5月29日、岐阜県可児市・御嵩町・八百津町は、名鉄広見線の新可児~御嵩間について「みなし上下分離方式による鉄道存続協議」を終了すると発表した。同日、名古屋鉄道も路線廃止の方針を明らかにしたと報じられた。2007年6月に名鉄が廃止意向を示して以降、約19年にわたって存続協議が続けられた。その間、沿線自治体は赤字補填などの支援を行ってきた。全国の鉄道存廃問題を見ても異例の長期支援だった。
名鉄広見線は犬山駅(愛知県犬山市)を起点とし、御嵩駅(岐阜県御嵩町)までを結ぶ22.3kmの路線。犬山~新可児は複線電化、存廃協議の対象となった新可児~御嵩間は単線電化で、それぞれ異なる経緯で建設された。犬山~新可児間は名古屋鉄道(初代)が建設。一方、新可児~御嵩間は東濃鉄道が建設した軽便鉄道をルーツとしている。
地図や航空写真を見ると、スイッチバック構造の新可児駅を境に、犬山側と御嵩側の違いがはっきり表れている。犬山~新可児間は市街化が進み、平日朝に新可児発中部国際空港行の「ミュースカイ」も運転される。新可児駅を平日6時台に発車する上り列車(犬山方面)は「ミュースカイ」も含めて6本あり、日中時間帯も毎時4本を運転。これに対し、日中時間帯に新可児駅を発車する御嵩行の列車は毎時2本にとどまる。かつて全線を直通する列車も運転していたとのことだが、現在は新可児駅で運行系統が分かれている。
現在の名古屋鉄道は名古屋・岐阜・豊橋周辺の私鉄を合併し、路線網を拡大してきた歴史がある。その一方で、不採算路線の整理も少なくない。1950~1960年代にかけて路線の廃止・短縮が相次ぎ、自動車社会の到来による影響を早くから受けていた。
1970年代以降にいったん落ち着いたものの、2000年以降に再び廃止線区が増えている。背景のひとつに鉄道事業法の改正が挙げられ、鉄道事業の廃止にあたって国の許可が不要となったことも大きい。もっとも、廃止方針が示された後も沿線自治体と協議が行われることが一般的であり、広見線もそうした協議を長年続けてきた路線のひとつだった。
2000年以降、名鉄は8線区を廃止している。1998年11月に5路線6線区の廃止検討を表明し、このうち八百津線、竹鼻線(一部)、谷汲線を2001年10月に廃止。三河線(一部)と揖斐線は自治体との協議で存続の道を探ったが、三河線(一部)は2004年、揖斐線は2005年に廃止された。さらに名鉄は2003年、路面電車の岐阜市内線、美濃町線、田神線も存続について自治体と協議する意向を示した。過去には道路混雑を理由に、自治体から廃止要請まであった線区である。存続に向けた取組みもあったが、2005年に廃止された。
これらの線区は、いずれも名鉄による廃止意向の表明から廃止までの期間が2~7年だった。7年でも長い部類だと思うが、広見線の新可児~御嵩間は2007年の廃止表明から2026年の鉄道存続検討終了まで、約19年も経過している。なぜ長期にわたり存続できたか。その背景には、沿線自治体の可児市と御嵩町による継続的な財政支援があった。議論を先送りするのではなく、真摯に対応し、自治体が予算を投入しながら鉄道の維持に取り組んできた経緯がある。
19年にわたる地元支援、試算では約1億6,000万円のメリット
2007年6月に名鉄、可児市、御嵩町が広見線の対策協議会を設置した。この時点では旅客増加を模索していたと思われる。しかし同年11月、名鉄は「自社単独で路線を維持できない」とした上で、2008年末までに方向性を定めるよう求めた。当時、対象区間となる新可児~御嵩間の赤字は年間約2億4,000万円だった。利用者数は10年前から52%減少して約108万人、輸送密度は2,257人/日で、10年前から約2,000人減少していた。
2008年、御嵩町議会は「名鉄路線対策特別委員会」を設置。商工会・自治会関係者ら10人程度による「鉄道対策懇談会」を開催した。可児市も公共交通をテーマとした会議を設け、学識経験者や市民らが参加した。これらの協議を経て、可児市、御嵩町、八百津町は2010年度から3年間の赤字補填を実施している。総額約3億円とのことで、年額約1億円、赤字額の約4割を補助したと考えられる。2013年度からは3年間の赤字補助を更新し、可児市が約3,000万円、御嵩町が約7,000万円を負担した。この補助が現在も続いている。
なぜ、可児市と御嵩町は約19年もの長期支援を続けられたか。その理由は独自に算出した費用対効果分析にあった。対象区間が廃止された場合に必要な代替交通について、医療、商業、教育、観光、福祉、産業で必要なバスの運行、タクシー券の配布、駅周辺の地価下落による固定資産税の低下を算出すると、鉄道を代替する費用は2億6,390.6万円に達した。
