悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「マルチタスクができない」と悩む人へのビジネス書です。

■今回のお悩み
「シングルタスクでマルチタスクができない」(52歳男性/営業関連)


マルチタスク、すなわち複数の作業を同時進行で行うことの重要性が説かれるようになってから、ずいぶん時間が経ちます。スピード感を求められる時代だからこそ、無駄を省いて効率を高めるべきだということなのでしょう。

たしかに、無駄を省くこと自体は大切だろうと思います。しかしその一方、個人的には"マルチタスク信仰"に強い違和感を抱いてもいます。そもそもマルチタスクは、複数のタスクを並行して実行するコンピューターのシステムを指していたわけですが、それを人間に当てはめること自体がナンセンスだと感じるのです。

もちろん世の中には、複数の仕事をリズミカルにこなしていける「すごい人」もいるのでしょう。しかし、そういう人こそが例外であり、大多数の人にとってそれは容易なことではないはずだからです。

そこまで断言できるのは、経験的に「人間にマルチタスクは向いていないな」と実感しているからにほかなりません。

私ごとで恐縮ながら、僕は1日に数本の締め切りがあるような日常を送っています。それらを「マルチタスクでこなしています」と断言できればかっこいいのですけれど、現実的にそれはあり得ないこと。結局のところ、複数の仕事はひとつひとつ、コツコツとこなしていくのがいちばん効率的だなと日々感じているのです。

だからこそ、"マルチタスク信仰"にはあまり左右されないほうがいいと考えるわけです。

さて、この問題について、ビジネス書はどう答えてくれるのでしょうか?

仕事ができる人は「分ける」

われわれが生きている世の中は、多くのことが分けられており、きちんと分けられていると(認識すると)私たちは「分かりやすい」と感じるのです。(「はじめに」より)

こう主張しているのは、『仕事が速くてミスしない人がやっている「分ける」仕事術』(吉田英憲 著、フォレスト出版)の著者。大手電気メーカーでIT営業や企画業務に携わったのち、中小企業向けの経営コンサルタントとして独立した人物です。

  • 『仕事が速くてミスしない人がやっている「分ける」仕事術』(吉田英憲 著、フォレスト出版)

多くの経営者、経営幹部、社員と接するなか、仕事ができる人には"「分ける」という行為を意識的・無意識的に行っている"という共通点があることに気づいたというのです。しかもそれは、役職・経験・業務・業界・年齢・学歴に関係なく、誰でも何歳からでも習得できるのだとか。

たとえば今回のご相談内容に関していえば、「タイムマネジメント」に関する考え方が役に立つかもしれません。

タイムマネジメント(時間管理)という言葉を聞いたことがありますか? 時間を管理するとは、1日のスケジュールにおいて「何を」「いつ」行なうかの行動管理をすることです。1日のスケジュールを計画するとき、行動管理にも「分ける」を使うことができます。(92ページより)

当然のことながら、社会人には自分で自分の行動を管理する能力が求められます。ところが、「分ける」ことができている人とそうでない人では、スケジュール管理において大きな差が出てしまうというのです。

報告書作成において、分けることができている人は、(1)構成を検討するのに5分、(2)作成に20分、(3)確認に5分など、作業を分けて、それぞれにかかる時間を見積って、締め切りを意識して作業します。それに対して、分けることが苦手な方は、報告書作成で「だいたい30〜40分だろう」とアバウトな見積りをして、気がつけば予定時間がすぎてしまっていることが多い印象です。(92ページより)

もちろんそれは、作業を分けていないため、見積もりが甘いことが原因。些細なことのようですが、こういったことが1〜2年続けば大きな差がついてしまうことになるでしょう。時間の使い方が上手な人と苦手な人では、同じ時間働いたとしても仕事の成果が大きく変わるということ。そういう意味では、マルチタスク以前にタイムマネジメントを重視すべきだと考えることもできるのではないでしょうか?

