内田有紀と寺西拓人がW主演を務めるフジテレビ系ドラマ『ラストノート』(毎週木曜22:00~ ※FOD・TVerで見逃し配信)の第9話が、3日に放送された。
本作は20歳差という年齢はおろか、育った環境や経験にも大きな隔たりがある、“恋をするはずがない/恋するわけにはいかない”男女が惹かれ合う大人のラブストーリー。
今回、これまで2人の恋を阻んできた周囲の事情が一つずつほどけていくことで、最後に残ったのは、誰かに邪魔される恋ではなく、葵と澄晴自身が「20歳差」という現実にどう向き合うのかという問題だった。“好き”だけではどうにもならないことが増えていく大人の恋だからこそ、その先にどんな答えを出すのかが、いよいよ真正面から問われる。
大人になるほど恋愛についてくる“理屈”
誰かを好きになる気持ちは、誰にも止められないし、止める権利もない。
個人的には、たとえそれが誰かを傷つけることになってしまう“好き”であっても、道ならぬ“好き”であっても、「好きになってしまったんだからしょうがない」と言えてしまうほど、その感情は絶対的なものだと思っている。
ラブストーリーという創作の中では、なおさらだろう。どんな障害があろうとも、むしろ障害があるからこそ燃えてしまう。それをエンターテインメントとして成立させられるのが、ラブストーリーというものだ。そこで描かれる“好き”を絶対的なものとして進めなければ、物語として成立しないし、視聴者の共感も得られないからだ。
…であるのだが、筆者も人生43年目にして、ようやくわかってきた。
好きになることは止められないし、止める権利もない。それは変わらない。けれど、やはり当然のことながら、“好き”だけではどうしようもないことが、痛いほど身に沁みてくるのだ。
年を重ねれば、家族との関わり方や、家族をつくるということにも、より生々しさが伴ってくる。当然、年をとれば、“好き”の先に「結婚」が現れる。好きで付き合った、その先に自然と結婚が見えてくる…などと、悠長なことは考えられなくなる。
年を重ねたうえで、結婚せずに、ただ好きという気持ちのまま自由にいることにも、それ相応の覚悟がいる。親から向けられる視線もあるし、親の老後を考えれば、そこには“好き”だけでは収まらない親孝行という問題も浮かび上がってくる。
今この年齢で子どもを産んだとしたら、子どもが成人するときに自分は何歳なのか。そのときの経済状況、生活環境、周囲の目、世間体、親の老後、自分自身の行く末……。あらゆるものが絡み合い、“好き”だけではいられなくなってくる。
“毒親”だった父の言葉が、ようやく腑に落ちた
翻って、本作だ。これまで何度も言及してきたように、今作は、そんな“大人の面倒くささ”をエンターテインメントに振りながらも、実に生々しく、克明に描いている。
今回のメインエピソードとなったのは、澄晴(寺西)の“毒親”・眞澄(佐々木蔵之介)の闘病と、父子の和解だった。これまでの眞澄との物語は、今作のエンタメ要素とも言える、好きという思いが暴走し、その果てにストーカーと化していた優子(坂井真紀)のエピソードと比較すると、親子間の不和によって恋愛が邪魔されるという展開の弱さもあって、正直、あまり感情移入できていなかった。
そもそも、父親が息子の恋愛に介入してくる、その真意も今ひとつつかめなかったのだ。また、そんな父親が急に病に冒されるという展開についても、最終回が近づいたからこその、クライマックスに向けた安直な“駒”なのではないかと思っていた。
ところが、だった。妻を早くに亡くしたことで眞澄が抱えてきた息子への思いが前回描かれ、今回は、自らが死に近づいたことで、その思いがより鮮明に浮かび上がってきた。「もっと違う人と幸せになれるはずだ」という願い――それが、今回一気につながった。
“好き”を邪魔する権利はない。けれど、息子を思うがゆえに、そうせずにはいられない父の思いに、どうしようもなく共感してしまったのだ。
何より、これまで少しずつ積み重ねられてきた、ぐちゃぐちゃだった父子の思いが、眞澄の闘病というエピソードによって、人情の物語として紡ぎ直されていく。その過程が素晴らしく、まさかこのドラマで、ここまで涙を誘われるとは思いもしなかった。
眞澄の思いが、こじれ続けた優子まで救った
眞澄の父親としての思いが、優子にもつながっていく展開もまた見事であった。
父の介護を続けて自分の人生を送れず、その空白を埋めたいという思いが、澄晴への過剰な執着や暴走にもつながっていった優子。その優子の思いと、眞澄が息子・澄晴へ抱く思いが重なることで、優子自身が前へ進むきっかけを得て、さらには澄晴との和解へとつながっていく。その美しい着地が見事だったのだ。
優子は、ドラマをかき乱す“待ってました!”の存在である。一方で、ここまで見てくると、どうにか幸せになってほしいという愛着も湧いていたキャラクターだ。だからこそ、急に人が変わったように諦めるのではなく、最終回間近だからと雑に処理されるでもなく、これまでストーカーと化してまで澄晴に執着していた複雑にこじれた優子が、澄晴の父親によってほぐされ、思いもよらない形で人生を救われる。そのストーリーのつながりに、素直に感動してしまったのだ。
とはいえ、ラブストーリーというものは、出会って付き合うまでのターンがあり、そこから何らかのすれ違いが起こって別れてしまう。そして、そこからどうやってハッピーエンドへ向かうのか。もしくは、向かわないのか。そこまでを描くのが常套だ。
第9話終了時点で、葵と澄晴の恋を外側から阻んできたしがらみは、ひとまずなくなったと言っていいだろう。ここからは、いよいよ真正面から、20歳差という恋をどうやって乗り越えていくのか、というターンになってくる。
これまで2人の恋を邪魔してきたものが、ひとつずつ取り除かれたからこそ、ここから濃密に描かれるであろう“大人の恋愛”そのもの。20歳という年齢差を、2人はいったいどう受け止め、どう生きていくのか。
――さて、その先に待っているのは、本当にハッピーエンドか?




