熊本空港とJR豊肥本線三里木駅を結ぶ「阿蘇くまもと空港アクセス鉄道」について、熊本県議会で詳細な調査報告が行われた。熊本日日新聞や西日本新聞の報道によると、県が過去に独自に策定した概略案について鉄道・運輸機構が精査したところ、事業費は消費税込みで約480億~約616億円と、県が概算していた約416億円を大きく上回ったため、熊本県知事は「いったん立ち止まる」と表明、事業化を再検討するという。

  • 熊本空港、熊本駅、三里木駅などの位置関係(地理院地図を加工)

阿蘇くまもと空港の軌道系アクセスについては、当連載第151回「熊本空港アクセス鉄道構想が具体化、JR九州は費用負担に応じるか」で紹介した。モノレール、路面電車なとの案から鉄道案に決定し、2018年12月の県議会で熊本県知事が推進を表明したという状況だった。記事タイトルにあるJR九州の費用負担については合意できた。ただし、建設費として計上する形ではない。空港アクセス鉄道が開通し、JRの既存路線の乗客が増えた場合、増益額の一部を空港アクセス鉄道に拠出する。ただし総事業費の1/3が上限となる。

■4つのルート案、共通点と差異は

今回の調査結果は、2018年の調査結果の詳細も明らかにしている。事業費について、三里木駅から阿蘇くまもと空港まで高架として約380億円、消費税込みで416億円だった。2018年当時は税抜きの費用が報じられたが、今回の調査結果は税込み額も併記されている。2019年10月の消費税増税を反映するためと思われる。

需要予測について、2018年の調査では1日あたり6,900人だった。今回の調査では7,500人となり、600人の増加となった。空港利用者の推定目的地を見直し、鉄道沿線から離れた利用者を除外して1,700人の減少。しかし空港利用者以外の利用者は2,300人の増加とした。中間駅付近の県民総合運動公園、運転免許センター、居住者の利用者増と、空港付近に移転する東海大学農学部の通学需要を見込んでいる。

今回明らかになった4つのルート案「A1ルート」「A2ルート」「Bルート」「Cルート」は、すべて単線で、起点の三里木駅、終点の熊本空港駅のほか、県民総合運動公園付近に中間駅を設置するとしている。

三里木駅では、現在のホーム南側に新設ホームを追加する。両ホームの間に線路1本を敷き、ここを空港アクセス線発着ホームとする。豊肥本線は両ホームの外側を使い、下り列車、上り列車のどちらからも同じホームで乗り換えられるようにする。

中間駅は高架駅ですれ違い可能とし、対向式ホームで線路を挟む2面2線の構造。熊本空港駅は現在の一般駐車場エリアに高架駅を設置し、1面2線の行き止まり式の終端駅となる。熊本空港は今年度から空港ターミナルビルの建替えに着手するため、駅と新ターミナルビルは連絡通路で直結する方式になるだろう。建て替えるならターミナルビル本体に乗り入れるなど、工夫がほしいところだ。

列車は2両編成6本を準備し、通常は2両編成、多客時期は4両編成で運行する。最高速度は95km/h。空港アクセス線内の所要時間は9~10分。運行時間帯は5時台から24時台で、運行本数は1日49往復、片道1時間あたり2.5本、24分ごとの発車となる。運賃は三里木駅から空港駅までの区間で420円。これはJR九州の水準(10kmまで230円)と比べてほぼ倍額となる。

  • 熊本空港アクセス鉄道のルート案概略(地理院地図を加工)

「A1ルート」は2018年の構想をもとに、中間駅から空港駅までの間を高架からトンネルに変更した。このトンネルも4つの案に共通している。熊本空港は標高160mの高台にあり、空港の西側は標高170m台と少し高い。三里木駅から続く平地との高低差は約70~100mある。ここを地下にした理由は、高架または地上線路とした場合、空港施設や既存施設との支障があるからと思われる。

「A2ルート」は「A1ルート」のうち、三里木駅付近から国道沿いの市街地を地下にした。「A1ルート」「A2ルート」はともに全長約9.3km、所要時間は熊本駅から空港駅まで39分。「A1ルート」の事業費は税込みで約480億円。4ルートのうち最も安いが、市街地を高架とするため、用地交渉に難がある。「A2ルート」は用地交渉件数が減る一方、事業費は税込みで542億円に跳ね上がる。

