「人生100年時代」と言われる今、20代からの資産形成は待ったなし。とはいえ「投資の目利き力、どうやって磨く?」と悩む人も多いはず。本連載では、20代から仮想通貨や海外不動産に挑戦し、いまはバリ島でデベロッパー事業、日本では経営戦略アドバイザーも務める中島宏明氏が、投資・資産運用の知識や体験談、そして業界の注目トピックを紹介します。

今回のテーマは、「アート投資」です。今年9月に開催されたイベント『アートの処方箋展』について紹介します。

  • 『アートの処方箋展』

    『アートの処方箋展』

投資としての現代アート

絵画や現代アートを購入することは、一般的には趣味や鑑賞の延長と捉えられがちです。しかし、世界には作品を収集する富裕層や投資家が存在し、アートは文化的な価値だけでなく、経済的な価値を持つものとしても取引されています。では、日本で暮らす私たちにとって、アートは資産運用の選択肢になり得るのでしょうか。

2026年9月4日から6日まで、東京の代官山Parksで開催された『アートの処方箋展』では、そのヒントとなるセミナーが行われました。MENITYが主催した同イベントは、医療を支える人々にアートを通じた交流や学びの機会を届けることを目的としたものです。作品展示に加え、医療、美容、キャリア、ビジネスなどをテーマにした企画が展開されました。

今回は、会場で「アートを持つこと」をテーマに登壇したレザミ代表の仮屋洋一郎さんのセミナー内容を中心に、アート市場の現状と、作品を所有することの可能性を紹介します。

インフレ時代、実物資産としてのアートに目を向ける

セミナーではまず、日本の経済環境や資産形成を取り巻く変化が取り上げられました。物価が上昇すれば、同じ金額の現金で買えるモノやサービスは減っていきます。手元にある1万円が、そのまま将来も同じ購買力を持つとは限りません。

こうしたインフレへの備えとして、仮屋さんが選択肢に挙げたのが、金や不動産、アンティークコイン、絵画などの実物資産です。預貯金とは異なる値動きをする資産に目を向けることは、資産の持ち方を考えるきっかけになります。

もっとも、実物資産だからといって必ず価格が上昇するわけではありません。金は国際的な取引市場があり、不動産なら賃料収入が期待できます。一方、絵画の価値は、作家の評価や人気、作品の希少性、取引実績など多くの要素に左右されます。そもそも定期的な収入を生むものでもありません。その違いを理解したうえで、アートを資産という観点から眺めてみることに意味があるのでしょう。

仮屋さん自身は、2012年から不動産投資を始め、複数の法人で不動産やアート、アンティークコインなどの事業を手がけています。アートの話が、美術鑑賞だけでなく経済や投資の話につながっていくのも、そうした経験が背景にあります。

世界のアート市場で、日本のシェアは約1%

セミナーのなかで特に印象的だった数字が、「1%」です。これは、世界のアート市場に占める日本の割合を示しています。

仮屋さんが紹介したアートバーゼルとUBSによる調査では、2023年の市場シェアは米国が42%、中国が19%、英国が17%でした。これに対し、日本は約1%です。上位3カ国が世界の市場の大部分を占めており、日本の存在感は決して大きくありません。文化庁が公表した日本のアート市場に関する調査でも、2023年の国内市場規模は6億8,100万ドルと推計されています。

もちろん、市場シェアが小さいからといって、その分だけ将来必ず伸びるというわけではありません。ただ、美術や工芸などの豊かな文化的蓄積を持つ日本が、国際的なアート取引では限定的な位置にとどまっていることは、考えるべき点でしょう。

価格帯の違いも紹介されました。講演資料によると、2023年の日本の美術品オークションでは、1,000ドル未満の作品が落札点数の48%、1,000ドル以上1万ドル未満が43%を占めています。比較的低い価格帯の取引が中心で、高額作品の取引は限られているという構図です。

日本には有望な作家がいても、作品の購入者や流通経路、海外への発信の仕組みが十分でなければ、市場の広がりには限界があります。仮屋さんは、アジアの富裕層によるアート収集の動向にも触れ、日本のアーティストを早い段階から応援していきたいという考えを示しました。

  • 登壇中の仮屋洋一郎さん

    登壇中の仮屋洋一郎さん

数十万円で購入した作品が、値上がりすることも

では、実際に作品の価格はどのように変わるのでしょうか。セミナーでは、作家の知名度や評価の高まりとともに取引価格が上昇した例として、ロッカクアヤコさんらの作品が取り上げられました。

