和歌山県のきのくに線(紀勢本線)沿線には、かつて野上電気鉄道や有田鉄道といった魅力的なローカル私鉄が存在したが、令和の時代に生き残った路線は紀州鉄道のみだった。紀州鉄道は御坊~西御坊間を結ぶ2.7kmのミニ私鉄として知られている。

  • 西御坊駅で発車を待つ「KR301」

きのくに線の御坊駅を起点に、御坊市の市街地を走行して西御坊駅に至る全長2.7kmの非電化ローカル線である紀州鉄道。2000(平成12)年に全長2.2kmの芝山鉄道が開業したため、現在は公式サイト等で「日本最短のローカル線」「日本一短いローカル私鉄」を名乗る。御坊市の名物のひとつにも挙げられる。

紀州鉄道が開業した背景には、御坊駅の位置も関係している。御坊駅は1929(昭和4)年に開業したが、街の中心部からは外れていた。そこで御坊駅と街の中心部を結ぶことを目的に、紀州鉄道の前身にあたる御坊臨港鉄道が設立され、1931(昭和6)年に開業した。

その後、西御坊駅から先の日高川駅まで延長され、貨物輸送による収入もかなりあったという。1960年代半ば以降、自動車の普及などもあって経営が苦しくなると、経営権を不動産事業者に移管。1973(昭和48)年、会社名が現在の紀州鉄道になった。後に貨物輸送は廃止され、西御坊~日高川間も廃線となって現在に至る。

  • 木造駅舎の西御坊駅

御坊駅に紀州鉄道の駅舎はない。紀州鉄道の列車はJR線のホーム端にある0番線を使用する。現在はきのくに線との接続を考慮したダイヤで、30~60分おきに列車が走るが、昼間になると90分も間隔が空く時間帯がある。

0番線のホームでしばらく待っていると、西御坊行が気動車1両でホームに入ってきた。車両は滋賀県の信楽高原鐡道から譲渡された「KR301」。この車両は2016(平成28)年から紀州鉄道での運用が始まり、2020年にクリーム色・緑色の塗装になったという。

列車は御坊駅を16時28分に発車。紀州鉄道は全長2.7kmのミニ私鉄にもかかわらず、中間駅が3駅(学門駅、紀伊御坊駅、市役所前駅)存在する。きのくに線から離れ、のんびりとした風景の中をしばらく走ると、学門駅に到着。駅周辺に和歌山県立日高高等学校・附属中学校がある。

この地にはかつて「中学前」という駅があり、1941(昭和16)年に廃止されたが、日高高校の要望を受け、「学門」というインパクトのある駅名で1979(昭和54)年に復活。受験生にとって縁起の良い駅名であることから、学門駅の入場券は人気が高いという。ただし、学門駅は無人駅のため、入場券は紀伊御坊駅での購入となる。

学門駅から西御坊駅までは約1.2kmしかなく、路線バスのような感覚で途中駅に停車する。紀伊御坊駅は御坊市の中心部に位置し、鉄道部門の現地事務所が置かれている。車庫もあり、筆者が訪れた日は「KR301」と同じく信楽高原鐡道から譲渡された「KR205」と、2017(平成29)年に廃車となったレールバス「キテツ2」が留置されていた。

進行方向右側に御坊市役所を見ながらしばらく走ると、市役所前駅に停車。御坊市役所の他に御坊市立図書館や御坊税務署にも近く、規模の大きい都市ではないものの「官庁街最寄りの駅」といった雰囲気がある。

  • 西御坊~日高川間の廃線跡。1989(平成元)年に廃止されたという

終点の西御坊駅には16時36分に到着。御坊駅からの所要時間はわずか8分だった。西御坊駅には映画に出てきそうな小ぶりな駅舎があるものの、無人駅となっている。ここから先、1989(平成元)年に廃止された西御坊~日高川間の廃線跡があり、現在も鉄路を確認できる。

折返しの御坊行は西御坊駅を17時10分に発車する。時間に余裕があったので、西御坊駅から紀伊御坊駅まで歩くことにした。和歌山県中部に位置する御坊市の人口は現在、約2万3,000人。市内には地名の由来となった日高御坊があり、寺を中心とする寺内町として発展したという。筆者が訪れた日は日曜日の夕方で、周辺はひっそりとしていた。

10分ほど歩いたところで、紀伊御坊駅近くにある御坊市民文化会館に着いた。偶然にも館内から親子が一斉に出てきて、駐車場に向かっていく。自家用車のある家庭にとって、紀州鉄道を利用する機会はあまりなく、きのくに線とセットにして利用するような状況かもしれない。

  • 紀伊御坊駅付近で保存されている「キハ603」

では、御坊市民は紀州鉄道を見放しているのかというと、そうでもない。紀伊御坊駅の横には、2009(平成21)年まで活躍した「キハ603」が保存されている。この車両はもともと大分交通耶馬渓線で活躍し、1975(昭和50)年に紀州鉄道へやって来た。筆者も約20年前に乗車したが、展示された車両はそのときよりも美しく見える。

紀伊御坊駅は紀州鉄道唯一の有人駅であり、主要駅らしくガラス張りの立派な駅舎を持つ。駅舎内に入ると、紀州鉄道オリジナル鉄道グッズが販売されていた。中には「鉄道むすめ」とコラボした扇子も。「学門駅お守りキーホルダー」「学門駅五角鉛筆合格祈願鉛筆」をはじめ、受験生のお土産として購入したい商品もあった。

  • 紀伊御坊駅は紀州鉄道唯一の有人駅

  • 紀伊御坊駅で硬券を購入できる

紀伊御坊駅できっぷを買うと、懐かしの硬券が手に入る。もちろんお土産として持って帰ることも可能。鉄道ファンの心理をくすぐるしかけに、紀州鉄道の経営努力を感じた。西御坊駅からの列車に乗り、紀伊御坊駅を17時13分に発車。途中の学門駅で学生1名が乗車し、乗客は筆者と学生の2名となって、終点の御坊駅に到着した。

紀州鉄道のメインはホテル業やリゾート業であり、本社も東京都にある。一方、鉄道会社としての信頼とブランドは強いようで、当分は鉄道事業を手放すこともないのではないかと思われる。和歌山駅からも1時間以内でアクセスできるので、紀伊半島を訪れる機会があるなら一度は乗ってみてほしい路線である。