「Bルート」は、「市街地を地下にするならA2ルートにこだわらず、最短距離でいい」という割り切った案になった。全長は約9.0km、所要時間は39分となる。300m程度の短縮で所要時間も変わらないが、総事業費は税込みで約504億円となり、「A2ルート」より約38億円の節約となっている。

「Cルート」は、「空港施設等への影響を考慮したルート」として南側に迂回する案。「A1ルート」「A2ルート」「Bルート」は空港駅予定地への最短ルートとなっているため、陸上自衛隊の西部方面航空隊、高遊原分屯地にかかってしまう。これを回避する案と思われる。全長は約10.7kmに伸びるものの、所要時間は約40分と、1分しか変わらない。ただし、距離が長い分、用地交渉の手間はかかる。総事業費は税込みで約616億円と最高額になった。

  • 現在の三里木駅(地理院地図)

  • 三里木駅は2面3線に。線路は直通しない(熊本県資料をもとに作成)

■費用便益比1.5の前提が崩れる? それでも熊本空港アクセス鉄道は必要

熊本県の現知事は空港アクセス鉄道の建設が選挙公約だった。産経新聞によると、知事選では慎重派の候補から、「事業費の見積もりが少なすぎる」と指摘されていたという。推進派の現知事が空港アクセス鉄道に慎重になった理由として、大幅なコスト増が挙げられる。

おもな要素は空港付近のトンネル化による土木費の増加、そして鉄道・運輸機構による設備費の精査による。調査報告書では、車両費を12両分から6両分に減じ、ルート変更による用地費も削減したが、それでも増加分を賄えない。初案の概算見積が甘かったといえる。

さらに新型コロナウイルス感染症の影響で、移動需要の予測も見通せない状態になった。費用便益比は概算見積時点では1.5と及第点だったが、今回の調査結果では、他の交差手段に対して鉄道による定時性が優位か否かは計上できていない。また、パーソントリップ調査などから、空港への移動手段を自家用車から鉄道に転換する利用者の便益がマイナスとなるおそれもある。経済合理性を欠く結果も予想される。

そこで熊本県は、「空港アクセス検討委員会」を設置し、有識者、交通事業者、空港関係者、経済団体代表、行政による議論を深めていくことにした。知事発言の「いったん立ち止まる」はこの作業を示す。空港アクセス鉄道を建設するとしても、高額な事業費について県民の理解が必要になる。

筆者は以前、熊本空港から熊本駅へ向かうバスに乗ったことがある。所要時間は約60分で、ダイヤ通りの運行だった。しかし、路面電車が行き交うあたりから交通渋滞が断続的に続く。それを見越したダイヤではあるものの、土地勘がないから不安になった。それは熊本空港へ向かう帰路も同じだった。鉄道アクセスがあれば安心感が増す。

熊本空港から熊本駅まで約60分という所要時間も、かなり微妙に思える。博多駅からアクセス良好な福岡空港は発着便が多く、競争原理が働くために航空運賃の割引も大きい。LCCも就航する。福岡空港から熊本駅まで、九州新幹線を利用すれば1時間以内で着くケースもある。新幹線経由なので5,000円程度かかるが、地下鉄から在来線に乗り継げば2,430円に抑えられるし、熊本市の市街地へ向かうなら高速バスが安く、これらの交通手段とLCCを組み合わせる旅行者もいるだろう。福岡空港と競争し、熊本空港の利用者を増やすためにも、熊本空港アクセス鉄道は必要と思われる。

4つのルート案を見ると、費用重視であれば「A1ルート」が有力、用地交渉のスピード感なら「Bルート」が良さそうに思える。「Cルート」は事業費が大きすぎて、国は支援に難色を示すだろう。陸自の拠点用地使用に協力していただくしかない。

付け加えるなら、やはり豊肥本線に直通して、空港駅から熊本駅まで乗換えなしで結んでほしい。三里木駅の構造を見ると、直通の可能性はある。問題は、線路を接続した途端に、JR規格の高レベルな安全対策費用が事業費に上乗せされることだろう。ひとまず非直通で完成させ、利用者が見込めるようになってから直通化工事を実施してもいい。ちなみに、熊本空港から熊本駅までバスだと800円。確実な定時性が担保できるなら、空港駅から熊本駅まで運賃600円程度でも利用者の不満は少ないだろう。

「空港アクセス検討委員会」がこれらの要素を踏まえ、鉄道建設に前向きな結果を導くことを期待したい。