「人生100年時代」と言われる今、20代からの資産形成は待ったなし。とはいえ「投資の目利き力、どうやって磨く?」と悩む人も多いはず。本連載では、20代から仮想通貨や海外不動産に挑戦し、いまはバリ島でデベロッパー事業、日本では経営戦略アドバイザーも務める中島宏明氏が、投資・資産運用の知識や体験談、そして業界の注目トピックを紹介します。
今回は、エグゼクティブ・リゾートワーカーの佐々木雅士さんに、約5年ぶりに「AI時代の社長の働き方」についてお話を伺いました。
社長が海外で仕事をする意義とは?
約5年前、まだコロナ禍だった頃に佐々木さんが語っていた「エグゼクティブ・リゾートワーカー」の主眼は、社長がいなくても回る会社をどう作るかにありました。社長がオフィスを離れることで、社内の業務は見える化され、だれがなにを判断し、どの情報を共有すべきなのかが整理されていく。結果として、属人的だった業務が仕組み化されて、組織が自走し始める。前回の記事では、その考え方が中心にありました。
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しかし、この5年で経営環境は大きく変わりました。最大の変化は、生成AIやAIエージェントの登場です。以前であれば、社長が外に出る大きな目的の一つは「会社を自走させること」でした。いまはそこにもう一段階、別の意味が加わっています。AIを使いながら、事業そのものを見直し、業務フローを自動化して、さらに洗練されたビジネスモデルを構想する時間を確保することです。
「社長の一番大事な仕事であり、かつ社長にしかできない仕事は、ビジネスモデルの洗練と拡大だと思うのです。組織づくりや採用、業務の推進は社員の誰かに任せられる。しかし、リスクを取って新しい事業を考え、それに挑戦していけるのは社長だけです」
佐々木さんはそう話します。AI時代になっても、社長の仕事がなくなるわけではありません。むしろ、社長にしかできない仕事がくっきりと浮かび上がっているようです。
社長の仕事は、管理ではなく、新しいことを構想すること。目の前の課題解決ではなく、会社の未来を設計して方針を示すこと。そのためには、電話やチャット、社内の細かな相談から意識的に距離を置く時間が必要になります。
「会社にいると、どうしても雑音が入ります。チャットも電話も来る。目の前の問題に引っ張られる。だから、あえて外に出て、今日は新しい取り組みのことだけ考える、という時間を作るべきです」
AIは人員削減だけではなく「組織の前提」を変える
佐々木さん自身も、この数年でAIによる組織の変化を実感しています。その象徴的な出来事が2026年に入ってからのベトナム現地法人の解散でした。そこで手がけていたのは、人材紹介事業です。日系企業で働きたいベトナム人求職者の履歴書を読み解き、深掘りの質問を行い、日本企業とのマッチングや推薦文作成まで行うキャリアアドバイザーの業務がありました。
以前は、ベトナム語で求職者とやり取りできる現地のキャリアアドバイザーが必要不可欠でした。ところがAIの登場で、履歴書や職務経歴書を読み込み、不足している情報や確認すべきポイントを自動的に洗い出せるようになりました。さらに、企業との自動マッチングや企業向けに推薦文のたたき台まで自動で作成できるようになりました。
「今まではベトナム人のキャリアアドバイザーが4人必要でした。でもAIを使えば、確認すべき質問も、推薦文もベトナム語が不要で作れる。そうなるとあとは企業と求職者の間に立って、きちんとコミュニケーションできる人がいればいい。結果として、そのための日本人の在宅スタッフ1人で回せるようになりました」
人員は4人から1人へ。現地法人をベトナムに置いておく必要もなくなりました。固定費は下がり、サービスの質は上がりました。これは単なる人件費削減の話ではありません。業務のどこを人が担い、どこをAIに任せ、どこを社員に委ねるのか。経営者がその設計を見直す時代になったということです。
佐々木さんは、AI活用には大きく2つの軸があると考えています。ひとつは、AIとの壁打ちです。集中できる場所でAIと対話しながら、事業構想やビジネスモデルを深掘りしていく。もうひとつは、業務フローの再設計です。これまで人の能力や経験で回していたプロセスを、AIエージェントを前提に組み直すことができます。
ただし、それをオフィスの雑音の中でやるのは簡単ではありません。だからこそ、リゾートワークの意味が変わります。リフレッシュのために遊ぶのではなく、AIと向き合い、会社の構造を作り直すために、社長は外に出るのです。
移動する社長だけが「次の事業」に出会える
佐々木さんにとって、移動は単なる気分転換ではありません。ビジネスを生むための行動そのものです。過去にはタイ、ミャンマー、ベトナム、シンガポールに会社を設立し、現地で事業の可能性を探ってきました。
タイに出た後、隣国のミャンマーにも足を運びました。現地では、宝くじのネット販売、金の採掘、マイクロファイナンスなど、複数の事業を検討したといいます。宝くじのネット販売は、政府認定の民間企業との交渉まで進みました。金の採掘事業では、現地ならではの危うさにも触れました。マイクロファイナンス事業は、現地の金融当局や中央銀行の関係者とも面会し、実際に事業も行いました。しかし結果的には、政情の変化があって撤退を余儀なくされました。しかし佐々木さんは、それらも含めて「外に出たからこそ得られた経験」だと捉えています。
