パワハラやセクハラなどハラスメント防止の法整備が進むなか、企業には貴重な人材の採用・定着・育成を進める前提条件として、ハラスメントのない職場づくりが求められる。しかし、多くの上司層は、アンコンシャス・バイアス(固定観念、無意識の偏見)などから、意図せずハラスメント・リスクを犯しがちだ。また、ハラスメントの指摘を恐れ、上司と部下のコミュニケーションが希薄化し、かえってハラスメント・リスクが高まる傾向も懸念されている。

そこで、経営者・管理者には、ニューノーマル時代の「上司力」の一つとして、ハラスメント予防の心得と方法を身につけることが不可欠となる。本シリーズでは、上司が職場で当面しがちな場面事例をもとに、ハラスメント・リスクにいかに適切に対応するか、実践的に検討する。 今回は、セクハラ・リスクを伴いがちな上司から部下への仕事付与CASEから考えよう。

CASE「お茶出しは女性、力仕事は男性⁈」

【上司】「Aさ〜ん。これ、Ⅿ社さんからいただいた手土産のお菓子。生ものだから、皆に配ってくれないかな。それから、応接室のお客さんの所にもお菓子とお茶を運んでほしいんだ。」 【Aさん】「いえ……これから会議の準備なので、誰か別な人に頼んでください」
【上司】「そうなの? じゃあBさん、お菓子配りとお茶出し、お願いね」
【Bさん】「私もAさんのサポートで会議室の設営です。別に女性にこだわらず、C君ではどうですか」
【上司】「困ったな…。だったらC君、会議室の設営代わってあげてよ。力仕事なら男性だろう。それで、AさんとBさんはお菓子とお茶を宜しくね。お客さんもやっぱり女性に運んでもらうほうがいいから」
【C君】「あのう……一人だけで会議室の設営は、ちょっとつらいんですが……」
【上司】「なんだ、男のくせにだらしないな! 『気は優しくて力もち』じゃないとモテないぞ!  女性もお茶出しを嫌がるようだと貰い手がいなくなるからな〜」
【Aさん】「課長!?…それって立派なセクハラですよ!」

解説

昨今は、お茶出しなどは各自で行う職場も増えており、やや誇張したCASEだが、これに近い事例はいまだ散見される。特に、年配の管理職や経営者には既視感をもつ人も少なくないと思う。

上司は、何気ない感覚で、お菓子配りやお茶出しは女性社員の仕事とばかりにAさんとBさんに頼み、会場設営の力仕事は男性向きだとC君に依頼した。適材適所の采配とはいえ、角が立たないように冗談も交えながらエールを添えたものの、意外にも部下の反応は厳しいものだった。

ハラスメント・リスク

ここで取り上げるのは、セクハラ(セクシャル・ハラスメント)のリスクだ。通常、職場のセクハラとされるのは、「労働者の意に反する性的な言動」である。具体的には、性的な発言や冗談やからかい、食事やデートなどへの執拗な誘い、不必要な身体への接触や性的関係の強要などだ。

しかし、報道やセミナーなどでも学び、さすがにこうしたあからさまな性的言動をする人は減ってきているだろう。現在セクハラ発生の温床となりがちなのは、性別役割分担意識に基づく言動だ。この観点からは、CASEの上司の発言は十分にハラスメント・リスクを孕むものだ。

上司のアンコンシャス・バイアス(固定観念、無意識の偏見)

性別役割分担意識に基づく発言例としては、「サポート業務は女性が行うべき」「法人営業は女性には無理」、また「女性は子どもが小さいうちは母親として子育てに専念すべき」などだ。また、これは対男性でも同様で、「一家を養うのは男の役割」「男のくせにだらしない」といったものである。

こうした考え方や発言は「女らしさ」「男らしさ」の固定観念だが、これが職場で容認され続けると、乗じて人の性的特徴を口にしたり性的関心を行動で示しやすくなり、セクハラ要因になりやすい。世界的に見てもジェンダー意識や女性活躍が遅れている日本においては、特に意識改革が必要だ。

