連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


ギリシャ危機、ギリギリのところで破たんは回避

世界中をハラハラさせたギリシャ危機は、EU(欧州連合)による金融支援が正式に決まり、ギリギリのところで破たんは回避されました。

ギリシャ政府はEUが示した付加価値税の増税や年金改革、国有財産の売却などの財政改革案を受け入れ、これを受けてEUは今後3年間で820億~860億ユーロの金融支援を行うことを決めました。また当面の資金繰り対策として70億ユーロのつなぎ融資も行い、その資金を使ってギリシャ政府は元利合計で42億ユーロのECB(欧州中央銀行)への国債償還を20日に実行しました。延滞していたIMF(国際通貨基金)への返済も同時に行い、これで当面の借金返済はすべて済ませました。また20日にはギリシャ国内の銀行が再開して預金引き出し制限が緩和されるなど、正常化に向かい始めています。

世界の株式市場にも安心感が広がり、中国の株価下落が止まったことと合わせて各国の株価は上昇しています。何よりですが、ただそれにしても、あれだけ対立していたギリシャ政府とEUがなぜ一転して短期間で合意に達したのか、その経過は分かりにくいものでした。7月5日の国民投票以後の動きを振り返ってみましょう。

EUが決めた金融支援の規模は、ギリシャが要請した金額より多い820億ユーロ

国民投票で「緊縮NO」が圧倒的大差で上回ったことから、チプラス首相はEUとの交渉で強気で臨むと思われていました。ところが9日夜、EUが要求していた財政緊縮案をほぼ受け入れる内容の財政改革案を提出したのです。それにより新たな金融支援500億ユーロ余りを要請するというものでした。

これに対しEUは13日、関連法案のギリシャ議会での可決を条件に金融支援することで合意しました。

チプラス政権は即座に動きます。緊縮反対を投じた国民や一部与党議員の反発が起きましたが、チプラス首相はそうした動きを抑え込み、財政改革実行のための関連法案を直ちに議会に提出しました。一部与党議員の造反が出ましたが、もともと緊縮派の野党の協力も取り付け、16日未明に法案を可決成立させました。

EUから期限とされていた「15日中」からは少しだけズレ込みましたが、この間わずか実質2日間。何事にも時間がかかるギリシャにしては異例の猛スピードでした。

支援する側のドイツなどEUの一部の国でも議会の承認を得て、正式に支援が決定したわけです。そして面白いことに、EUが決めた金融支援の規模はギリシャが要請した金額より多い820億ユーロとなったのです。

「緊縮NO」で大勝利したチプラス首相、なぜ心変わりした!?

ここで不思議なのが、チプラス首相が国民投票で「緊縮NO」で大勝利したにもかかわらず、その直後に一転して緊縮受け入れに転換したことです。急に心変わりしたのでしょうか。本音は分かりませんが、その理由として3つの可能性が考えられます。

チプラス首相

第1は、EU離脱に追い込まれることが現実味を帯びてきたため、それを避けるため緊縮を受け入れざるを得なくなったと判断した可能性です。チプラス首相は国民投票前に「国民投票はEU離脱を問うものではない」と繰り返し演説していましたが、EU側は国民投票の結果とチプラス政権への不信感から「EU離脱やむなし」との空気が増えたのは確かです。国民投票後の交渉の最終局面でドイツの財務相が「EUが求める条件に応じない場合、ギリシャは5年間ユーロを離脱すべきだ」との文書を配布したほどです。

2つ目の可能性は、ギリシャ国内の銀行が休業に追い込まれ、経済と国民生活の混乱が大きくなったため、チプラス首相は早期に譲歩せざるを得なくなったことです。あのままの状態が続けばギリシャは破たんし、その苦しみは財政緊縮どころではなくなる恐れを実感したのかもしれません。

そして3つ目は、チプラス首相はすでに国民投票前から緊縮受け入れやむなしと内心では決断していた可能性です。少しさかのぼると、6月21日にギリシャ政府は新たな財政改革案を提出し、それを受けてドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領がEU改革案を示し、ギリシャ政府とEUは合意に向けて協議中でした。つまり何らかの形での緊縮受け入れに傾いていたと解釈できるのです。

国民投票で求心力高まり緊縮受け入れ成功、チプラス首相は相当な政治家!?

