連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


利益の水増し額は2008年度から2014年4-12月期までの合計で1562億円

「不適切会計問題」に揺れる東芝はこのほど、経営刷新委員会を発足させました。同委員会は外部の有識者で構成され、再発防止策や新たなコーポレートガバナンス(企業統治)のあり方を検討します。これで東芝は信頼を回復することは出来るのでしょうか。

東芝の不適切な会計処理は、歴代3人の社長の実質的な指示により利益のかさ上げや損失計上の先送りなどを組織的に繰り返してきたもので、利益の水増し額は2008年度から2014年4-12月期までの合計で1562億円にのぼります。これは同期間の税引き前利益合計額の約3割に相当します。

先に発表された第3者委員会の調査報告書を読むと、その具体的なやり方が分かります。発端はリーマン・ショックによる急激な業績悪化でした。リーマン・ショックから3か月後の2008年12月に「パソコン事業の同年第3四半期の営業損益が184億円の赤字の見込み」との報告を受けた西田社長(当時)は「こんな数字ははずかしくて発表できない」とパソコン事業の社内カンパニー責任者を激しく叱責したそうです。

何が何でも黒字を出す必要に迫られた同事業の責任者はパソコン部品の押し込み販売という方法をとりました。パソコン製品の組立製造を担当する関連会社に対し、大量の部品を販売することで売上と利益を上げたように見せかけるもので、この方法により2008年第3四半期は4億円の営業黒字となりました。

以後、この方法が続けられました。

西田氏の後を受けて社長に就任した佐々木氏も「(提出された利益改善策に対して)まったくダメ、やり直し」「上期決算末までの3日間で120億円の営業利益を出せ」など、部下への要求はエスカレートしていきました。こうして各事業部門では経費計上の先送りが常態化し、利益かさ上げが組織的に行われるようになったと見られます。

歴代社長の"暴走"には3つの動機--"成功体験"・"日立"・"社内対立"

このような歴代社長の"暴走"には3つの動機があったと解釈できます。1つは、西田氏の"成功体験"です。西田氏は社長に就任する前の2004年、赤字だったパソコン事業の立て直しに腕を振るい実績をあげました。固定費の削減や外部生産の拡大、調達の改革などを進めましたが、その時の手法の一つが外部生産を担っていたメーカーへの部品押し込み販売だったのです。この手法で西田氏はパソコン事業の立て直しに成功し、その実績を買われて社長に就任したのでした。そして西田氏の下で当時、パソコン事業の調達改革を手掛けていたのが田中前社長でした。田中氏は、西田氏の後任である佐々木氏の次に社長になりましたが、西田氏が田中氏を推したといわれています。

第2の動機は同業のライバル会社、特に日立製作所への対抗意識です。リーマン・ショック後は多くの電機大手各社も赤字に転落し、中でも日立製作所は2009年3月期に7873億円の最終赤字となりました。これは製造業では過去最大の赤字でした。しかしその後の業績回復はめざましく、構造改革の見本のように言われるようになりました。当時の経営トップのリーダーシップのもと、採算の悪い事業の見直し・統廃合、社会インフラ事業部門など採算が見込める事業の強化などを進めたのです。

これに対し東芝はリーマン・ショック後の業績改善で後れを取っていました。そうした焦りが歴代社長を暴走させたのかもしれません。西田氏は会長就任後、社長ら経営陣に対して「日立に負けるな」とハッパをかけていたそうです。

第3は、西田氏と後任の佐々木氏の対立です。西田氏は自分の後任社長に佐々木氏を選んだはずですが、社内の会議でしばしば佐々木社長を批判していたそうで、両者の不和は社内では周知の事実だったようです。佐々木氏が社長に就任して4年後の2013年2月、佐々木氏の社長退任と副会長就任、田中氏の社長就任が発表されましたが、その時メディアは「異例の人事」と報じています。会長の西田氏は留任したのに対し、佐々木氏が就任する副会長職は第2次世界大戦中におかれたことがあるだけ、新社長の田中氏は同社初の調達部門出身と異例ずくめだったのです。この人事発表の記者会見でも西田氏と佐々木氏が対立する発言をして話題となったほどです。

第3者委員会の調査報告書は「佐々木氏の社長時代には、当時会長だった西田氏からのプレッシャーが強かった。西田氏に対抗するため佐々木氏は部下に利益のかさ上げを事実上求めた」と指摘し、田中社長についても「西田氏を後ろ盾にバトンを受けた後も、佐々木氏に対抗する狙いから収益維持を絶対視していた」と記述しています。

このような動機が重なって、歴代社長の下で長年にわたって「不適切な会計処理」が続けられてきたわけです。まさに利益至上主義、しかもそこには短期的な発想しか見えてきません。東芝という会社をどのように強くして成長させていくかという戦略、経営トップとしての理念・哲学は全く感じられません。これが根本的な問題でしょう。

企業統治(コーポレートガバナンス)の優等生のはずだったのだが…

今回の問題は、経営トップこのように利益至上主義に陥って過大な要求を部下に押し付けたこと、部下がそれに従わざるを得ないような企業風土が蔓延していたこと、そしてそれらを監視する機能が発揮されてこなかったことが背景と指摘することができます。

実は東芝は早くから経営者を監視監督する委員会の設置や社外取締役の導入などを実施しており、企業統治(コーポレートガバナンス)の優等生と言われていました。形の上ではコーポレートガバナンスは整っていたはずなのですが、「仏作って魂入れず」だったわけです。

したがって同じような不祥事を防ぐには、(1)経営トップの暴走に歯止めをかける対策と組織体制、(2)上司の理不尽な要求にも逆らえないような企業風土の改革、(3)利益至上主義からの決別――などが必要です。東芝が信頼を回復するには、まさに企業風土の改革を含めて、実効あるコーポレートガバナンス改革を進めることが不可欠なのです。当面は、9月に臨時株主総会を開くことになっており、それまでに有効な再発防止策や経営改革の方針が打ち出せるかが焦点となります。

どの企業でもこうした問題が起こる可能性--企業統治に「魂」を

ただよく考えてみると、短期的な利益至上主義とまで言わないにしても、決算期ごとに利益を重視することは当然のことですし、前述のような「ライバル会社に負けるな」といった競争心はどの会社でも持っているものです。社長の言うことに部下が逆らえないというのも、多くの会社でありがちなことです。その意味では、どの企業でもこうした問題が起こる可能性を秘めているとも言えるでしょう。

したがって東芝の問題はどの企業にとっても他人事ではありません。海外からは、日本企業全体への信頼が揺らぐことにもなりかねません。すべての経営者が社会的責任を深く自覚して、コーポレートガバナンスの確立、それも形式ではなく「魂を入れる」ことが何よりも求められます。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。