「日本にいながら、どこかの国でビジネスを開始するのはやっぱり難しい。外に出て、人に会って、自分の目で見て、そこで初めて『これはできるかもしれない』という発想が生まれるんです」
その延長線上に、ドバイ進出があります。かつて、海外展開や事業承継、相続対策の拠点として人気があったのはシンガポールでした。日本との時差が少なく、アクセスもしやすく、税制面の魅力もありました。しかし近年は、ビザ取得や銀行口座開設のハードルが上がり、以前ほど使いやすい拠点ではなくなりつつあります。
一方でドバイは、低い法人税や所得税の面で税金面でのメリットがあり、会社設立やビザ取得のハードルも比較的低いといいます。さらに、AIや暗号資産に前向きな都市としても注目されています。 日本からは距離があり、5時間の時差がある。しかし佐々木さんは、その環境を逆手に取っています。
「ドバイはシンガポールより遠く、時差がある分、日本の日中のノイズ(電話やチャット)に邪魔されない『社長の独り時間』を作りやすいんです。夕方以降に日本の連絡が落ち着いてから、じっくり思考に没頭できる。そうして日本のノイズから離れることで、新しい人や情報、そしてAIや暗号資産のような最先端の領域にも、自然と視野が向くようになります」
旅費規程活用は「攻める移動」の仕組み
エグゼクティブ・リゾートワーカーを語るうえで、佐々木さんが重視している実務が「役員旅費規程」です。制度を正しく整え実装することで、出張に伴う日当などを適切に支給でき、結果として可処分所得を増やすことにもつながります。しかし、佐々木さんが見ている本質は、そこだけではありません。
「役員旅費規程を導入すると社長は出張を増やすようになるんです。出張が多くないと言っていた人でも、外に出る機会を意識して増やすようになります。いろんな人に会い、いろんな場所に行き、今まで見えていなかった情報に触れるようになるんです」
出張規程を整えると移動することが楽しくなります。移動が増えれば、人との出会いも得られる情報量も増えます。そこから新規事業の種が生まれます。つまり役員旅費規程は、単なる節税手法ではなく、社長の行動を前向きに変えるための仕組みでもあるのです。社長が新しいことを吸収してこなければ、会社は徐々に衰退していきます。
佐々木さんは、そうして増えた可処分所得を「再投資」に回すことが大切だと話します。
「事業投資でも、自己投資でもいい。積極的に海外に出て、普段会えない人と会う。視野を広げて視座を高める。そうした体験が、次の意思決定の好材料になります」
「社長の究極の遊びは、ビジネスだと思うんです。遊んでいても頭の中では常に事業のことも考えている。24時間、365日、社長は社長です。だから、ちゃんと考えるための環境を作った方がいい」
この言葉には、佐々木さんらしい実感があります。移動は浪費でも消費でもありません。会社の未来を考えるための時間と空間に投資することでもあります。
ワーケーションの先にある「決断する場所」を持つ
ワーケーションという言葉は、すっかり一般化しました。前回の取材では「ワーケーションを極める」というテーマでお話ししましたが、AI時代の今、その本質はさらにアップデートされています。
社員にとってのワーケーションは、休暇と仕事のバランスをどう取るかという話になりやすいものです。しかし社長にとっては違います。社長は、どこにいても会社のことを考えています。リゾート地に行っているからといって、完全に仕事を忘れるわけではありません。むしろ大切なのは、片手間で会社の未来を考えるのではなく、真剣に集中して考える時間をそこで持つことです。
「リラックスすることだけが目的ではありません。ノイズを消して、会社の方向性や事業のことをじっくり考える。今日はこのテーマだけを考えると決めて、意図的にその時間を作ることが大事なんです」
AI時代の経営者に求められるのは、マルチタスクやAIエージェントによる自動化ですべてを自分でこなす能力ではありません。なにを社員に任せ、なにを役員に任せ、なにをAIに任せるのかを決めること。そして、社長にしかできない大きな挑戦を考え、リスクを取って前に進むことです。
佐々木さんの会社でも、新規事業の案はまず社長が考え出します。そこから役員がリスクや法的な論点、実現可能性を見て、進めるものと止めるものを選別していく。たくさんの案の中から、ほんのわずかが生き残り、事業になって進んでいきます。「このトライ&エラーをくり返すことが、社長の役割です」と佐々木さんは話します。
エグゼクティブ・リゾートワーカー2.0とは、リゾート地に行って仕事をするという働き方の話ではありません。社長が会社の外に出て、AIと向き合い、多くの人と出会い、世界の変化を肌で感じながら、次の事業を構想するための経営戦略を構築する働き方をする人のことです。
「これは、金融資産の投資だけでなく、自分の時間や会社の資本を『どこに投下すべきか』という、経営者としての『未来への投資の目利き力』の話でもあります。20代のうちから、こうした有形無形の“未来への投資”の感覚を養っておくことが、これからの時代を生き抜く武器になるはずです」
組織が自走するだけでは足りません。AIと協働し、世界を見ながら、自社の未来を描く。そのために、社長はもっと会社を離れていい。むしろこれからの時代は、会社を離れる時間を持てる社長ほど、会社を強くしていくのかもしれません。
