和歌山県の「日本一短いローカル私鉄」こと紀州鉄道が再び存廃危機に見舞われている。一度は関西の大手企業に譲渡を打診し、鉄道事業の存続を託そうとしたが、白紙となったという。鉄道ファンには「リゾート企業の看板」として知られる路線だが、地元の御坊市にとっても「地域の幹線鉄道」として重要な存在。まちづくりと合わせた再生が望ましい。
不動産会社の買収劇で生まれた鉄道だった
紀州鉄道は紀伊国にちなんだ社名を持ちながら、実体としてはJR紀勢本線の御坊駅から分岐し、西御坊駅までを結ぶ2.7kmの短い路線。開業当時から赤字だったが、戦時中は軍需輸送の恩恵もあった。戦後は日高川の水害やモータリゼーションの影響もあり、経営が悪化。1973年に磐梯電鉄不動産が御坊臨港鉄道を買収し、社名を紀州鉄道とした。この買収劇は、御坊市の交通機関を守ろうという意図より、「鉄道会社の看板が欲しい」という不動産会社側の事情が大きかった。当時は鉄道会社の看板があると信用を得やすく、イメージアップになった。
この経緯については、本誌記事「紀州鉄道が廃線!? 中国系企業が買収『広告看板』の鉄道は要らない?」(2025年11月23日掲載)でも書いた。同記事で紹介した通り、2021年に紀州鉄道は中国系企業に買収されている。「鉄道が信用の看板」という経緯が評価されず、親会社の中国系企業から「紀州鉄道が赤字の鉄道事業を抱える必要はない」と判断された。
御坊市、和歌山県、地元経済界は存続を要望している。しかし、紀州鉄道不動産部門の内部補助がなくなると、鉄道の維持費、赤字の補填は自治体負担になる。まるごと経営を引き受けるとなれば、鉄道より低コストのバス転換も視野に入るだろう。
熱意が相手企業に響かず、事業譲渡は失敗に…
紀州鉄道は鉄道存続の道を探るため、大阪の大手企業に鉄道事業の譲渡を打診した。鉄道事業譲渡の発案者は、紀州鉄道代表取締役社長の中川源行氏ではないかと思われる。筆者は2020年に中川氏のインタビュー取材を行ったことがある。鉄道事業に理解があり、「鉄道趣味の人気もあり、数千万円の赤字は広告費と考えれば高くない。会社の歴史と事業規模を考慮すれば、鉄道を失うことがイメージダウンになりかねない」と語っていた。
過去の例を挙げれば、旧南海貴志川線は岡山電気軌道に事業譲渡され、和歌山電鐵となった。水間鉄道は飲食店を経営するグルメ杵屋の資本参加で経営再建した。
しかし、熱意は相手企業に響かなかったようだ。10月9日、紀州鉄道は御坊市に、事業譲渡は合意に至らなかったと報告した。
相手企業の辞退も理解できる。買い手にとって、企業買収・事業譲受のおもな目的は、「健全経営でありながら後継者がいない事業を引き継ぐ」「新たに進出する分野について、イチから事業を立ち上げるより、既存の企業を手に入れたほうが早い」「会社の買収により、コスト削減や市場拡大、営業利益増加などのシナジー効果がある」の3つである。
紀州鉄道はこれらのどれにも当てはまらない。しかも毎年数千万円の赤字であり、既存施設の更新等で、近い将来に大きな出費が予想される。まるで修繕積立金が底をついた中古マンションのようにも思えてしまう。水間鉄道をグルメ杵屋が救った理由は、赤字を出していたバス事業の整理と、会長が戦時中に貝塚市に疎開し生き延びたという縁、感謝の気持ちもあったという。御坊市に篤志家はいないのだろうか。
御坊市は紀州鉄道を「地域内幹線」と位置づける
紀州鉄道を鉄道事業、会社経営の視点で論じれば、「もともと不動産事業の看板として成立したわけで、いまやその意味もない。廃止やむなし」となるかもしれない。一方、御坊市は「不動産屋が勝手にやってる鉄道」とは思っていない。地域の足という認識である。
2024年3月、御坊市は「御坊市地域公共交通計画」を発表した。「地域公共交通のあり方を総合的に示すマスタープラン」であり、「活気運ぶ 御坊の地域公共交通~交流と連携を育む“リ・デザイン”で使いたくなるサービスへ~」を基本理念に掲げている。この中で、紀州鉄道を「地域内幹線」と位置づけ、「御坊市内で、交通結節点である御坊駅と御坊市街地とを連絡する市内移動の動脈。通学を中心に、日常生活の移動を担うとともに、この鉄道自体が観光資源としての役割をあわせて担う」役割とした。
御坊市の人口分布は紀州鉄道線の東側が多い。事業所も同社沿線に分布している。従業者数は紀州鉄道線西側の集積がとくに大きい。小売販売額の分布も紀州鉄道線西側で高い。病院や診療所は紀州鉄道線の東西両側に分布する。鉄道の需要がある条件は備わっているようにも見える。なぜ鉄道は利用されないのだろうか。
2024年度、紀州鉄道の旅客輸送量は9万2,000人だった。このうち定期利用者は4万5,000人。紀州鉄道のおもな利用者は通学生である。2022年12月14日の現地調査によると、学門駅付近の和歌山県立日高高校に通う生徒が82.5%とのこと。一方、定期外利用者は4万7,000人だった。