また、仮屋さん自身の購入事例も紹介されました。25万円で購入した作品については現在の評価額が60万円、現代アーティストのKYNE(キネ)さんの作品については50万円で購入し、現在の評価額は100万円という例も挙げられています。いずれも評価額であり、その価格ですぐに売却できることを示すものではありませんが、作品の評価が時間の経過とともに変わり得ることは分かります。

ただし、こうした成功事例だけを見てアート投資を判断するのは危険です。将来どの作家が高く評価されるかを予測するのは難しく、購入時より価格が下がる可能性もあります。株式のように市場価格を日々確認できるとは限らず、売りたいときに買い手が見つかる保証もありません。真贋の確認、作品の保存状態、売買時の手数料なども無視できないでしょう。

むしろ興味深いのは、こうした不確実性があるからこそ、アートには投資判断だけでは測り切れない価値が残ることです。仮屋さんの事例からは、値上がりを期待するだけでなく、好きな作家の作品を自分の手元に置く楽しさも見えてきます。

「不動産×アート」で生まれる、別の経済的価値

セミナーは作品の売買だけにとどまらず、不動産とアートの組み合わせにも話が及びました。仮屋さんが実践してきた取り組みの一つが、所有する民泊物件などでアーティストに壁面作品を制作してもらうというものです。

セミナーでは、2018年にまだ広く知られていなかった美大出身のアーティストに物件の壁画を依頼した例が紹介されました。その作品がメディアに取り上げられ、後にホテルや飲食店の壁面制作などの仕事につながったそうです。作品を飾る側にとっては空間の個性をつくる機会となり、制作する側にとっては実績を積み、新たな仕事を得るきっかけにもなります。

不動産の価値は、立地や面積、設備だけでは決まりません。宿泊施設や店舗であれば、その場所でどのような時間を過ごせるかという体験も大切になります。アートは、そうした空間の印象を変える手段の一つです。

もちろん、壁画を描いたからといって宿泊料金や不動産価格が必ず上がるわけではありません。それでも、ほかにはない空間を生み出し、施設の魅力を高めようとする発想は、単に作品を保有して値上がりを待つ投資とは異なります。アートが別の事業と結びつくことで、新しい価値が生まれる可能性を感じさせるエピソードでした。

作品を買うことは、アーティストを支えることでもある

もう一つ、セミナーでくり返し示されたのが、アーティストを応援するという視点です。仮屋さんは、これから活躍が期待される作家を支援するため、アートに関する交流会を定期的に開催しているそうです。

投資の世界では、買った資産がいくら値上がりするかに関心が集まりやすいものです。しかしアートの場合、作品を購入するという行為は、その作家の活動を支えることにもつながります。購入者が増えれば制作を続けるための収入となり、展示や制作の機会が広がることもあります。若い作家にとって、自分の作品を選び、日常の空間に飾ってくれる人の存在は小さくないでしょう。

仮屋さんは、アート投資の良さとして、応援するアーティストの作品を自宅や物件、事務所、飲食店などで日々眺められることも挙げていました。金融商品と違って、保有している間も鑑賞したり、人に見せたり、生活や仕事の場に取り入れたりできます。ここはアートならではの特徴といえるでしょう。

値上がりしたらうれしい。しかし、値上がりしなくても手元に置いておきたい。そんな作品との出会い方ができるなら、資産価値とは別の意味でも、その買い物は豊かさをもたらすのかもしれません。

アートの価値を、お金だけで測らない

『アートの処方箋展』は、医療の現場で人を支える人たちに、アートを通じて新しい出会いや学びを届けようというイベントでした。投資や市場の話は、その趣旨と一見離れているようにも思えます。ですが、作品をつくる人、持つ人、飾る場所を提供する人がつながることで、文化とビジネスの接点も生まれてきます。

日本のアート市場のシェア約1%という数字は、決して将来の値上がりを約束するものではありません。それでも、作品を購入する人や、アーティストを支える仕組みが増えれば、市場のあり方は少しずつ変わっていく可能性があります。

アートを投資対象として考えるうえでは、収益性や流動性などを冷静に見極める必要があります。同時に、自分が本当に好きな作品を選び、その価値を長く楽しむという視点も忘れたくありません。セミナーを通じて見えてきたのは、アートを所有することが、資産運用と文化への参加の両方につながり得るということでした。