対象区間がなくなった場合、約2億6,000万円の価値を失う。現在の赤字補助は約1億円だから、約1.6倍の効果を得たことになる。これは少なく見積もったケースであり、数値化できない費用として、高齢者の外出機会が減ることで介護事業費が増加するほか、勤務地付近への人口流出、定住支援、マイカー購入補助、道路混雑に対応する道路整備費用などもあるという。
名鉄にとって、広見線の対象区間は約2億4,000万円の赤字、このうち約1億円が補助されても約1億4,000万円の赤字である。約19年間もこの状況が続いたことを考えると、名鉄としても単純な収支だけでは判断できない事情があったのかもしれない。対象区間のおもな利用者は通学生であり、沿線に若い世代との接点を持ち続けられる点も無視できなかったのではないか。御嵩町に住む人が増えれば、通勤通学利用者も増える。地域との関係構築や企業イメージ向上という側面から見れば、一種の広告投資ととらえることもできる。
とはいえ、いつまでも現状のままとはいかない。線路設備も車両も老朽化が進み、更新すれば多額の費用が必要になる。沿線人口の減少も続き、高校生の利用者も減少傾向にある。最小限の設備投資と修繕で路線を守ってきたものの、利用者減少と設備更新負担が重なる中、従来の支援では限界を迎えつつあった。2024年、名鉄は「この枠組みは2025年度までとしてほしい」という内容を両市町に伝えた。あわせて、枠組みを変えて鉄道を存続する場合、今後15年間で約17億6,000万円の設備投資が必要という計画も示された。
11の選択肢から残った「みなし上下分離」も検討終了
可児市、御嵩町、八百津町は「名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅間)の今後に関する勉強会」を開き、2023年に沿線3高校の通学生と保護者、沿線住民を対象にアンケートを実施した。3校のうち東濃高校は生徒の約8割が通学に利用していたが、東濃実業高校、八百津高校の利用率は3割未満にとどまった。保護者も約8割が対象区間を利用していなかった。沿線住民も、広見線の対象区間を利用したことがない人は可児市と八百津町で約75%に及んだ。一方で、御嵩町は約40%だったという。こうした結果を踏まえ、御嵩町は鉄道存続に意欲的だった。
「名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅間)の今後に関する勉強会」は2025年8月、「今後の地域公共交通ネットワークのあり方検討調査報告書」を示した。対象区間の今後について、上下分離化4パターン、第三セクター化5パターン、みなし上下分離、バス転換など11パターンを検討し、みなし上下分離案を有力案として選択した。みなし上下分離とは、上下分離方式を採用した場合と同程度の費用負担分について、名鉄に補助するしくみである。
その後、事業費の積算や費用負担の考え方など名鉄と協議を重ねた結果、みなし上下分離による鉄道存続協議を終了した。それが先月(5月29日)の発表だった。理由は4点ある。
- 恒常的な利用者増加が見込めない (少子高齢化、生産年齢人口減少、自動車利用のシフト)
- 財政負担の大きさ (年間3.4億円、支出すると他の住民サービス低下の怖れ)
- 事業費、市町負担額の増加予測 (物価高騰など)
- 災害復旧費用の負担対応 (みなし上下分離では突発的費用負担が難しい)
これまで自治体は年間1億円の補助負担だったが、みなし上下分離へ移行して「下」を受け持つと、自治体負担は年間約3.4億円に増える見通しで、3倍以上の出費となってしまう。一方、国道21号(旧中山道)経由の代行バス案を検討したところ、新規設備投資の費用は1年当たり約2,920万円、1年間の運行経費は約9,166万円となった。代行バスの収入として1年間で3,158万9,000円が見込まれるとしており、単純比較でも差し引き赤字額は8,927万1,000円となる。
みなし上下分離に移行すれば年間約3.4億円の出費、代行バス案は約8,927万円の出費。数字だけ見れば、代行バス案が圧倒的に低コストといえる。なお、可児市側は「今まで通り年間3,000万円を上限」と表明している。県による支援のあり方についても議論の余地はあるが、現状では鉄道を存続させるだけの財源確保は容易ではない。
前出の住民アンケートでは、約4割が「鉄道の運行継続が必要」と回答するなど、地域に鉄道存続の意向はあった。こうした考え方に対し、「鉄道よりこちらのほうが良い」と思ってもらえるようにバスの利便性を高めるなど、新たな公共交通の構築が今後の課題になる。旧中山道、明智光秀ゆかりの明智城址、鬼岩温泉といった観光地もある。観光需要もしっかり取り込み、「鉄道をあきらめた」ではなく、「鉄道より良い交通をつくった」となってほしい。
筆者は、いち鉄道ファンとして、20年近くも列車の運行が維持されたことに敬意を表したい。