すべての仕事は「ルーティン」

クリエイティブディレクターである『いちばん大切なのに誰も教えてくれない段取りの教科書』(水野 学 著、ダイヤモンド社)の著者は、「すべての仕事は『ルーティン』である」と断言しています。すなわち、「仕事はすべて同じ」だということ。

  • 『いちばん大切なのに誰も教えてくれない段取りの教科書』(水野 学 著、ダイヤモンド社)

段取りが苦手な人や、そもそも段取りをしない人は、「毎日が新しいことの連続」であるように捉えているもの。だから段取りをしないのかもしれませんが、それでは時間もかかり、実現の可能性も薄れて当然。しかし現実問題として、仕事において「毎日が新しいこと」などありえないというのです。

まず、どんな仕事にも「締め切り」があります。「与えられた時間内に完成するようにスケジューリングする」という点で、すべての仕事は同じです。
また、やりとげるまでのタスクも基本は同じではないでしょうか。
やるべきことが「1」から「10」まであるとして、たまに「4」がない仕事があったり、あるいは「1.1」「3.1」などのイレギュラーもあったりしますが、基本が「1から10である」というのは変わりません。(92ページより)

つまりは考えることも同じ、やることも同じ、すべてがルーティンだということ。違うのは「考えた末に生まれたアイデア」や「実行した結果、できあがった成果物」であって、プロセスは同じだという考え方なのです。

したがって、段取りさえきちんとつくってしまえば、どんな仕事もルーティンとして確実にやり遂げることができるわけです。

もちろん無駄な作業も減って、漏れや抜けもなくなることでしょう。そのため「間に合わない」「できなかった」ということもなくなるわけで、"マルチタスク以上"の効率にも期待が持てるかもしれません。

時間を短縮するよりも効率を上げる

"マルチタスク信仰"の根底にあるのは「時間は短縮しなければならない」「無駄な時間は省くべきだ」という考え方なのではないでしょうか? しかし『ピークパフォーマンス』(野上麻理 著、WAVE出版)の著者は、時間を短縮するよりも効率を上げるべきだと主張しています。

  • 『ピークパフォーマンス』(野上麻理 著、WAVE出版)

意識しておくべきは、仕事の効率化に欠かせないという「3つのスキル」。

A. 目的を明確に定義する能力
B. 情報のインプット、アウトプットの速さ
C. 物事の本質をシンプルにつかんで説明する能力
(150ページより)

目的意識の明確化は、生産性の高い組織、目標達成を再重要視している組織では当たり前のこととして行われているそう。著者の場合は若いころから、"なんのためにやるのか"を自分で説明する指導を受けていいたことがよいトレーニングになったそうです。

次の「情報のインプット・アウトプット」については、以下のような記述があります。

情報のインプット、アウトプットの速さというのは、簡単に言えば速読、速書の能力です。実は、「A. 目的を明確にする能力」があれば、情報の取捨選択がやりやすくなるので、「B. 情報インプット、アウトプットの速さ」にもつながります。そして訓練すればさらに速くできるのです。(154〜155ページより)

著者の場合、情報のインプットに関しては、まず全体像を把握してから細部を必要なレベルまでチェックしたそうです。一方、情報のアウトプットについては、とにかくモデルになる定型文や定型メールを持っていて、まずはなぞって書くのがおすすめだといいます。

ビジネス文書は、できるだけ定型文を使うことで書く手間を省くことができるわけです。もちろん読む側に とっても、内容に集中できるという利点が生まれることになります。

「C. 物事の本質をシンプルにつかんで説明する能力」のベースとなるのは、実は「A. 目的を明確にする能力」です。なぜなら、物事の本質というのは、何を目的にしているかによって変わってくるからです。(158ページより)

シンプルであること、明確であることの重要性は、複雑に変化するビジネスの世界でさらに増していると著者はいいます。複雑なことを複雑に説明したり、そのまま実行するのは誰にでもできること。しかし重要なのは、複雑なことをシンプルに説明でき、シンプルな実行プランに落とすことだというのです。

たしかに仕事を効率的にこなしていくためには、こういったことを意識することも重要なのではないでしょうか?