和歌山県御坊市の紀州鉄道に存廃問題が浮上した。東洋経済オンラインの11月10日付「大ピンチ『紀州鉄道』2026年中に廃線の可能性も 中国系企業に買収され方針変更、値上げもできず」によると、約3年前に中国系企業に買収され、2024年に不採算事業の鉄道を廃止する方針になったという。自治体の援助も得られず、事業譲渡を模索しているとのこと。廃止期限は2026年度と、地元の日高新報、和歌山放送も後追いで報道した。
紀州鉄道は「紀州」という広大な地域を社名としつつ、実際は路線長2.7kmの小さな鉄道である。JR紀勢本線の御坊駅から南下し、西御坊駅に至る。2002年まで「日本一短い鉄道路線」として鉄道ファンに知られていたが、2002年に芝山鉄道が2.2kmの路線(東成田~芝山千代田間)を開業したため、現在の紀州鉄道は「日本で2番目に短い鉄道路線」となっている。
国土交通省が公開している2022年度の「鉄道統計年報」を見ると、紀州鉄道の年間輸送人員は約10万人。内訳は通勤定期2,400人、通学定期3,100人、定期外4,500人。単純計算で1日あたり273.9人。輸送密度239人/日。鉄軌道営業損益は4,861万8,000円の赤字となる。雑誌「鉄道ファン 2015年1月号」の「日本のローカル私鉄 30年前の残照を訪ねて その18」にて、1969(昭和44)年に赤字に転落して以来、ずっと赤字と紹介されていた。
全国的にローカル鉄道は赤字経営となっており、その中で約5,000万円の赤字は少ないほうといえる。御坊市は固定資産税の半額、60万円を免除としているというが、年間5,000万円くらいなら御坊市と和歌山県が支援しても良さそうに思える。
しかし輸送密度が300人/日以下では、鉄道の利点が生かされているとは言い難い。運行本数は1日18往復36本。1日あたり273.9人を36で割ると、列車1本あたり乗客7.6人。税を投入して存続させるより、なぜもっと早く廃止やバス転換が議論されなかったか不思議に思える。ちなみに並行するバス路線として、南海グループの熊野御坊南海バスが2路線を運行している。
「不動産事業の広告看板」として生き残った
なぜいままで存廃論議が起きなかったかといえば、このローカル鉄道が「不動産事業の広告看板」だったからだろう。運営会社の紀州鉄道は実質的に会員制リゾートビジネスの先駆けで、会員を募るための広告塔として鉄道事業を運営してきた。阪急や東急が鉄道の信用をもって不動産部門を成功させた事例をなぞろうとした。
紀州鉄道の歴史をたどると、前身となる会社は2つある。鉄道の前身となった御坊臨海鉄道と、経営母体の前身となった磐梯電鉄不動産である。
御坊臨港鉄道は、国営鉄道紀勢西線(現・JR紀勢本線)の御坊駅と御坊の市街地、そして日高川河口の港を結ぶ目的で地元有志が設立し、1931(昭和6)年に御坊~御坊町(現・紀伊御坊)間が開業。1年後に松原口(現・西御坊)駅まで延伸。1934(昭和9)年に日高川駅まで全線開業した。営業は赤字ながら貨物営業で立て直し、第二次大戦中は軍需景気で貨物・旅客ともに急増したという。しかしモータリゼーションの波には逆らえず、経営危機に陥る。
そこへ「救いの手」が現れた。不動産事業のために鉄道の看板を欲していた磐梯電鉄不動産が買収し、社名を紀州鉄道に改めて再出発した。
この磐梯電鉄不動産とは、日本硫黄耶麻軌道部、後に沼尻軽便鉄道と呼ばれた鉄道の流れを汲む会社である。沼尻軽便鉄道は福島県猪苗代町の沼尻鉱山で採掘した硫黄鉱石を磐越西線の川桁駅に輸送するため設立された。硫黄は貴重な資源であり、戦時中は行政指導によって地方鉄道の日本硫黄鉄道部となった。
しかし戦後、海外から輸入された原油を精製する際の副産物として安価な硫黄が出回った。日本硫黄鉄道部も鉱石輸送の役割が減少したため、裏磐梯への観光需要で起死回生を図り、1964(昭和39)年に日本硫黄観光鉄道へと名前を変えている。当時は磐梯山への観光客やスキー客の利用が多かったという。ここに目を付けた人物が経営に加わり、1967(昭和42)年に社名を磐梯急行電鉄へと変えた。ただし、電化もされず急行運転も行われないまま、1968(昭和43)年に会社は倒産し、運行休止。1969(昭和44)年に廃止となった。母体だった沼尻鉱山も1968(昭和43)年に生産終了し、閉山した。
