内田有紀と寺西拓人がW主演を務めるフジテレビ系ドラマ『ラストノート』(毎週木曜22:00~ ※FOD・TVerで見逃し配信)の第10話が、10日に放送された。

本作は20歳差という年齢はおろか、育った環境や経験にも大きな隔たりがある、“恋をするはずがない/恋するわけにはいかない”男女が惹かれ合う大人のラブストーリー。

ロマンス詐欺に三角関係、友人との恋人争奪戦と、序盤はそのカオスをツッコみながら楽しむドラマだったはずが、最終回を目前にして印象が一変。50歳を目前にして「好き」という気持ちだけでは突っ走れない葵(内田)と、30歳を迎え、自分の人生を恋愛によって動かされることに迷う澄晴(寺西)――20歳差という設定がここへ来て、痛いほどリアルな“大人の事情”として突き刺さってきた。

  • 内田有紀 (C)フジテレビ

    内田有紀 (C)フジテレビ

とてつもないリアリティで共感させる物語へ昇華

今作の序盤における楽しみ方といえば、ある種エンターテインメントとしての“ツッコミ”だった。

ロマンス詐欺にハマってしまった友人を救うため、ヒロイン自らがその張本人に近づいていくサスペンス。本性を知られまいと繰り広げる攻防のスリリング。偽りで近づいたとわかっていながら惹かれ合ってしまうロマンス。そこへ暴走する友人のメロドラマや、さまざまな恋敵たちが巻き起こしていくカオス――恋愛ドラマの建て付けでありながら、その実、ドロドロとした人間模様や、わかりやすい“ときめき”をキャッチアップし、世界観を十分にわかった上で、茶々を入れながら楽しんでいく……。少なくとも、私にとってはそういうドラマだった。

前回から今回にかけて、そんな“ツッコミドラマ”だったはずの本作が、妙に心に染み入るようになった。しかも、筆者自身の43年の人生、この年齢になってみて、どうしようもなく共感してしまう、“大人のドラマ”へと変貌を遂げたのだ。

先に挙げたロマンス詐欺のギミックや、友人と恋人を奪い合うメロドラマ、同時多発する三角関係のカオスは、ここへ来てすべてがまっさらになってしまった。拍子抜けするほど全員がいい人になったとも言えるし、最終話直前によくある、物語を終結させるための都合のいい展開とも捉えられかねない。

けれど本作は、そんな当初の楽しみ方がなくなり、全員がフラットになってしまったことによるガッカリが皆無だった。むしろ逆に、とてつもないリアリティをもって、主人公と歳の近い視聴者の心を深くえぐり、共感させる物語へと昇華していったのである。

  • 寺西拓人 (C)フジテレビ

    寺西拓人 (C)フジテレビ

ここへ来て浮かび上がった「50歳のヒロイン」である意味

大人になるということは、「分別がつく」ということだ。だから、たとえ恋愛という、本来は分別のつけようがない事象に対しても、大人になればなるほど無意識に分別してしまう。前回から今回にかけての葵の行動――澄晴から無理やり距離を置き、理由もなく別れようとする姿は、「好きならば、そんなことをする必要がない!」と、若い視聴者には到底理解できなかったかもしれない。

けれど、葵は50歳を目前にした、分別してしまう大人なのだ。友人を捨て、元夫から反対され、若い友人から軽蔑され、好きな人の父親からも反発される。そこまでのものをすべて背負ってまで、恋を貫く必要があるのか?そんな恋愛は、しなくてもいいものなのではないか?と、物理的にも距離を置きたくなり、逃避行のような行動に走ってしまうのは、その年齢に近づいたからこその、痛いほどにリアルな感情なのである。

この描写に「いい大人なのになぜ?」と思ってしまうのは、きっと、まだその年齢が持つ重みに気づいていない証なのかもしれない。けれど、私は葵と同じように、分別してしまう大人になってしまった。だからこそ、彼女の抱える痛切な描写に、妙に共感してしまったのである。

そうなのだ。今作は「50歳を目前に控えたヒロインの恋」という建て付けであったにもかかわらず、これまでその「年齢だからこそ」という部分は、あまり見えてこなかった。しかし、この「分別」という描写によって、50歳だからこそのリアリティが見事に浮き彫りになったのだ!と、実感させられたのだった。

50歳の葛藤を越えた先に待っていた、30歳の決断

なにより本作が素晴らしいのは、分別によって50歳の恋愛のリアルを突きつけておきながら、最終的には「相手を慮るあまりの分別」よりも、さりげなく訴え続けてきた「自分を信じる」という、ごく当たり前のテーマへと帰着させたことだ。

自分の心を信じた結果、人に優しくなっていく。その着地点によって、カオスだったはずの登場人物たちが全員、心洗われていく。挙げ句、葵自身も自分に正直に、「好き」という気持ちを信じて澄晴へ会いに行く。その感情のグラデーションが、実に美しかった。

しかし、しかしなのだ。そんな50歳のリアルと逡巡を丁寧に丁寧に描写したそのラスト。今度は、「30歳男性のリアル」が襲いかかってくる。

自分を突き動かすものが自分自身ではなく、相手からでいいのか?それがしかも、恋愛によって突き動かされる自分でいいのか?という「30歳男性のリアル」によって、澄晴が葵に別れを告げ、最終回へなだれ込むという、この展開には恐れ入った。

50歳と30歳――2人それぞれが抱える、途轍もなくリアルな大人の事情が、今度は真正面からぶつかり合う。さて、その先に待っている最終話。一体、どうなってしまうのか。

  • (C)フジテレビ