内田有紀と寺西拓人がW主演を務めるフジテレビ系ドラマ『ラストノート』(毎週木曜22:00~ ※FOD・TVerで見逃し配信)の第7話が、20日に放送された。

本作は、20歳差という年齢はおろか、育った環境や経験にも大きな隔たりがある“恋をするはずがない/恋するわけにはいかない”男女が惹かれ合う大人のラブストーリー。

今回、ついに葵と澄晴の思いが重なり合う一方、2人を取り巻く人間関係はさらに複雑に。そこには、若い頃の恋愛とは違う“大人だからこそのめんどくささ”と、2人それぞれの「誠実さ」が色濃く映し出されていた。

  • (左から)内田有紀 寺西拓人 (C)フジテレビ

    (左から)内田有紀 寺西拓人 (C)フジテレビ

50歳目前だからこそ簡単には切れない“長年の友情”

大人の恋愛は、めんどくさくて、ややこしい。それが50歳を間近にしたヒロインなのであれば、なおさらだ。

若い頃のように衝動のまま突っ走ることはできず、自制心が働く。達観して、自身の恋愛をあきらめてしまうことだってある。はしゃげば恥ずかしさが勝り、残りの人生を思えば、焦りや結婚への意識も当然頭をよぎる。そして何より、その年齢になれば人間関係の枠組みはすでに定まっており、自分の感情だけで無責任に動くことができない…。それが大人というものだ。

そんな大人だからこその、めんどくささとややこしさが、実に詰まった第7話であった。

その象徴ともいえるのが、視聴者にとって“待ってました!”の存在である優子(坂井真紀)に対し、葵(内田有紀)がどこまでも友人として誠実であろうとする姿勢だ。

例えば、これが若い世代の恋愛や友情であれば、優子が嫉妬に駆られて恋路を邪魔した時点で、もう放っておけばいいし、そんな奴は友達じゃないと切り捨てて自分の思いを貫くのが自然だろう。そのほうが恋愛の衝動も描きやすく、視聴者の共感も得やすいはずだ。

けれど、今作のヒロインは50歳を目前にしている。知り合って数年程度の若い関係とは違い、長年さまざまな経験や思いを共有してきた自負がある。その縁を簡単に切ることは、これまで築いてきた数十年の時間や、自分自身の歩みまで否定することになりかねない。だからこそ、そう簡単に優子を切り捨てられないのは当然なのだ。

正直なところ、優子はドラマを盛り上げるためのフックとしての存在であり、エンタメ性を高めるスパイスに過ぎないと思っていた。ところが今回、“めんどくさい存在”である優子にすら、葵は誠実に向き合おうとする。澄晴(寺西拓人)への思いをわかってもらおうと尽くす姿には、彼女自身の生真面目さだけでなく、これまでの人生で積み重ねてきた人間関係の重みがもたらすリアルがにじみ出ていた。

  • (C)フジテレビ

    (C)フジテレビ

澄晴が見せる“残酷なまでの誠実さ”

この“誠実さ”という共通項を持ちながら、葵と対照的な印象を残したのが澄晴だ。

彼にとっての誠実さは、年齢や経験の積み重ねからくるものではない。まぎれもなく、葵への強い思いによって突き動かされている

元カノである莉奈(桜井日奈子)に対し、「好きな人がいるから別れたい」と、愚直なまでに直接会って伝えようとするあの行動は、あまりにもまっすぐで、だからこそ残酷なまでに誠実だった。もちろん、それも澄晴の性格ゆえなのだろうが、その“残酷な誠実さ”のすべてが、葵への一途な恋心に集約されている点が実に面白い。

葵の誠実さが「これまでの人生や人間関係の積み重ね」から生まれているのに対し、澄晴の誠実さは「葵を好きだという今この瞬間の感情」から生まれている。この対比の妙こそが、今作を単なるエンタメにとどめず、より深い感情の物語へと昇華させているのではないだろうか。

そして今回の後半、いよいよ2人は結ばれた。初回の展開からは想像もつかないほど外連味のない純粋な恋愛劇――言い換えれば、2人の甘いイチャイチャが描かれたわけだが、ここで視聴者は改めて突きつけられる。これは50歳直前のヒロインと30代男性の恋なのだ、と。そこにある微笑ましいやり取りを見ながらも、どこか直視しづらい気恥ずかしさを覚えてしまったのも本音であった。

しかし、今作の巧みなところは、「そうはさせまい!」と、さらなる障害を投げ込んでくるところだ。優子の逆襲にとどまらず、澄晴からあの残酷な誠実さを突きつけられた莉奈までもが嫉妬に駆られ、若さ全開で2人の間に割って入ってくること必至。せっかく結ばれた2人の前に、またしても波乱の予感である。

優子のみならず莉奈まで参戦し、2人の恋愛劇はますます泥沼化していく。

――やはり、大人の恋愛は、どこまでもめんどくさくて、ややこしい。

  • (C)フジテレビ