磐梯急行電鉄は鉄道会社の信用を利用して観光開発し、あるいは開発すると称して資金を集めた後の計画倒産という疑惑もあった。磐梯急行電鉄の経営陣は新会社として磐梯電鉄不動産を設立。おもな事業は別荘地の開発と分譲だった。別荘を買えない、もしくは所有するには管理が面倒だという人たちに向けて、別荘やリゾートマンションの使用権を販売する。現在の会員制リゾートビジネスを発明したといえる。
磐梯電鉄不動産は鉄道の会社名で事業を再開したが、肝心の鉄道がない。そこで、赤字ながらも手頃な路線距離の御坊臨港鉄道を買収。会社名も変更し、全国に通じる「紀州」を掲げ、紀州鉄道とした。紀州鉄道は会員にリゾートマンションの1室を小口分譲し、会員は特典として各地のリゾート施設を利用できるしくみを開発した。リゾート会員権ビジネスの誕生である。その莫大な利益を生むビジネスの看板として、紀州鉄道鉄道部は赤字でも存続できた。
地域に愛される鉄道であり、「日本一のミニ鉄道」として鉄道ファンにも親しまれた。珍しさに観光客もやって来る。ただし、御坊市に観光・リゾートホテルは建てられていない。紀州鉄道の本社は東京にあり、御坊市には「支店」として鉄道部が置かれている。
鉄道の永続的な運行は「私の目標」と社長は語っていたが…
紀州鉄道の鉄道部が「リゾートマンション事業の看板」であることは、鉄道ファンならずとも有名な話だった。それは逆に、「看板が要らなくなったら廃止のおそれもある」ということでもある。その真意について、筆者は代表取締役社長の中川源行氏にインタビューしたことがある。といっても2009年の話だから、現在とは事情が異なるかもしれない。
中川社長いわく、「紀州の『紀』の字に意味がある。紀州といえば徳川御三家、政界の中心、永田町の隣に紀尾井町だ」と言い、政財界に通じる文字だとしていた。「紀州鉄道は沿線の人々に愛され応援されています。100年以上継続している鉄道事業です」と語り、紀州鉄道というブランドを失うことは他の事業に影響すると考えていた。
「企業経営者として、廃線撤去の費用など、どのくらいの損失が出るかと考えれば、廃線よりきっちり運営したほうが利点が大きい」とも語り、「鉄道を永続的に運行していくことこそが私の目標」とまで言いきった。なお、今回の記事を書くにあたり、この意思に変わりがないかとメールを送ってみたが、残念ながらまだ返信が来ない。3年前に中国系企業がオーナーとなったことで、状況も変わったのだろうか。
鉄道統計年報を見ると、紀州鉄道の「営業外収益」は3億2,859万700円の黒字。全事業経常損益は2億8,775万8,600円の黒字である。莫大な利益とは言わないまでも、5,000万円の赤字部門を支える体力はある。これでは自治体や国への支援も期待できない。
買収した中国系企業にとって、「鉄道を看板として営む」は理解しにくいのではないか。おそらく中国系企業の目当ては紀州鉄道が持つ軽井沢などのリゾート物件と会員権ビジネスだろう。都合の良い会社だと思って買収したら、事業と関連のない場所に小さな鉄道があり、5,000万円の赤字を出している。不採算事業の整理は当然のこと。鉄道会社の看板は要らない。
加えて、紀州鉄道にとって創業事業のひとつだった会員制リゾートビジネスも下火になっている。ある会員権売買サイトに、「処分でお困りの紀州鉄道会員権をお持ちの方へ」という大きな見出しがある。説明文によると、紀州鉄道の会員は3万人から4万人いたといわれているが、現在は10%まで減少しているとのこと。年会費は約8万円で、利用していないにもかかわらず支払い続ける会員や、支払いが困難で滞納している会員もいるという。
