自分のメッセージを明瞭に言語化し伝える工夫が必要になる。「あとで営業状況を報告して」などの曖昧な依頼ではなく、「○日までに○○エリアのお客様のご要望を、箇条書きにして提出してほしい」と、具体的に伝えよう。

日常的な予防を図る(やり方を変える)

(1)反応の意識化とツールの熟達化~コミュニケーション技法を磨く

オンラインでは、お互いの反応がわかりにくく、つい「話しすぎ」や「聴きすぎ」になり、コミュニケーション・ラグが生じやすい。そこで、話すスピードや声のトーンを時々変化させ、身振り手振りを加えて伝わりやすさに配慮する。また、「理解できたか」「質問はないか」とこまめに質問し、相手の反応に気を配りたい。相手の話を聴く際には、多少オーバーリアクションでも頷きや言葉の繰り返しなどで、相手の話を理解していることを伝えよう。

また、メールやチャット、ZoomやTeams、社内SNSなど、ITツールを各特性に応じて使いこなせる熟達化が不可欠だ。上司が率先し、遠隔でのコミュニケーション力を磨いていこう。

(2)遠隔での仲間化~タコツボ化させないネット・ファシリテーションに努める

在宅勤務が長引くと、メンバー間のコミュニケーションも希薄になり、仕事がタコツボ化しがちになる。任せた仕事の当事者は部下自身とはいえ、チーム内の連携・協働の力を低下させてはいけない。

そこで、上司には、遠隔でもメンバー間の情報交換や報連相の活性化を促し、援け合って仕事を進めるネット・ファシリテーションを意識することが求められる。オンライン・ミーティングでメンバー全員の発言を促したり、メンバー間や他部署との連携が進むように積極的にアドバイスを行ったりしよう。組織や仕事の目的に向けて共に働く仲間意識を盛り上げ、組織エンゲージメントを高める上司の役割も、一段と重要になるのだ。