「人生100年時代」と言われる今、20代からの資産形成は待ったなし。とはいえ「投資の目利き力、どうやって磨く?」と悩む人も多いはず。本連載では、20代から仮想通貨や海外不動産に挑戦し、いまはバリ島でデベロッパー事業、日本では経営戦略アドバイザーも務める中島宏明氏が、投資・資産運用の知識や体験談、そして業界の注目トピックを紹介します。

今回のテーマは、「ビットコインとブランド」です。

  • ※画像はPIXTA

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「暗号資産といえばビットコイン」

「ブランド」という言葉を目にする機会が増えました。企業のブランド戦略、商品のリブランディング、経営者や専門家のセルフブランディングなど、ビジネスの世界では日常的に使われています。

しかし、「ブランドとはなんですか」と問われたら、明確に答えられるでしょうか。

新しいロゴをつくること。洗練されたWebサイトを用意すること。SNSで多くのフォロワーを集めること。いずれもブランドを伝える手段にはなりますが、それ自体がブランドではありません。

ブランドとは、売り手が一方的につくり上げる「看板」ではなく、長い時間をかけて人々の中に形成される評価や信頼ではないでしょうか。

そう考えたとき、ブランドの成り立ちを考えるうえで、非常に興味深い存在があります。それが、2009年から止まることなく動き続けているビットコインです。

ビットコインには、経営陣もブランドマネージャーも広報部もありません。それでも世界で最も知られた暗号資産となり、「暗号資産といえばビットコイン」と最初に想起される存在になりました。

一体、だれがビットコインのブランドをつくったのでしょうか。

「営業」「マーケティング」「ブランド」はなにが違うのか

ブランドの正体を考える前に、営業、マーケティング、ブランドの違いを整理してみましょう。

営業とは、人が商品やサービスを売る活動です。営業担当者が見込み客を探し、課題を聞き、商品の特徴や導入効果を説明し、契約へとつなげます。売り手から買い手に働きかけなければ、商品が売れない状態ともいえます。売り込んでやっと売れるのが営業です。

一方でマーケティングは、売れるための仕組みをつくる活動です。広告やWebサイト、SNS、セミナー、メール、顧客管理システム、さらにはAIなどを組み合わせ、営業担当者が一件ずつ説明しなくても、見込み客が商品を知り、興味を持ち、購入を検討できる流れを整えます。

営業が「人によって売ること」だとすれば、マーケティングは「なるべく属人的な依存を減らし、チームやシステムなどの仕組みによって売れる状態をつくること」です。

では、ブランドとはなんでしょうか。私は、マーケティングすら強く意識しなくても、人々から自然に選ばれる状態がブランドであると考えています。

「あの商品がほしい」「あの会社なら安心できる」「同じような商品はいくつもあるけれど、自分はこれを選びたい」。そうした感情が人々の中に根づき、価格や機能だけでは説明できない選択が生まれる。それがブランドです。

営業は、こちらから売り込むもの。マーケティングは、売れる仕組みを整えるもの。ブランドは、売り込まなくても選ばれるもの。

もちろん、現実のビジネスでは、この3つを完全に分けることはできません。世界的なブランド企業も広告を出しますし、販売促進も行います。しかし、ブランドが確立している企業の商品は、広告によって初めて価値が生まれるわけではありません。

それまでに積み重ねてきた品質、歴史、体験、評判、物語があるからこそ、広告が機能するのです。

「ブランド」という言葉が看板になっていないか

近年は、PR会社、出版社、広告会社、コンサルタントなどが、さまざまな場面で「ブランド」という言葉を使うようになりました。

ロゴを変えましょう。肩書きをつくりましょう。本を出版しましょう。SNSの投稿に統一感を持たせましょう。

もちろん、こうした取り組みに意味がないわけではありません。企業や個人が持つ価値を整理し、相手に正しく伝えることは重要です。ただし、外側の見え方を整えることと、ブランドそのものを築くことは別の話です。

どれほど美しいロゴを用意しても、商品やサービスに価値がなければ、信頼は長続きしません。SNSで一時的に注目を集めても、発信内容と実態がかけ離れていれば、いずれ違和感を持たれます。

ブランドは、自分で「ブランドです」と宣言した瞬間に完成するものではありません。売り手がつくれるのは、ブランドを伝えるための表現や機会です。それをブランドとして認めるかどうかを決めるのは、顧客や利用者、市場、社会の側です。

ですので、ブランドとは結果のこと。商品をつくり続けた時間、顧客の期待に応えた経験、失敗したときの対応、困難な時期にも事業を継続した実績。そうした無数の出来事が積み重なり、やがて「あそこなら信頼できる」という評価になります。

外見を整えるだけでは手に入らないものだからこそ、ブランドには価値があるのです。

ブランドをつくろうと意識しすぎると、ブランドらしく見せること自体が目的になってしまう場合があります。しかし、本来向き合うべきなのは、なにを提供するのか、なぜそれを続けるのか、だれにどのような価値を届けるのかという中身でしょう。

中身を磨き、行動を積み重ねた結果として、人々の中に残るもの。それがブランドの本質ではないでしょうか。

ビットコインは売り込まずに知られていった

このようにブランドを捉えると、ビットコインは極めて特殊な存在に見えてきます。

暗号資産やweb3について詳しくない人であっても、「ビットコイン」という名前を一度は聞いたことがあるでしょう。暗号資産の名称を一つ挙げてくださいと聞かれれば、多くの人が最初にビットコインを挙げるはずです。