もっとも、これはバブル景気の頃に立ち上がった会員制リゾートによくある話で、紀州鉄道に限ったことではない。保有施設は老朽化し、コロナ禍で提携施設が倒産したところもある。いま生き残っている会員制リゾートは、投資して富裕層向けに展開する他に、企業の福利厚生施設として法人会員を募っているところが多い。
紀州鉄道の公式サイトを見ると、新規事業という項目があり、それを紹介するビデオに軽井沢の風景と中国語の字幕が見られた。紀州鉄道は中国からの訪日観光客向け会社として再生しようとしているようだった。
運賃値上げは大変な作業なのか? 同業他社の社長に聞いた
東洋経済オンラインの記事で、筆者が気になったことはもうひとつある。鉄道事業の経営努力として運賃を値上げしたかったが、25年間も値上げできなかったとあった。国土交通省に提出する申請書を書くための専門的な知識や経験を持つ社員が不在だという。人手不足はわかるが、それが原因で値上げできないということはあるのか。
たとえば確定申告や相続税などでわからないことがあれば、税務署に問い合わせれば親切に教えてもらえる。鉄道事業者と国土交通省には、そのようなしくみはないのか。
国土交通省近畿運輸局鉄道部管理課に聞いたところ、「紀州鉄道の件は承知している。もちろんご相談いただければ対応する」とのことだった。
ちなみに、紀州鉄道からの最後の相談は6年前の2019年で、このときは消費税が8%から10%になるため、管内の各鉄道事業者に対応していたという。紀州鉄道からも相談はあったが、説明したきりで手続きは行われなかったとのこと。消費税を転嫁しなかったとなれば、それは実質的に値下げとなる。経営はさらに厳しくなると予想される。
筆者が懇意にしている鉄道会社の社長にも聞いた。他社の経営案件なので名前は伏せるが、A社の社長は「規則に従ってデータをそろえ、規則に従って書類をまとめれば、煩雑ですが大丈夫かと。当然、運輸局も指導してくれると思います」「そんなに難しくはないと思うけれど、経験がないから怖じ気づいているのではないか」とのことだった。
なお、A社でも公式サイト内の問い合わせフォームを通じて、「紀州鉄道を助けて」というメッセージが届いているという。地方のローカル鉄道はどこも他社まで世話するゆとりはないと思うが、そうしたくなる鉄道ファンの気持ちもわかる。
一方、B社の社長はまったく逆の回答で、「結論から申し上げて運賃値上げは大変です」とのことだった。「運賃の専門家が運輸局と首っ引きで2年近くかかると思います。資料の提出や根拠など、コストの割り出しから始まって、運賃値上げの効果や経営改善の度合いなど求められると聞いています。その後、社会への告知、運賃表の書き換え、キップの準備などがあります」と説明。「事務方は2~3人でしょうから、日々の業務もあります。運輸局は『相談していただければ』というでしょうけど、その気にもなれなかった内部事情ではないでしょうか。何しろわからないのですから」ともコメントした。
鉄道会社から見ると、運賃という経営に直結する内容を国が認可するという制度がある。国から見たら、国民生活に直結する運賃値上げはそう安易に実施されても困る。税務署は確定申告で税を納めたい人には優しく教えてくれる。国土交通省も教えてくれるものの、かなり厳しいようだ。
紀州鉄道は2017年1月に脱線事故を起こした。原因は枕木の腐食による軌間拡とされ、コンクリート製枕木への交換を進めているものの、全区間の交換終了は2027年度と報じられている。鉄道統計年表によると、2022(令和4)年度の線路保存費は44万円で、このうち人件費はゼロ。専門業者に外注する予算もないということだろうか。あるいは国の補助金を受けているかもしれない。とはいえ、値上げの申請書も書けない会社に補助金の申請書が書けるのか。
紀州鉄道にとって、鉄道事業は大事な看板のはずなのに、どうも社内の処遇が冷たい。ミニ鉄道とはいえ、乗客の命を預かる仕事である。それだけに、赤字とわかっていて事業を引き受ける会社があるだろうか。残ってほしいとは思うが、現実は厳しい。