(1)性差による偏見ではなく、正当な機会や評価を得たい

部下は「女らしさ、男らしさ」という単純構造で区別されるのではなく、自分の持ち味や強みに応じた仕事をしたいと考えている。女性だからこの仕事は任せられない、女性はこの仕事をすべき、と頭から決めつけられてしまうと、不条理に感じてしまうのだ。

自分の強みや仕事への希望を上司がきちんと理解してくれた上で、公平に仕事を任せてほしいと考えている。本来、このスタートラインに男女差はない。

(2)性差による特性やハンディは正しく理解し共有してほしい

一方で、性差による心身の特性や環境的制約など、組織や上司が配慮すべき要素もある。男女の生理面や体力面の違い、異性と閉じた空間にいることのリスク、また社内やチーム内で実際に少数(マイノリティ)である場合の遠慮や発言のしにくさとなど、本人からはなかなか言いにくい場合がある。

こうした困難やハンディについて、上司には本人の状況を理解し、必要な調整を図ったり周囲の理解を促すなどの支援が求められる。

ハラスメント予防の心構え(あり方を定める)

(1)性差に依らない個性と持ち味を見極める

まず上司自らが、性別役割分担意識を克服し、払拭することが第一である。すなわち、性差のメガネで部下を見るのではなく、部下一人ひとりの関心や意欲や強みなどを、偏見なく見ることだ。

ただ長年培ってきた仕事観がある人ほど、一朝一夕に自己改革することは難しいかもしれない。だから日常的に面談などで、部下の考えや気持ちを本人に寄り添って聴き取り理解する習慣をつくり、感性を磨くことが大切だ。部下を支援する力の基礎となる、傾聴と共感の力の鍛錬が求められる。

(2)多様なメンバーが互いに尊重し合える風土をつくる

経営者や管理職には自らの言動を律することはもちろん、セクハラのない職場環境づくりに取り組む責務がある。セクハラ予防の基本方針の策定や、相談体制の整備も必要だが、それにも増して大切なのは、メンバーどうしが男女の別なく互いに尊重し合える職場風土づくりである。

上司は、チーム会議などで全員の発言を促し、一人ひとりの疑問や意見や提案を尊重し、意見交換や連携・協力を促進しよう。会議の進行役をメンバーに交代で任せてもいいだろう。チームの一体感や互いを尊重する雰囲気を上司が率先してつくり出す、ダイバーシティ(多様性)マネジメントを推進するのだ。

日常的な予防を図る(やり方を変える)

(1)偏りがちな仕事を等しく分かち合う

具体的な取り組みとして、女性に役割が偏りがちな仕事の分担見直しをお勧めする。例えば、CASEにもあったお客様へのお茶出しや、手土産の配布、あるいはオフィスの共用スペースの整理整頓や清掃、ごみ出し、事務用品の注文など、従来の慣行で女性に偏っていた仕事があれば業務分担表に書き出し、チームメンバー全員で分担しよう。

こうした公平な手続きを経て担当分けされた仕事であれば、CASEのような部下の厳しい反応は抑えられるはずだ。些細な改善と思うかもしれないが、職場の性別役割分担意識を払拭する象徴的な効果がある。庶務や雑用は女性の仕事といった固定観念を、目に見える形で壊すのだ。

(2)ポジティブ・アクションを実行する

また、女性活躍のためのポジティブ・アクションにも積極的に取り組もう。女性管理職比率の向上など大きな目標だけにこだわりすぎず、上司がチーム運営で実行可能なものから始めることだ。女性の発言や提案を積極的に採用したり、責任の重い仕事や重要プロジェクトに女性を抜擢する。また、女性リーダーを後輩のロールモデルとして意識して育てることなどが考えられる。

上司が先頭に立ち、性差によるネガティブな慣行や潜在意識を組織全体で乗り越えようとすることで、職場の風土は徐々に好転し始めるだろう。