悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、定年退職した後の人生を考え、何かしておいたほうがいいか悩んでいる人のためのビジネス書です。

■今回のお悩み
「定年退職に向け、40代後半からやっておくべきことを知りたい」(47歳男性/IT関連技術職)

  • 定年退職後に向けやっておくべきこととは

    定年退職後に向けやっておくべきこととは


勤め人を経て独立したのが、35歳くらいのとき。以来、フリーランスを20数年続けてきました。病気でもしない限り(それがいちばん怖いんだけど)これからもその生活は続くと思いますので、つまり僕に定年はありません。

だから、「もしサラリーマンだったら、あと数年で定年なんだな」と考えてみても、いまひとつピンとこない部分はあるのです。

つまりは、定年後の生活などについて偉そうに語る資格などカケラもないのです。とはいえ考えてみると、それは勤め人の方でも同じなのかもしれません。

現在の仕事にやりがいを感じているのであればなおさら、数年後の定年などイメージしにくいはずなのですから。

そのため、いざ定年を迎えると、毎日なにをしたらいいのかわからなくなってしまうということなのでしょう。そう、少し前に映画にもなった内館牧子のベストセラー小説『終わった人』の主人公のように。

そう考えると、ご相談者さんのように40代後半から計画を立てておくことは大切なのだろうなという気がします。何事も備えは大切ですし、少なくとも心構えだけは持っておきたいものですからね。

定年後を心豊かに暮らすために必要な能力とは?

定年後の状況として望ましいのは、健康体で、することがあり、そこそこのお金を保有し、妻と良い関係を保ち、信頼できる友人がいて、身辺に困りごとがないこと。

『始めよう!「定年塾」―老後を充実して生きるためにやっておくこと』(河上多恵子 著、学研新書)の著者は、そんなステージに行くためには現状を正確に把握することが重要だと考え、「定年力」という物差しを想定したのだそうです。

いうまでもなくそれは、定年後を心豊かに暮らすために必要な能力のことで、5つのフィールドで構成されているのだといいます。

「つながり力」は趣味、地域での暮らし方や友人の問題、「経済力」は仕事や年金、家計の問題、「健康力」は自分自身や家族の健康問題、「始末力」は相続や身辺整理の問題、「夫婦・家庭力」は夫婦の関係や子供の自立の問題。言い換えれば、定年時とその後のすべての不安はこの5分野に集約されます。(「はじめに」より)

これら「定年力」があってこそ、定年後の生活を安心して送ることができるというわけです。そこで本書の序章では、「定年力」のチェックにかなりのページ数を割いています。まずは自身の現状を把握し、そこから本編に進めるようになっているのです。

  • 『始めよう!「定年塾」―老後を充実して生きるためにやっておくこと』(河上多恵子 著、学研新書)

    『始めよう!「定年塾」―老後を充実して生きるためにやっておくこと』(河上多恵子 著、学研新書)

そして本編に入ると、上記5分野それぞれについて詳細な解説がなされます。とはいえ、決して難解なものではありません。実際の体験談も豊富に紹介されているため、自身の状況に当てはめて考えてみることができるはず。

なお参考までに、終章「定年の鉄則7か条」の項目をご紹介しておきましょう。

第1条:家にとじこもるな、外に出よう
第2条:明日することを今夜決めておく
第3条:家事を引き受ける
第4条:弱みを隠さない
第5条:昔の肩書きを言わない
第6条:ほめ言葉を惜しまず発する
第7条:他人と比べない
(192ページより)

日ごろからこれらを意識しておくだけでも、定年後にどう生きるべきかの準備にはなりそうです。

“定年先輩”の「気づき」から老後を学ぶ

自分の定年の日のことなど遥か彼方にかすんでいて、考えてもいなかった日常のドアがコンコンとノックされ「突然ですが『定年』です!」。「エッそれオレのことか?」。これは“定年先輩”からしばしば聞いた最初の「気づき」の話でした。“定年先輩”とは、ひと足さきに定年を迎えて三~五年が過ぎた元サラリーマンのことです。この本はこの人たちが語ってくれた定年体験をベースにしています。(「はじめに」より)

