悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、毎日の満員電車がつらいと感じている人のためのビジネス書です。

■今回のお悩み
「毎日の満員電車がつらい」(34歳男性/建築・土木関連技術職)

  • 毎日の満員電車が辛い(写真:マイナビニュース)

    毎日の満員電車が)


会社勤めをしていたころは、僕も毎朝電車通勤していました。車を使うことも少なくなかったのですが、それでも基本的な交通手段はやっぱり電車。

とくに通勤に時間がかかるようになったのは、結婚して以降のことです。東京都下の小さな駅から私鉄に乗り、途中でJRに乗り換えて都心のオフィスまで通っていました。たしか、1時間ちょっとかかったんじゃなかったかな。もっと時間をかけている人はたくさんいるのですから、その程度で文句は言えませんが、それでもなかなかつらい時間ではありました。

いまでもはっきりおぼえているのは、私鉄の混み具合です。別にその線だけが悲惨だったわけではなく、他の路線でも似たようなものだと思うのですが、通勤時間帯の殺気立った雰囲気が怖くて怖くて。

懸命につり革につかまっていると、どこかから罵声や口喧嘩が聞こえてくるなんてこともしばしば。「肩が触れた」とか「押した」とか、そんなことでモメているようで、満員なんだから仕方ないだろとも思うのですが、毎朝ぱんぱんの電車に乗せられれば、そりゃーピリピリしても無理はありません。

ましてや、あのころ以上に精神的に余裕のない人が増えているであろう現代は、さらに空気がピリピリしているとも言えそうです。本人の問題というより、先の見えない社会情勢がそうさせる部分もあるのでしょうが、いずれにしてもさまざまな要因が、通勤をつらいものにしているわけです。

ただ、できることなら心を平穏に保ちたいものですよね。通勤時間に疲弊してしまったのでは、以後の仕事にも影響が出ることになるでしょうし。

電車の中でイライラしない秘訣

そこで参考にしたいのが、その名も『電車の中を10倍楽しむ心理学』(渋谷昌三 著、扶桑社)。電車内は人間観察に最適なので、マン・ウォッチングをして人を見る目を鍛えようという考え方を軸とした書籍です。

著者が着目しているのは、数々の迷惑行為への対処法です。座席の座り方からヘッドホンの音漏れまで、さまざまな迷惑行為がありますが、自覚のない人に怒って注意しても伝わらなかったりするもの。それどころか、下手をすると注意した相手から逆ギレされるというリスクすらあるかもしれません。

だから、結局はイライラを募らせるばかりになってしまうわけです。でも、そんな気持ち、どうにかならないものなのでしょうか?

迷惑行為の種類にもよりますが、たとえば、「構内での喫煙」とか「乗降時のマナー」など、自分ではどうにもコントロールしようのない迷惑行為と、自分の受け取り方で何とか楽しめそうな迷惑行為がありそうです。 そこで、数々の迷惑行為の中から、心の持ちようで楽しめそうな迷惑行為について、その行為者を観察し、背景や行為者の性格を探ってみようというのが、本書の試みです。(「[始発]心のイライラ、何とかしたい!」より)

迷惑行為をする人の心理を読み解くことができれば、その人とその振る舞いを冷静に見られるようになるということ。そうすれば、車内でのイライラも多少は楽になるかもしれないという考え方です。

  • 『電車の中を10倍楽しむ心理学』(渋谷昌三 著、扶桑社)

    『電車の中を10倍楽しむ心理学』(渋谷昌三 著、扶桑社)

とはいえ迷惑行為に遭遇すると、反射的にイラッとしてしまったり、つまりは否定から入ってしまいがち。考え方をすぐに転換できれば苦労はないけれど、それはなかなか難しいことでもあるわけです。

しかし、だからこそ著者は「受容」の重要性を強調しているのです。心理学において「受容」とは、なんの評価もせずに受け入れることだそう。

初対面の相手に対して、「何となく苦手な人だな」と思うのと、「いい人だな」と思うのとでは、接し方がまったく変わってきます。車内で乗り合わせた人に対しても、いきなり「嫌なヤツだ」と思うと、ずーっと嫌な気持ちを引きずってしまいます。(「[始発]心のイライラ、何とかしたい!」より)

先入観にとらわれないように意識したほうが、電車内での快適度は増すかもしれないということ。

「イヤホンからのシャカシャカ音」や「車内で化粧をする女性」など、ストレスにつながりがちな要因は多種多様。しかし、それらの理由を心理学的な観点から解説した本書を読んでみれば、多少なりとも気持ちを穏やかに保てるようになるかもしれません。

しかし同時に、自分自身のコンディションをよりよくしておくことも重要でしょう。疲れがたまっていたのでは、精神的な余裕を持てなくなったとしても仕方がないのですから。

「疲れ」をためず、通勤時間でリフレッシュする

『医師が教える「疲れ」をためない5つの習慣』(西多昌規 監修、文庫ぎんが堂)は、精神科医である著者が“疲れ”と上手につきあう方法、誰でも簡単に実践できるリフレッシュのコツなどを紹介したもの。通勤時間のリフレッシュ法についても多くのページが割かれているため、満員電車のつらさに悩んでいる方にとっても実用的な内容だと言えます。

