北村匠海が主演を務めるフジテレビ系ドラマ『サバ缶、宇宙へ行く』(毎週月曜21:00~ ※FOD・TVerで見逃し配信)の第9話が、8日に放送された。

本作は、海辺の町で教師になるという“なんとなく”の動機で、とある田舎町の水産高校に赴任してきた新米教師が、同じく“なんとなく”日々をやり過ごしてきた生徒たちと出会い、高校自慢の「サバ缶」を宇宙食にするという夢に向かっていく、実話をもとにした青春学園ドラマ。

前回は、これまで意図的に避けてきたとも言える「夢をバカにする人たち」が描かれた。そして最終章前となる今回は、もう一つ、このドラマがあえて正面から描いてこなかったものが映し出された。それが“挫折”である。

  • 北村匠海=『サバ缶、宇宙へ行く』第9話より (C)フジテレビ

    北村匠海=『サバ缶、宇宙へ行く』第9話より (C)フジテレビ

“夢に届かなかった瞬間”が意図的に避けられてきた印象

考えてみれば今作は、いわゆるドリームカムトゥルー型のドラマでありながら、その過程で生じる大きな挫折や絶望を意外なほど描いてこなかった。もちろん、生徒同士の小さな衝突や、サバ缶開発における試行錯誤はあった。けれど、多くの作品でクライマックスとして描かれるような、“夢に届かなかった瞬間”は、これまで意図的に避けられていたようにも思える。

しかし今回描かれたのは、その瞬間だった。宇宙日本食候補への選出から1年半。卒業を目前に控えた生徒たちは、人生のすべてを懸けてきたとも言える結果を待っていた。そこで突きつけられたのは、認証に届かなかったという現実である。

それは紛れもない“挫折”だ。同時に、この展開を見ながら思ったのは、今作は本当に挫折を描いてこなかったのだろうか?ということでもあった。

振り返れば、この宇宙食サバ缶プロジェクトは、世代から世代へと連綿と受け継がれてきた夢だった。つまり、その過程には当然、夢をかなえられなかった生徒たちが存在する。途中で卒業していった生徒たちもいたし、結果を見ることなく去っていった生徒たちもいた。それでも彼らは次の世代へ夢を託し、バトンを渡してきたのである。

その過程には確実に“挫折”があった。ただ今作は、それを“挫折”として描かなかっただけなのだ。夢がかなわなかったことよりも、夢が受け継がれていくことのほうに視線を向けていたからである。そして、その痛みをあえて前面に出さず、夢を追い続ける人々のまっすぐな思いに焦点を当ててきたからこそ、私たちはこのドラマに何度も心を洗われてきたのだろう。

だからこそ今回、あえてその痛みを正面から描いたことには、意味があったように思う。そして、その意味は生徒たちだけではなく、主人公・朝野(北村)にも向けられていた。

  • (C)フジテレビ

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「朝野はこんなにも悩み、こんなにも責任を感じていたんだ…」

何度も言及してきたが、朝野は熱血教師ではない。前に立って導くタイプでもない。生徒を信じ、静かに見守る教師だ。時にはその姿勢が冷たく見えることすらあった。

そんな朝野が今回、初めて本音をのぞかせる。生徒たちが夢をかなえられなかった悔しさ。そして、自分がもっと導くべきだったのではないかという後悔である。

これまで飄々(ひょうひょう)として見えた朝野もまた、何も感じていなかったわけではない。むしろ誰よりも長い時間、その痛みを抱え続けていたのである。今回描かれた挫折は、生徒たちの挫折であると同時に、朝野という主人公の挫折でもあったのだ。

それは展開として見れば決して早くはない。むしろ驚くほど遅いと言っていい。けれど、このドラマはここまで積み重ねてきた時間があったからこそ、その重みが伝わった。

最終章直前になって初めて、「朝野はこんなにも悩み、こんなにも責任を感じていたんだ…」と気付かされる。その感情のダイナミズムは、9話かけて見続けてきた視聴者だからこそ味わえるものであった。

そしてラストでは、新たな世代へと夢のバトンが渡された。夢はまだかなっていない。けれど終わってもいない。むしろ、この物語はずっとそうだった。誰かがかなえられなかった夢を、次の誰かが引き継いでいく。だからこそ、この作品はここまで続いてきたのである。

最終回で待っている結末は、おそらく誰もが想像しているものだろう。だが、このドラマはこれまで何度も予想とは少し違う角度から“夢”を描いてきた。だからこそ最後にどんな形でこの物語を締めくくるのか? その瞬間を見届けるのが今から楽しみでならない。

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