『定年後を楽しむ人・楽しめない人』(金田義明 著、洋泉社)の内容については、著者はこのように説明しています。実年社員を対象にした、「定年準備教育」に長く関わってきたという人物。

  • 『定年後を楽しむ人・楽しめない人』(金田義明 著、洋泉社)

    『定年後を楽しむ人・楽しめない人』(金田義明 著、洋泉社)

その学習課題に、「先輩者の実体験」を加えるべきだとの強い思い入れがあったのだとか。そこで多くの対象者を探し、さまざまな体験を根掘り葉掘り聞き集めて学習への提供を続けてきたのだといいます。

そして、その訪問調査が20年で80件となったため、本書にまとめたということ。つまり、多くの方々の実体験がベースになっているのです。

“「気づき」のすすめ”という中心テーマを軸として、現役時代には無関心でも通用していた社会生活のノウハウが網羅されています。

たとえば社会保障制度との関わり方、行政サービスと暮らしとのつながり、町内での人づきあい、生きがいになるような趣味の育て方など広範囲にわたり、“定年先輩”の「気づき」が紹介されているわけです。

「定年ってのは線路の果ての『終着駅』みたいに思ってましたが、いざ、そばに来てみると終着駅じゃなくて『乗り換え駅』なんですね。ここで列車を乗り換えてまだ先に二十年って言うんでしょう。二十年っていえばオギャアと生まれてから成人式までの長さであり、人生八十年というのなら四分の一に当たるわけです。“ついで”や“おまけ”でどうなるものではないですな」(「はじめに」より)

これも著者が実際に話を聞いた“定年先輩”のことば。「人生80年」どころか、いまでは「人生100年時代」と言われているのですから、なおさら“ついで”や“おまけ”でどうなるものではないということになるのでしょう。

初版が2009年2月なので相応の年月は経ているものの、いま読んでも十分参考になる一冊です。

定年後に第二の人生を切り拓いた先輩たち

『幸福な定年後』(足立紀尚 著、晶文社)は、定年後に第二の人生を切り拓いた47人に話を聞いたインタビュー集。そういう意味では『定年後を楽しむ人・楽しめない人』と共通していますが、「あとがき」を除けば全510ページすべてが話し言葉で埋められているため、なかなかのボリューム感。

しかも「新しい『仕事』に挑戦する」「好きなことに熱中する」「職人の技をきわめる」「商売をはじめる」「終のすみかをさだめる」「高齢社会に生きる」「日本を飛び出す」「仲間と過ごす」「家族のかたち」自分流の隠居を楽しむ」という10テーマに分けられているため、興味のあるパートから読んでみることも可能です。

カナダのヴィクリトリアに別宅があって、カナダと日本との間を半年ごとに行き来しています。別宅といってもアパートメント・コンドミニアム、日本風に言えばマンションです。一九九九年の秋に購入したものです。夏の間はあちらで過ごします。肌寒くなってくると静岡県伊東市の自宅に戻って冬を越すというパターンで、一年を過ごしています。(中略)こうやって話をしていると、なんと贅沢な生活を送っているのかと思われることでしょう。でも、これらはぜんぶ自分で働いて稼いだお金を使ってやっていることです。いくらお金があっても、あの世までは持って行けません。しかも、使えるのは元気なうちだけです。(260~269ページより)

これは部品メーカーに勤務していたという静岡県の男性(当時68歳)の話。ここからも、定年後の生き方にもいろいろなパターンがあるのだなということが実感できるのではないでしょうか?

  • 『幸福な定年後』(足立紀尚 著、晶文社)

    『幸福な定年後』(足立紀尚 著、晶文社)

年を取ることだけは経験できない、という言い方がされることがある。定年も同じかもしれない。いくら話を聞いたり計画を立ててみたところで、けっきょくその時になってみないとわからない。つまり定年はすべての人にとってフロンティアなわけである。定年という未知の世界に対して挑戦していく“開拓者”こそが、個性的でユニークな定年後を実現させているということだろうか。(「あとがき」より)

著者はこう記していますが、そういう意味でも定年は新たなスタートラインなのかもしれません。これらの書籍を通じて“定年先輩”のことばや考え方に触れ、自身の定年後、ひいては老後をイメージしていきたいものです。

著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)

作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。