厳選採用が不可能な「超売り手市場」時代に突入

近年、私が営む会社に、企業経営者や人事担当者から若手社員の早期離職を食い止めたいという相談が急増している。特に、これまで就職人気業界・企業であったところほど顕著だ。

これまで伝統的な日本企業は、新卒一括採用で若者を篩(ふるい)にかけて厳選し、OJT中心の企業内人材育成によって長期的に育ててきた。90年代はじめのバブル崩壊以降、「買い手市場」である就職氷河期が長く続いたため、この厳選採用がやりやすかったといえよう。ところが近年は、そもそもの採用目標人数に対し十分な応募が集まらなくなっている。若年人口の減少、技能伝承の必然、景気回復という3つの条件が重なってきたからだ。

企業は、すでに若者を篩にかけること自体が困難な売り手市場に潮目が変わったことを、まず認識すべきだろう。コロナ禍という特殊な状況下で一時的に採用を手控えた企業も増えたが、中長期的には売り手市場傾向は続くと思われる。

こうしたなか、やっとの思いで採用した若手社員が早期離職してしまっては、目も当てられない。ただ若手社員の方も、早期離職する前提で入社する人は少ないはずだ。現状を聴き分析するなかでわかったのは、企業側が若者の真の離職理由を明確に捉えきれていないということだ。いったい、何が食い違っているのだろうか。なぜ、若者はすぐに辞めてしまうのか。

時代遅れの「石の上にも三年」

若手社員の離職を招く第一の要因は、リアリティショックだ。就職先の職場や仕事が、想像とは大きく異なると感じること。理想と現実のギャップである。

ただし、いつの時代にも新社会人にリアリティショックはつきものだ。管理職や経営層の方々も、多かれ少なかれ経験してきたことだろう。「石の上にも三年」という諺があるように、数々のギャップに耐え、試練を我慢し、自力で乗り越えるのが当然だと考える人も多いはずだ。

けれども、この「我慢して頑張るべき」という考え方が、もはや時代遅れだと私は考えている。今の管理職や経営層が就職した頃は、終身雇用が約束されていた。また、若い頃に我慢して働けば次第に昇進する年功序列であり、定年まで勤め上げれば、退職金と年金で老後の暮らしも見通せたはずだ。

特に大企業や安定企業なら、就職できれば一生安泰と考えていた人も多いことだろう。つまり「石の上にも三年」は、将来が保障されるという暗黙の前提があったから通せたのだ。

しかし、今の若者は、終身雇用はおろか年功制の給与体系も崩壊しつつある現代に働き始めている。大手企業でリストラが頻発し、親世代が苦労する姿を間近に見て育ってきたため、企業の安定性を信じられなくなってきたのだ。

その結果、優秀な若者ほど「寄らば大樹の陰」では将来が保障されないことを自覚している。だから、会社がどうなっても食べていける、市場価値のある人材に早く成長したいと考えているのだ。

これを裏付けるデータもある。リクルートキャリアの「就職プロセス調査(2021年卒)」(2021.3.26)によると、若者が就職先を選ぶ決め手のトップは「自らの成長が期待できる(49.8%)」。これは、企業の安定性(34.9%)、成長性(21.8%)、知名度(21.5%)、規模(18.0%)、年収の高さ(10.2%)などを大きく引き離している。

「就社」ではなく、本来の「就職」意識に変わってきたともいえる。そのため、石の上に三年も我慢する意味がわからなければ、若者はすぐに辞めてしまうのだ。

メンターや相談相手の不足

若手社員の離職を招く第二の要因は、職場に身近な相談相手がいなくなったことだ。かつての職場の若手社員には、年齢が近く、助言や支援をしてくれる身近な先輩がいた。入社間もないゆえの不安を受け止め、自分自身の体験を語り、ショックアブソーバー(緩和)役やメンター役を担ってくれた。

しかし、長らく就職氷河期が続いたために、若手社員の上はいきなり40~50代のベテラン社員という職場も少なくない。また、働き方改革が進むなかで、時間的な効率が求められ、リモートワークで同僚が顔を合わせる機会も減りつつある。

そのため、職場に若手社員をじっくり受け止め育てる余裕が失われつつある。こうして、若手社員のリアリティショックや悩みを相談できる機会が減り、違和感を解消できずに離職に至るケースも増えているのだ。

組織モデルやビジネスモデルの大転換

若手社員の離職を招く第三の要因は、組織やビジネスモデルの変化だ。ICT(情報通信技術)やAI(人工知能)などの発展で、企業は大きいことが強みではなく、弱みに変わりつつある。変化が速いなかでは、小さなサイズで柔軟で小回りが利く、しなやかな組織が有利になってきたからだ。

アメリカでは優秀な若者ほどベンチャーを志望すると言われるが、日本でも同様の傾向が出てきている。オープンイノベーションを呼び込むスタートアップ企業に、優秀な新卒学生が集まりつつある。国内外にネットワークを持つ大企業や伝統的な老舗企業などの安定性の強みが、若者からは変化対応が遅いという弱みに映りかねない時代になったのだ。

ITリテラシーの高い若手社員に、ベテランの上司や先輩が昔ながらの経験や仕事をそのまま引き継ごうとすると、不安や不信感を抱かせ、離職の引き金になる可能性が高まっているかもしれないのだ。

早期に顧客満足や地域貢献につながる仕事を体験させる

では、どうすべきか。その一つの方法は、若手社員のリアリティショックや不安を丁寧に受け止め、価値観や希望を傾聴し、心理的安全性を醸成した上で、思い切って早い時期から働きがいや成長の可能性を感じられる仕事を体験させることだ。

優秀な若者は現在の職場・仕事を通して、働きがいと成長の機会をどれだけ持てるかに強い関心をもっている。また、災害救援や国際貢献をはじめ多様なボランティア活動を頻繁に見て育った平成生まれの若者は、社会貢献への意欲も強い。給料や職位以上に、仕事の意義や意味に対する意識も高いのだ。

ある食品製造・販売会社では、若手社員の離職に悩んだ末に、仕込み補助や後片付けなどの下働きで育成してきた旧弊を改めた。そして、花形商品の製造と、その商品をお客様に直接提供し喜んで頂く瞬間に立ち会うという、第一線の仕事を早々に体験させることにした。その結果、早期離職は大幅に減ったという。若手社員は自社の仕事に働きがいと希望を感じ、日々の仕込みの仕事に励むようになったからだ。

皆さんの企業現場でも、若手社員に下働き仕事ばかりではなく、働きがいを感じられる花形仕事を思い切って任せ、体験させることだ。若手だけで難しければ、先輩社員のサポートをつけることも有効だろう。若手社員に早期に働きがいを体験させることで、職場と仕事へのエンゲージメントを強めることができるのだ。