当事者から正式な発表がないため、なんともいえないけれど、久々にJR北海道の明るい話題だった。

NHKが1月24日、「JR北海道“道内路線に東急電鉄の観光列車”で最終調整 経営立て直しの一環」と報じた。東急電鉄の「THE ROYAL EXPRESS」を2020年までにJR北海道で走らせる構想だという。情報源は「関係者」とされており、JR北海道か東急電鉄かは特定されていない。しかし、記事の末尾で国土交通省のコメントを得て、「JRの線路で私鉄による観光列車の運行は異例」と締めくくっている。

  • 「THE ROYAL EXPRESS」が北海道を走る!?(写真は2017年撮影)

「国土交通省に取材した」ときに「そんな話は聞いたことがない」と否定されていたなら、このような報道にはならないはず。したがって、ほぼ決まりとみることもできる。

■「THE ROYAL EXPRESSの車両」か「新たに製造」か

翌1月25日、共同通信は「THE ROYAL EXPRESSの車両」と明記して記事を配信した。この配信を受けて、ほぼ全国の配信先新聞社が一斉に報じた。JR北海道の経営問題は公共交通機関の危機として、地方にとって関心が高い。観光列車による鉄道と地域の活性化も地域の関心事となっている。「なるほど、余所から豪華車両を借りたら観光列車を運行できるのか」と思った読者も多いかもしれない。

しかし、「THE ROYAL EXPRESS」の車両をJR北海道で運行するという部分が引っかかる。JR北海道で観光列車に適した「大自然の景観」区間のほとんどは非電化だ。札幌都市圏は交流電化である。「THE ROYAL EXPRESS」は直流電車であり、北海道で自力走行はできない。そもそも「THE ROYAL EXPRESS」は伊豆急行の車両であり、東急電鉄が親会社だとしても、伊豆急行の「とっておき」営業車両を持ち出せば伊豆急行の収益に影響する。

ちなみに、報道後の東急電鉄の株価は週明けの1月28日までやや下がったけれども、すぐに回復している。投資家にとっては、東急の業績影響は少ないとみているようだ。

北海道新聞は1月25日の朝刊にて、一面でさらに詳しく報じている。「JR東日本と東急電鉄、JR北海道の三社が提携し」と始まる。筆頭がJR東日本であり、この構想の鍵を握っていると暗に示している。車両に関しては、「新たに製造する豪華車両の運行を検討している」と書かれてあった。車両は北海道内向けの専用車両となりそうだ。NHKの報道を受けての裏取りが行われたようで、確度が高いかもしれない。

車両については、北海道新聞の「新たに製造する」が妥当と思われる。「THE ROYAL EXPRESS」が走るとしても、それはおそらくブランドを使うという意味合いではないか。

ただし、2020年までに車両を「新たに製造する」場合、いまからコンセプトを検討し、設計して……という通常の手順では間に合わないと思える。既存車両を改造するとしても、車両数が不足しているJR北海道には、改造のタネになる車両がなさそうだ。観光列車にふさわしいJR北海道の車両として、「クリスタルエクスプレス」や「ノースレインボーエクスプレス」があるけれど、これらの車両は多客期に臨時列車などに使用されるので、JR北海道としては失いたくないだろう。そもそも老朽化しており、内装を改良してまで延命する必要性があるかは疑問だ。

JR九州やJR四国など、国鉄時代に製造された普通列車用の気動車を改造し、観光列車として走らせているところもある。JR北海道の場合は普通列車用の気動車も不足しており、減便した区間さえある。とても観光列車化できる状態ではない。そうなると、JR東日本が余剰車を提供して改造することも考えられる。NHKの第1報では東急電鉄とJR北海道が主体だったけれども、実際にはJR東日本が鍵を握っているようだ。