ところがその最中の6月27日に突然チプラス首相が国民投票実施を表明したため、すべてがいったん白紙になったのでした。その国民投票ではチプラス首相が呼び掛けた緊縮NOが大差で勝利し、ギリシャ国内ではチプラス首相への求心力が大きく高まったことは確かです。そうなったからこそ、多少の反対を押し切っても緊縮受け入れを決定できたのです。もしそこまで読んでいたとすれば、チプラス首相は相当な政治家だということになります。

いずれにしても最悪の事態は回避されました。しかしこれで問題解決というわけではありません。今回実施されるEUの金融支援はあくまで今後3年間でギリシャが必要とする借金返済や資金繰りのためのものです。したがって3年後にまた今回と同じようなことが繰り返される恐れがあります。ギリシャ政府は債務の減免、つまりこれまでに借りたおカネの元本や金利の一部棒引きなども要請していますが、今回は認められませんでした。ギリシャ政府としては今後もそれを要請してEU側と交渉を継続していくことになるでしょう。

ギリシャ経済全体をどのようにして立て直すか?

そしてそれ以上に大きな課題は、ギリシャの経済全体をどのようにして立て直すかということです。ギリシャの実質GDPは2008年から2013年まで6年も連続でマイナス成長が続き、GDPに規模は4分の3に縮小してしまっています。2014年はわずかながらプラスとなりましたが、今年1-3月期もマイナス成長に逆戻りしており、この間の経済混乱や今後の財政緊縮実施の影響で今年は年間でもマイナス成長になる可能性が大きくなっています。失業率も25%を超える水準が3年近くも続いており、物価も2年以上にわたって下落が続き完全なデフレに陥っています。

このような経済状態のままでは、財政改革を実施してもむしろ税収がさらに減って財政再建が遠のく恐れもあります。逆に言えば、経済を立て直すことなしには財政再建も実現しないのです。そのためには経済を活性化して経済を成長軌道に乗せるよう、あらゆる政策を総動員する必要があります。いわば「成長戦略」です。

これまでは緊縮反対か受け入れかという議論に終始し、成長戦略という点はほとんど議論されていませんでした。チプラス政権だけでなく歴代の政権もさしたる努力をしてこなかったと言っていいでしょう。

その一例が旧アテネ空港の跡地開発です。これは本コラムで以前に書きましたが(第13回)、アテネ五輪の開催に備えて新空港が開業したのと入れ替わりに2001年に旧空港は閉鎖され、民間に売却して跡地開発を進める計画でした。しかしその後10年以上も経った現在でも、跡地開発計画は手つかずの状態です。3年前にギリシャを訪れた際、広大な滑走路などの敷地や空港ビルが廃墟と化している光景を目にしました。アテネ中心部から車で20分ほどの便利な場所にあってエーゲ海を一望できる風光明媚な土地にもかかわらず、それを活用することなく無駄に放置しているのです。

何事もこの調子で、そのような非効率な経済運営と緩慢な政策遂行が長年にわたる経済低迷の一因となってきたのでした。ギリシャが今後こうした体質と経済構造を改革していけるかどうかが、経済再建のカギを握っていると言えるでしょう。

ちなみにアテネ旧空港をはじめ港湾や各種の国有財産は、EUの債権団の管理下に移して売却し、民間の手で活用を進めることが今回の合意に含まれています。その意味ではEUもギリシャに対して緊縮を求めるのと並行して、成長戦略の面でも支援することが重要となります。

ユーロ圏の国々の間で拡大する経済格差をどのようにして是正できるのか?

今回のギリシャ危機はEUにとっても大きな課題を背負わせることになりました。ユーロという同じ通貨の国々の間で拡大する一方の経済格差をどのようにして是正することができるのか、また今回の危機を通じてあらわになったドイツなど“北”とギリシャなど“南”の「南北対立」、その溝を埋めることができるのか――これはEUとユーロのあり方にかかわる根本的なテーマです。統合の基本戦略が問われています。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。