生成AIは、テレビ番組の制作を効率化するだけでなく、これまでにない面白さを生み出せるのか――そんな問いに対する一つの答えが、10月31日にフジテレビで放送されたバラエティ特番『話シネマ』にあった。

山里亮太(南海キャンディーズ)、加納(Aマッソ)、渡辺銀次(ドンデコルテ)、さらに『MBSラジオ漫談王決定戦2026』ファイナリスト・ちぇく田の4人が語るエピソードトークを、生成AIによる実写風の映像で可視化するという実験的な番組だ。

単なる再現VTRの代替ではなく、人間が言葉で伝える面白さと、AIが映像で伝える面白さを組み合わせることで、テレビの新たな可能性を感じさせた。

  • (左から)『話シネマ』に出演した加納、渡辺銀次、山里亮太、ちぇく田 (C)フジテレビ

    (左から)『話シネマ』に出演した加納、渡辺銀次、山里亮太、ちぇく田 (C)フジテレビ

再現VTRとは違う「トークと映像の同時進行」

トーク番組で語られるエピソードを映像化すること自体は、珍しい手法ではない。バラエティ番組では、本人が語った出来事をイラストや再現VTRで見せる演出が長く使われてきた。ただ、そうした映像は通常、トーク収録後に制作し、編集で挿入するものだ。

『話シネマ』が新鮮だったのは、話し手がエピソードを語るのと同時に、AIで生成された映像が進行していく点。最初に見たときは、俳優を使った実写の再現VTRだと思ってしまうほどのクオリティーで、近年の生成AIの急速な進化を実感させられる。

まるで無声映画の活弁士のように、話し手の言葉が映像に意味を与え、面白さを膨らませていく。番組タイトルに「シネマ」が入っていることにも納得がいく仕組みだ。

印象的だったのは、山里が幼い頃に遊んでいたカエルを、イタコが降ろしたというトーク。イタコと同じ顔をしたカエルがうっすら横に現れたり、イタコの肩に乗ったりと、AIならではの映像が展開された。実際にカメラで撮影できるはずのない出来事を、話し手のイメージを膨らませるように描いていくという、従来の再現VTRを超えた表現が新鮮だった。

また、筒状の滑り台を子どもが滑り降りると大きな音がして、中にいたおじさんが出てくるという、ちぇく田のトークも、AIの真骨頂を感じた。言葉だけでは状況を把握するのが難しいが、AI映像では滑り台の内部を透かして見せ、ロケット鉛筆のようにおじさんが押し出される様子を可視化したのだ。ちぇく田も「この図解が見たかった!」と、うれしそうに反応した。

通常なら説明のために必要になる言葉や身ぶりを、映像が一瞬で補ってくれる。しかも、単に分かりやすくするだけではなく、おじさんが押し出される様子そのものが笑いにつながっていた。

銀次のトークでも、同様の効果が見られた。お坊さんがヒノキの湯船に挟まってしまったというエピソードは、銀次自身が目撃したわけではない。話し手が見ていない光景まで言葉で伝える、いわば「エピソードトークの中のエピソードトーク」には高度な話術が要求されるが、それを映像が補うことで、聞き手は状況を具体的に理解できる。

さらに、銀次が描写した、ランニングシャツに半ズボン、ハイソックスとランニングシューズを身に着け、光るキティちゃんの耳までつけた「名物おじさん」。ここまで特徴が重なると、言葉を聞いても頭の中に正確な姿を思い浮かべることは難しいが、その奇妙なビジュアルが画面に現れた瞬間、想像を超えた姿が笑いを生んだ。

AIが「一番大変な技術」を担当 それでも必要な芸人の腕

この新たな仕組みの本質を番組冒頭で言語化したのが山里だ。

山里は、トークで重要なのは、聞き手の頭の中にどれだけその光景を思い浮かばせられるかだと説明。芸人が磨いてきた難しい技術をAIが担ってくれることについて、「軽いドーピング」と表現し、「トーク番組の革命が起こるかもしれない」と期待した。

さらに、トークに自信がない番組宣伝の俳優でも、AIの力を借りることで、どんどん話して笑いを取れるようになるかもしれないという見方も示した。

確かに、映像が状況説明を補ってくれるのであれば、話し手がトークの組み立てを考える負担は小さくなる。これまでトーク番組への出演に苦手意識があった演者にも、新たな可能性が開けるかもしれない。

ただ、番組を見て感じたのは、それでも人間の話芸は欠かせないということだ。

『話シネマ』では、登場人物の発言をどのように伝えるか、情報をどの順番で明かすか、どんなタイミングで笑いを取りにいくかといった部分に、芸人たちの技術が存分に表れていた。映像があれば自動的に面白いトークになるわけではなく、AI映像が加わったことで、話し手の言葉の選び方や間の取り方の巧みさも際立っていた。

無声映画で活弁士が映像を言葉で補っていたように、『話シネマ』では言葉と映像が互いを補完し合っている。AIが人間のトーク技術を置き換えるのではなく、話芸巧者の技術をさらに生かす関係になっているのが、この企画の肝だと感じた。