■「THE ROYAL EXPRESS」で試験走行の可能性も

とはいえ、「THE ROYAL EXPRESS」の車両を使用する可能性もゼロではない。車両を新造するにしても改造するにしても、新たな観光列車を走らせるにはそれなりの投資が必要だし、客室乗務員などの人材も必要となる。観光列車で重要な要素は車両だけでなく、居心地の良い雰囲気を作るためにスタッフの育成も必要で、時間とお金がかかる。「走らせてみたけど集客できませんでした」では済まされない。

そこで、「THE ROYAL EXPRESS」の車両とそのスタッフで試験営業を行う可能性が考えられる。「THE ROYAL EXPRESS」は毎週末の運転というほどの頻度ではない。2月は連続5日間、3月は連続2日間、4月は連続5日間を2回となっていて、2週間以上も稼働しない時期がある。このような間合いに北海道へ出張する可能性はある。

ただし前述の通り、「THE ROYAL EXPRESS」は直流電車だ。JR北海道で走らせるならば、客車扱いとして機関車に牽引させる必要がある。その際、室内灯をはじめ客室設備のために電力を供給する車両も必要となる。ここでJR東日本の出番かもしれない。2017年まで「カシオペア」の客車をJR北海道の区間でも走らせていた。JR貨物の機関車を使い、JR北海道の乗務員が担当する。このしくみを活用し、「カシオペア」用の予備電源車を使うとすれば、「THE ROYAL EXPRESS」との連結に必要な部分の改良で済む。

それにしても、伊豆の観光列車「THE ROYAL EXPRESS」が毎週末にフル稼働できない理由は何だろう。「ツアープランで宿泊するホテルを確保しにくい」「臨時列車を増やしたい時期には運行を控える」などの理由があるかもしれない。多額の費用をかけて改造した車両を遊ばせておくのはもったいない。特別な研修を受けたはずの乗務員もフル稼働させたいところだ。

NHKと北海道新聞の報道を両方信じるならば、まずは目標年度の2020年に「社会実験」として「THE ROYAL EXPRESS」を1回または2回走らせ、これをもとに通年運行に向けた新たな車両を開発するという見方になる。短期間で黒字にするならば、長距離で車両を回送し往復させる費用、伊豆急行への車両賃借料も含めて、料金に上乗せされる。観光列車はよほど魅力的で高額料金を設定しない限り、単発では初期コストを回収できない。JR北海道を支援するための「社会実験」となれば、国からの補助を得られる可能性がある。

■「オープンアクセス」の布石か?

ところで、JR東日本が関与するならば、初めからJR東日本がJR北海道で観光列車を運行すればいい話になる。「THE ROYAL EXPRESS」の実績は素晴らしいけれども、JR東日本も「のってたのしい列車」をいくつも成功させており、ノウハウはあるはず。JR北海道にJR東日本が関与しすぎるという懸念を払底するために、東急電鉄との協業という形を取ったとも考えられる。

北海道新聞の報道によれば、運行区間は調整中とのこと。JR東日本としては東北新幹線の需要増に期待し、東急電鉄としては道内7空港の民営化に向けた経営参画を見据えているという。ただし、これらは憶測の範囲内だろう。新千歳空港の経営参画が未確定のうちに、新千歳空港駅発着の観光列車を計画してもあまり意味がない。JR東日本が東北新幹線と北海道新幹線の連携を考慮するならば、函館駅または新函館北斗駅を起点とする観光列車にしたいところだけど、観光に人気のある道東・道北へ向かわせるには距離が長すぎる。

NHK・北海道新聞ともに、取材先は国土交通省あるいはその幹部となっている。もし空港民営化と絡めた話だとすれば、新千歳空港駅の改良も含め、国土交通省によるJR北海道の経営対策とみることもできる。国土交通省は東急電鉄・JR東日本・JR北海道の連携だけにとどまらず、JR北海道の線路を使って他の事業者が列車を営業する枠組み「オープンアクセス」の実現を見据えているかもしれない。