世界には数多くの暗号資産があります。しかし、ビットコインと同じ水準で一般に名前を知られているものは、ほとんどありません。

企業が保有する暗号資産として報じられるのも、機関投資家向けの金融商品として注目されるのも、決済サービスが最初に対応する暗号資産も、多くの場合はビットコインです。これはまさに、ブランドが持つ「最初に思い出される力」です。

消費者が飲料を選ぶとき、検索サービスを使うとき、スマートフォンを買うとき、最初に思い浮かべる企業や商品があります。購入するかどうかは別として、そのカテゴリーを代表する名称として認識されているのです。

ビットコインも、「暗号資産」というカテゴリーそのものを代表する名前になりました。では、だれがそれを売り込んだのでしょうか。

ビットコインを開発したサトシ・ナカモトは、初期の設計と普及に関わった後、表舞台から姿を消しました。現在、ビットコインには運営する本社も、広告戦略を決める経営会議もありません。それにもかかわらず、ビットコインは世界中に広がっていきました。

価格上昇への期待だけが理由ではありません。中央管理者を置かずに価値を移転できる仕組み、その技術的な新しさ、既存の通貨や金融システムに対する問いかけなど、多くの人がそれぞれ異なる理由でビットコインに関心を持ちました。

利用者が別の人に伝え、開発者がソフトウェアを改善し、マイナーがネットワークを維持し、企業がサービスを開発し、メディアがその動きを報じる。だれか一人が統括しているわけではないのに、世界中の参加者によって認知と信頼が積み上げられていきました。

ビットコインは、ブランドをつくろうとした人が一人もいないのに、ブランドになりつつあるのです。

ブランドマネージャー不在という逆説

一般的な企業ブランドには、責任者がいます。経営者が理念を掲げ、商品開発部門が品質を磨き、マーケティング部門が価値を伝え、広報部門が社会との関係を築きます。ブランドガイドラインを作成し、ロゴや色、言葉遣い、広告表現を統一する企業も少なくありません。

しかし、ビットコインにはブランドマネージャーがいません。

「ビットコインを今後どのようなブランドに育てるか」と決定できる人もいません。「今年は若年層への認知を高めよう」「次は環境配慮を訴求しよう」と戦略を立てる組織も存在しません。

だれかが勝手にビットコインを高級品として位置づけることも、親しみやすい決済ブランドとして再設計することもできません。

ビットコインがなにであるかは、特定の企業が決めるのではなく、世界中の利用者、開発者、投資家、事業者、規制当局などの関わりの中で形づくられていきます。これは、従来のブランド論から見ると大きな逆説です。

一般的なブランドは、発信内容を管理し、イメージを守ろうとします。ところがビットコインは、だれにも情報を統制できません。肯定的な意見も、批判も、誤解も、過度な期待も、すべてが同時に存在しています。

価格が急騰すれば熱狂的に語られ、暴落すれば「終わった」と言われます。犯罪に使われた事例があれば批判され、金融商品として承認されれば将来性を評価されます。

ブランドにとって不都合な情報だけを消すこともできません。それでもビットコインは残り続けました。

管理されたイメージによって守られてきたのではなく、批判や混乱にさらされながらもネットワークが動き続けたこと自体が、ブランドを強くしてきたのです。

「消えなかった」という事実が信頼になった

ビットコインの歴史は、順風満帆だったわけではありません。価格は何度も大きく上昇し、そのたびに大幅な下落も経験しました。取引所の破綻や閉鎖、不正流出、過剰な投機、規制強化への懸念など、暗号資産業界を揺るがす事件もくり返されてきました。

そのたびに、「ビットコインは終わった」「暗号資産に未来はない」という声が上がりました。しかし、多くの事件で問題を起こしたのは、ビットコインのネットワークそのものではなく、周辺にある企業やサービス、あるいは人間の運営でした。

銀行が破綻したからといって、法定通貨そのものが消えるわけではありません。同じように、暗号資産交換業者が破綻しても、ビットコインのネットワークは動き続けます。

ここには、ブランドとして非常に重要な違いがあります。企業ブランドは、その企業がなくなれば失われる可能性があります。しかし、ビットコインには倒産する本社がありません。解任されるCEOもいません。不祥事を起こした経営陣が、プロジェクト全体の信用を一度に失墜させる構造でもありません。

もちろん、ビットコインに課題がないわけではありません。良くも悪くも価格変動は大きく、保管や利用には一定の知識が必要です。将来的な規制や技術、エネルギー消費をめぐる議論も続いています。それでも、誕生から17年以上にわたって世界中で取引され、ネットワークが維持されてきた事実は消えません。

ブランドに必要なのは、失敗しないことではなく、試され続けても残ることなのかもしれません。多くの暗号資産が登場し、注目を集め、やがて市場から姿を消していくなかで、ビットコインは暗号資産市場の中心に残り続けました。

「最初に生まれたから有名なのだ」と説明することもできます。しかし、最初に登場しただけでブランドになれるわけではありません。長く使われ、何度も検証され、危機を経験してもなお選ばれていることが必要です。

ビットコインが17年かけて築いたものは、価格だけではありません。世界中の人々から批判され、期待され、試され、愛され、それでも消えなかったという履歴です。その履歴が信頼となり、信頼の積み重ねがブランドになりつつあります。

後編では、ビットコインのブランドを支えている「デジタルゴールド」「オンライン上のネイティブカレンシー」「グローバルペイメントサービス」という3つの側面を整理します。