御坊市が「観光資源」と認識しているように、紀州鉄道は「日本一短いローカル鉄道」として知られ、鉄道ファンや旅行者らが訪れる。しかし効果は薄く、2019年度までの20年間で利用者は約40.3%減となった。同時期の御坊市人口は約20.3%減だから、人口減少以上の速度で鉄道利用者の減少が進んでいる。利用者の減少は通学生の減少による影響とみられるが、鉄道離れが加速していることの表れでもある。
御坊市の調査によると、市民の8割以上が運転免許を所持しているという。成人のほぼ全員とみていいかもしれない。地域公共交通を月1回以上利用する人は、市民の1割しかいない。駅へ向かう交通手段は自転車と徒歩が最多。JR線(紀勢本線)の御坊駅に行く手段として、自家用車と二輪車が全体の2~4割となっている。紀州鉄道沿線の人々も、JR線を利用するために紀州鉄道から乗り換えるのではなく、御坊駅へ直接向かう人が多い。なにしろ紀州鉄道は延長2.7kmしかない。沿線の人々にとって、JR線の御坊駅は自転車圏内ともいえる。
市民アンケートから「維持」への改善点も見えた
御坊市は紀州鉄道と路線バスをまとめてアンケートを実施している。アンケートの結果、「維持すべき」が約8割、「廃止もやむなし」が約2割となった。「維持すべき」の内訳として、「利用者と行政が協力・負担して維持すべき」が約3割と多数を占め、続いて「利用者負担は増やさず、行政の協力・負担で維持すべき」「利用者と行政に加え、沿線の住民や企業等も協力・負担して維持すべき」となった。「利用者の協力・負担で維持すべき」が約1割で、その他の人々は利用者負担と行政負担が必要と考えている。
「乗らないが必要」という認識が多いようだが、この矛盾を解く鍵は「紀州鉄道・路線バスで重視する事項」の回答で推測できる。「駅・バス停等が安全で快適」69.2%、「JRと乗り継ぎやすい」68.3%、「今後も廃止せず運行を続ける」65.3%、「路線や時刻表が分かりやすい」64.9%など、市民が公共交通に求める要素が明らかになった。
「駅・バス停等が安全で快適」については、御坊駅のバリアフリー設備に対して国、県、市が補助しており、御坊市は2014年に4,860万円を拠出した。地域公共交通に対する財政拠出は、バスに対して運行補助を実施。紀州鉄道には踏切整備費とコロナ禍の事業支援費として、3年間で約2,000万円を負担している。しかし、紀州鉄道は今年10月20日、踏切施設4か所で同時に電源が出力されない不具合が発生し、運休を余儀なくされた。2025年12月にも踏切故障があり、このときは1カ月半も運休した。
「JRと乗り継ぎやすい」も改善点のひとつ。紀州鉄道は現在、6時台から20時台まで15往復を運行している。このうち、御坊駅で新大阪方面の特急「くろしお」に乗り継げる上り列車は6本。ただし、御坊駅に停車する新大阪方面の「くろしお」は12本ある。乗り継ぐ時間も3分程度だから、筆者のような歩行速度が遅い人にとっては、もう少し余裕が欲しい。下りは10分以内で乗り継げる列車が1本あるだけで、あとは間隔が空いている。
加えて、御坊駅を発車する紀州鉄道の最終列車は同駅20時8分発となっており、早すぎるのではないかと感じる。平日の最終「くろしお29号」は御坊駅22時11分着、休日の最終「くろしお31号」は御坊駅23時11分着で、これらの列車に接続する便があれば、紀州鉄道沿線の人々は平日の20時頃、休日の21時頃まで大阪市内に滞在できる。現在は御坊駅19時10分着の「くろしお21号」が紀州鉄道へ乗り継げる最終列車で、大阪市内に17時頃までしか滞在できない。
バスの御坊駅発着便はもっと早く終わるので、大阪市内で夕食を楽しんだ場合、自宅から乗ってきた車または自転車に乗るか、徒歩となる。酒を飲んだら運転できないので、歩くかタクシー、あるいは家人の迎えが必要になるだろう。ひたちなか海浜鉄道は終列車を繰り下げることで集客効果を上げた。紀州鉄道もダイヤの改善点は多そうに思える。もっとも、増発するにも費用が発生するから、御坊市の支援増額が必要になるだろう。
来春の調査結果で方針が定まるか
紀州鉄道が事業譲渡に向けた交渉を始めたとき、御坊市は後方支援の意味合いからか、「紀州鉄道線の必要性や将来的なあり方に関する調査・検討支援業務」の公募型プロポーザルを実施した。見積もり限度額は税込で2,000万円だった。この件は中央復建コンサルタンツが受託しており、2027年3月19日が提出期限となっている。
紀州鉄道が事業を手放し、事業承継する会社がないという状況の中で、鉄道存続の選択肢は限定される。調査結果によっては、御坊市が紀州鉄道の存廃を判断することになる。夢見がちなことを言えば、筆者は終点付近に企業誘致、ウォーターリゾートなど、大胆なまちづくりが必要ではないかと思う。

