「人生100年時代」と言われる今、20代からの資産形成は待ったなし。とはいえ「投資の目利き力、どうやって磨く?」と悩む人も多いはず。本連載では、20代から仮想通貨や海外不動産に挑戦し、いまはバリ島でデベロッパー事業、日本では経営戦略アドバイザーも務める中島宏明氏が、投資・資産運用の知識や体験談、そして業界の注目トピックを紹介します。
今回のテーマは、人生の火加減です。
足るを知ることを知る
最近、「足るを知ることを知っているのが、あなたの強みだ」と、経営者で投資家の友人から言われました。言われてみれば、たしかにそうかもしれません。
仕事をもっと増やしたいとは、あまり思いません。収入や資産も、必要以上に増やしたいわけでもありません。物欲も強くはなく、「これだけあれば十分」と思うことがますます増えました。
引き算の美学という言葉がありますが、「なにを増やすか」よりも「なにを減らすか」を考えることのほうが多くなっています。
仕事についても同じです。できる仕事をすべて引き受けるのではなく、長く付き合いたい人との仕事や、自分が面白いと思える仕事を残す。家族との時間や、なにもしない時間を守るために、やらないことを決める。
そんなことを考えていて思い出したのが、今年の春、マイナビ出版から新田信行さんとの共著で刊行した『働くこと、生きること、つながること――ダイコクさんが教えてくれた仕事と人生のヒント――』(著・新田信行、中島宏明/マイナビ出版)です。本書は、古民家で静かに暮らす60代の「ダイコクさん」との対話を通じて、料理人の小島や子ども食堂を営む森山が、仕事やお金、人とのつながりについて学んでいく物語です。
書いた当時以上に、今になってこの物語の意味が自分の中で大きくなっている気がします。
なにか足す前に手放してみる
物語の冒頭、小島は仕事に疲れ、ダイコクさんの暮らす古民家を訪れます。
そこでダイコクさんは、自然の中に身を置き、「まず息を吐く」ことを勧めます。呼吸は、吐いてから吸う。本にあるヒントには「手放し→受け取りの循環」という表現があり、さらに「一利を興すは一害を除くに如かず」という言葉も紹介されています。
なにかを良くしようとすると、私たちはつい足そうとしがちです。新しい仕事を始める。資格を取る。人脈を増やす。もっと働く。もっと稼ぐ。
しかし、すでにいっぱいになっているところへ新しいものを入れようとしても、苦しくなるだけかもしれません。
まず吐く。まず手放す。最近、仕事を整理しながら感じているのも、まさにこれです。
新しい仕事を増やすより、億劫な仕事をやめる。スケジュールに空きができても、次の仕事で埋めない。そんな引き算をすると、残ったものがよく見えるようになります。
私の場合は、家族との時間、長く付き合っている人との仕事、文章を書くこと、投資、絵画、音楽、映画、コーヒー。そういうものが残ります。
これは消極的な縮小ではなく、自分にとって大切なものの純度を高める作業なのかもしれません。
人生にも「火加減」がある
本書の中で、個人的に気に入っている比喩の一つが「火加減」です。
資金繰りについて話している場面で、火が強すぎれば焦げてしまい、弱すぎれば味が出ない、ほどよい火加減でじっくり旨みを引き出すことが大切。資金繰りや経営も、料理でいう火加減が大切だと話します。そして、資金繰りだけではなく、人の育成も、店づくりも、人生も「火加減」なのだと続けます。
この「ほどよさ」は、私が考える「穏健な生活」ともよく似ています。
がんばらないわけではありません。でも、燃え尽きるほどがんばる必要もない。仕事をしないわけではありません。でも、一日中仕事をする必要もない。投資もしないわけではありません。でも、毎日相場を見て売買をくり返す必要もない。
強火にし続けるのではなく、ときには弱火にしたり、火を止める。がんばらずに、がんばる。長く続けるためには、そのくらいの火加減がちょうどいいのではないでしょうか。
「一人で困らない」は、人間関係の数ではない
本書では、人とのつながりについてもくり返し描いています。
子ども食堂を一人で背負っていた森山に、ダイコクさんは「自立と孤立は違う」と伝えます。困ったときに手を挙げられる関係をつくっておく。そしてだれかが困ったときには、そっと支えられる状態をつくる。「関係性の設計」です。
これは、仕事にもそのまま当てはまる気がします。私はこれまで広告を出したり、積極的に営業したりしてきませんでした。それでも仕事が途切れなかったのは、長く付き合っている人から自然に紹介が生まれてきたからです。
本書には、「資産」とはお金だけではなく、だれかが自分のことを思い出してくれる関係性そのものではないか、という趣旨の場面もあります。
金融資産と同じように、人との関係にも時間をかけることで蓄積するものがある。広く知られることより、少数の人と深く長く付き合う。私には、そのほうが合っているようです。
ステレオタイプな「成功者」にならなくていい
本書の最後で、ダイコクさんは小島と森山に4つの言葉を伝えます。
「やってみよう」
「ありがとう」
「なんとかなる」
「ありのままに」
そして、「本当の自分らしさは、貫くものというよりも、滲み出るものだ」と話します。 私は、いわゆる「成功者ブランディング」には懐疑的です。経営がうまくいった。投資で資産が増えた。本を出した。それらはすべて、人生の途中にある出来事にすぎません。その一瞬を切り取って、「成功者」という固定的な人物像をつくる必要はないと思うのです。
むしろ、自分が何者かを強く演出しようとすると、その虚像を維持するために生きなければならなくなります。
「ありのままに」は、なにも努力しないという意味ではありません。自分を必要以上に大きく見せず、いまの自分にできることを続ける。その人らしさは、そうして長く生きているうちに自然と滲み出てくるものなのかもしれませんね。
穏健な日々は、目標や夢のあとにあるものではない
「いつか余裕ができたら、穏やかに暮らしたい」と考える人は多いです。しかし、穏やかに暮らすのは、なにかを達成した後でなくてもいいのではないでしょうか。
仕事をほどほどにする。家族と過ごす。好きな人と話す。資産を長期で育てる。不要な仕事を減らす。音楽を聴きながらコーヒーでも飲む。それで十分なら、それを今からやればいい。
本書を書いたとき、私は新田さんをモデルにダイコクさんという人物を描きました。古民家で季節の作物を育てながら、困っている人が来れば話を聞き、必要な言葉を伝える。
書いていたときは特段、未来の自分を描いているつもりはありませんでした。けれど最近、自分の最晩年について考えてみたら、意外なほどダイコクさんに似た生活を想像していました。
物は少ない。仕事も少ない。でも人とのつながりは残っている。だれかから「ちょっと相談してもいいですか」と連絡が来たら、コーヒーでも飲みながら話を聞く。そんな暮らしも、きっと悪くありません。
もっと手に入れることが豊かさなのではなく、なにがあれば十分なのかを知っていることが豊かさなのかもしれません。
人生にも火加減があります。強火で走り続ける時期もあれば、弱火でじっくり味を出す時期もある。40歳になった今年、弱火の良さがわかってきた気がしています。
いま読み返すと、この物語が教えてくれるのは、どうすれば無理なく、長く、豊かに生きられるかなのかもしれません。
