内田有紀と寺西拓人がW主演を務めるフジテレビ系ドラマ『ラストノート』(毎週木曜22:00~ ※FOD・TVerで見逃し配信)の第4話が、30日に放送された。

本作は、20歳差という年齢はおろか、育った環境や経験にも大きな隔たりがある“恋をするはずがない/恋するわけにはいかない”男女が惹かれ合う大人のラブストーリー。

ハート形のピクルスに胸を高鳴らせ、ぎっくり腰のよろめきから失われた香りを取り戻す――今回は、恋愛ドラマとは最も遠そうな生活感を次々と“ときめき”に変えながら、20歳差の2人が抱く好意の複雑さを浮かび上がらせた。

  • 急激なジョブチェンジを果たした澄晴(寺西拓人) (C)フジテレビ

    急激なジョブチェンジを果たした澄晴(寺西拓人) (C)フジテレビ

ハートのピクルスから香りの復活へ、“ときめき”の連打

愛と憎しみは表裏一体、純粋さと愚かさは紙一重、喜劇と悲劇は背中合わせ――人間の感情や物事の見え方は、葵(内田有紀)に対して元夫・創(徳井義実)が何げなく口にした一言のように、実に“複雑”である。

そして、第2話のレビューで私自身が「今作を見てまず浮かんでしまう反応は“笑い”だった」と述べたように、本作は可笑しいようで哀しく、単純に見えながら難解で、滑稽なようで美しく、ありきたりのようで奇跡にも思える。そんな“複雑性”を十二分に備えた作品であることを、改めて実感させられる第4話であった。

第一に、前回まで既製品の絵画を女性たちへ売りつける“ロマンス詐欺”まがいの商売をしていた澄晴(寺西拓人)が、第4話冒頭では一転して引っ越しのアルバイトに汗を流している。その急激な変化は、ある意味では改心でもあるのだが、ある意味では滑稽にも思える泥臭さの極みでもある。

普通ならあまりにも急激なジョブチェンジであり、違和感を覚えてしまうところだ。しかし今作は、その大胆な設定変更を、とてつもない爽やかさで成立させてしまった。それを可能にしたのが、前回から感じていた澄晴の“純粋性”である。

もし寺西拓人が演じる澄晴に純粋性がなければ、この急激な変化に説得力はなかっただろうし、「本当に改心したのだろうか?」という疑念も残ったに違いない。だが寺西拓人が持つ圧倒的な透明感が、複雑な境遇を抱えながらも根は単純で真っすぐな澄晴という人物に、確かな血を通わせている。だからこそ、葵と楽しく食事をしたハンバーガーショップという、“それだけ”でそのままアルバイトを始めてしまうという単純な行動すら、“純粋さ”として受け止められたのである。

次に驚かされたのは、ラストで葵が再び香りを感じられるようになった“ときめき”への導き方だ。そのきっかけとなるのが、序盤から妙に丁寧に積み重ねられてきた“ぎっくり腰”の伏線である。

しかもその前段には、ハンバーガーショップでの何げない会話から生まれた“ハートのピクルス”という、恥ずかしさと隣り合わせの“ときめき”がある。それを踏まえたうえでの“ぎっくり腰”によるよろめき、そして香りを取り戻す奇跡のような“ときめき”へ――まさに“ときめき”の連打だったのである。

  • (左から)寺西拓人、内田有紀 (C)フジテレビ

    (左から)寺西拓人、内田有紀 (C)フジテレビ

恋か母性か――まだ噛み合わない2人の“好き”

本来、ときめきを狙いすぎれば、観る側はかえって冷めてしまう。しかし本作は、それらすべてを恋愛の高揚感へと転換させ、最後には“香りを取り戻す”という奇跡のような瞬間へとつなげてしまったのだ。

また今作の主人公は、50代を目前にした女性と20歳年下の青年である。50代間近だからこそ、ハンバーガーを無防備に食べれば胃もたれもするし、ふとした瞬間にぎっくり腰にもなる。どれだけ美しく、感覚が若々しくても、身体は正直なのだ。

そんな年齢ならではの生々しさを、「胃もたれ」や「ぎっくり腰」という極めて“ときめかない”、生活感のある事象で紡ぎながら、そこから一気に“ときめき”へとなだれ込ませたのである。

――確かに、こんな恋愛ドラマは見たことがない。

胃もたれやぎっくり腰という非ドラマティックな出来事でさえ、恋の高揚感へと転化してしまう。その展開は、まさに喜劇と悲劇が背中合わせであることを体現しており、思わず舌を巻いた。

これは余談だが、“ぎっくり腰”には温湿布なのか? 冷湿布なのか? という、あるあるのアンビバレンツ(両面価値)まで想像してしまった私は、おかしいのだろうか…?

とはいえ、本当に興味深いのは、それぞれの“愛”のかたちである。

優子(坂井真紀)が澄晴へ向ける感情は、愛と憎しみがないまぜになったものである一方、父・眞澄(佐々木蔵之介)が澄晴へ向ける感情は、もはや愛ではなく執着だ。

このように分かりやすいアンビバレンツが描かれる一方で、主人公2人の感情はさらに複雑である。澄晴が葵へ抱く思いは、母親を知らずに育った人生を埋め合わせようとする愛なのかもしれない。逆に、葵が澄晴へ向ける思いは、恋愛というよりも、成長していく子どもを見守るような愛情にも映る。

つまり本作は、年の差の男女が惹かれ合うラブストーリーでありながら、第4話の時点ではお互いの“好き”がまだ恋愛として噛み合っていない。だからこそ面白いのである。

外側から見れば、年の差のボーイミーツガールに立ちはだかる数々の障害を描いた物語だ。しかし、その実、肝心の2人自身が抱える“好意”の正体こそが最も複雑なのである。

単純な恋愛ドラマに見えて、その実、最後まで答えを急がない。その“複雑さ”こそが、『ラストノート』という作品最大の魅力なのかもしれない。そして第4話は、その魅力をこれまで以上に確かなものとして見せつけてくれた。

  • (C)フジテレビ