まずは自分がどれだけ疲れているかを知るために、「リフレッシュ診断」をしてみましょう。これらのいずれかに当てはまる人は、いますぐリフレッシュすべきだというのです。

□仕事で「疲れてる?」、「顔色が悪いよ」と言われた
□通勤電車やバスの中で、深いため息をついてしまう
□体が重たく感じられ、リズミカルに歩けない
□外の景色、緑の街路樹などを見ても心が癒されない
□駅などの人混みにイライラする
□とにかく仕事に行きたくない
□仕事に区切りがついてもスッキリしない
(56ページより)

通勤時は、自然と「仕事モード」に切り替わっていくのが理想。ひと晩ぐっすり眠ってもとれないモヤモヤ感、仕事に行くのが憂鬱だという思いは、疲れというよりメンタル面から来ているのかもしれないと著者は分析しています。

  • 『医師が教える「疲れ」をためない5つの習慣』(西多昌規 監修、文庫ぎんが堂)

    『医師が教える「疲れ」をためない5つの習慣』(西多昌規 監修、文庫ぎんが堂)

そこで注目すべきが第2章「通勤時間でリフレッシュ」。タイトルからもわかるとおり、通勤時間にリフレッシュするためのさまざまなアイデアが紹介されているのです。

しかも決して難しいことではなく、「歩く時間を増やす」「通勤電車の中で立ったままプチ筋トレする」「つり革やバッグを持つ手を変える」など、すぐにできることばかり。試してみれば、意外に気持ちが変わるかもしれません。

通勤途中なんとなくダルくて、仕事に行きたくない。それで「ああ、自分はダメだ」と自分を責めることがありませんか? 人には、午前中調子がよいタイプと午後になって調子が出るタイプとがあり、後者なら朝が不調でも当たり前。遺伝子や生育環境によるもので、個人のやる気の問題ではありません。「そのうち調子は出るさ」と気楽に構えましょう。(61ページより)

このようなアドバイスを受け入れてみるだけでも、前向きな気分になれそうです。

脳を鍛える「脳番地」とは?

疲れをためずに済むようになったら、次は頭を活性化したいところ。その際には、『アタマがみるみるシャープになる! 脳の強化書』(加藤俊徳 著、あさ出版)を参考にしてみてはいかがでしょうか?

筋肉を鍛えるのと同じように、脳をトレーニングしようという発想に基づいた書籍。といっても「脳トレ」をしようということではなく、「脳」に関する効果的な「トレーニング」を紹介しているのです。

従来の「脳トレ」は、そのほとんどが、衰えを自覚しやすい記憶力やひらめきという機能を「鍛え直す」ものでした。ですから、皆さんの中にも、「脳トレ」というと「老化を防止する手段」と考えている人が多いのではないでしょうか。この本のトレーニングは、そのような後ろ向きで受動的な考え方ではなく、「なりたい自分」を手に入れるために脳を積極的につくり変えていく、という考え方に基づいています。いわば、脳を自分流にデザインするトレーニングと言えるかもしれません。(「はじめに」より)

  • 『アタマがみるみるシャープになる! 脳の強化書』(加藤俊徳 著、あさ出版)

    『アタマがみるみるシャープになる! 脳の強化書』(加藤俊徳 著、あさ出版)

脳を正しく鍛えるために必要なのは、著者が提唱している「脳番地」という概念を理解すること。

脳には1000億個を超える神経細胞が存在しています。このうち、同じような働きをする細胞同士が集まり、脳細胞集団を構成しています。そして、この細胞集団は、それぞれの働きによって脳内に「基地」を持っています。思考に関わる細胞集団はA地点、記憶に関わる細胞集団はB地点、運動に関わる細胞集団はC地点……といった具合です。私たちが何か行動を起こすときには、多くの場合、この脳細胞集団が複数で連携して働いているのです。そして、この脳細胞集団と、その細胞集団がよりどころとしている基地のことを、私は「脳番地」と名付けました。わかりやすく言えば、場所によって働きが異なる脳を1枚の「地図」に見立て、その働きごとに「住所(番地)」を割り振ったというわけです。(24~25ページより)

そこで、「思考系」「感情系」「伝達系」「理解系」「運動系」「聴覚系」「視覚系」「記憶系」と8系統に分けられたなかから、適した脳番地を選んで鍛えれば、効果が期待できるわけです。

たとえば今回のご相談の場合、なにかを考えるときに深く関係する「思考系脳番地」、喜怒哀楽などの感情を表現するのに関与する「感情系脳番地」を鍛えておけば、なにかと役立ちそうではあります。

もちろん、それですぐに満員電車のつらさを解消できるわけではありません。しかし日常的にトレーニングを積み重ねていけば、脳の働きがシャープになり、それが通勤時の気持ちにも影響を与える可能性があるということです。

ちなみにトレーニングといっても、「身近な人の長所を3つ挙げる」「自分の意見に対する反論を考えてみる」(「思考系脳番地トレーニング」より)、「出かける前に『なにがあっても怒らない』と唱える」「『楽しかったことベスト10』を決める」(「感情系脳番地トレーニング」より)など、すぐにできることばかりなのでご安心を。


満員電車での通勤はつらいものですが、それが避けられないものである以上、少しでもつらさを緩和することが必要。今回ご紹介した、それぞれタイプの異なる3冊のなかから、ヒントを探してみてはいかがでしょうか?

著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)

作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。