井川線は地域補償の一部、廃線はない…だから延命策ではない

運行費用の総額を中部電力が負担していることもあり、大井川鐵道は金額を知らないという。相場感でいえば、年間で億単位の負担ではないかと推測される。つまり、中部電力にとって井川線は大赤字、大井川鐵道はプラマイゼロということになる。

ここで疑問が生まれる。当初は年間約10万人、12万トンの貨物輸送を見込んだ井川線だが、直近15年間で定期旅客ゼロ。貨物輸送もトラックに変わってしまってゼロ。中部電力はなぜ、補償の実体もない路線を維持するのか。筆者の懸念はここだった。

中部電力が井川線を手放しても、大井川鐵道が井川線を維持したい。そのための準備として、「値上げ」するのかと最初は思ったが、「それはない」と鳥塚氏は否定する。

「大井川鐵道の社長就任時に、中部電力の現地担当者はもちろん、本社にも出向いてご挨拶しました。その時から今まで、廃止の話は一切ありません。これはなぜかというと、中部電力と大井川鐵道に契約書があるように、中部電力と地元との契約もあるからです」

地域の自然を壊し、ダムに沈んだ家もある。大井川水運という輸送手段も失った。その補償として鉄道があり、道路があり、さまざまな契約が70年間も維持されている。これを変えることはない。そこは安心して良さそうだった。井川線の赤字はローカル鉄道会社にとって大金であっても、電力会社にとっては地域との信頼性維持に必要なコストなのかもしれない。

そこでもうひとつ疑問がある。井川線といえば、奥大井湖上駅が観光名所と化している。テレビの旅行番組でも紹介されるし、雑誌に大きな写真が掲載されることもある。ところが、どれだけ観光誘致を行っても、大井川鐵道の増収にはならない。大井川鐵道にとって井川線に取り組む必要はないともいえるが、その一方で、地域の観光業にとって井川線を訪れる観光客は重要。その温度差が気になった。

「そうなんです。会社としては井川線に手間をかけるより本線を、となります。だから井川線もトーマスやブルートレインのように観光列車化して、会社も地域も潤う仕掛けが必要です。井川線に急行を走らせて急行料金とか、アプト特別料金も検討しました。鉄道業界では運賃と料金は別ですけど、収益という意味で一緒じゃないかとみなされたら、やっぱり中部電力に全額を納めなくちゃいけないだろうと。だから運賃は触らないで、旅行商品にしようと考えました」(鳥塚氏)

旅行商品として成立させるには、乗車以外のサービスと組み合わせる必要がある。たとえば、東海道新幹線の「ぷらっとこだま」にはドリンク引換券がある。JR西日本のグループ会社が販売する「寝台特急サンライズ上り限定ツアー」にはオリジナルグッズがある。

「井川線の旅行商品として、奥大井湖上駅往復と奥大井湖上駅のカフェのコーヒー券とか、接岨峡温泉入浴券付き往復パッケージのようなものを考えています。本線のきかんしゃトーマスは旅行商品です。ブルートレインもやっていて、片道でいくら、往復でいくらという形ですけど、これにプラスして、ワンボックス専用プランなども追加しています。井川線の観光列車もこれがスタートラインです。これらいろいろなプランを作ります。片道プランの人には地元のお茶を付けましょうとか、和菓子屋さんの羊羹を一切れつけましょう、モナカにしましょう。そんなふうに、地元にもお金が落ちる仕組みを作ります」(鳥塚氏)

「井川線を値上げ」という間違った表現によって、「観光客が来なくなる」という不安が生まれた。それが地元議員らによる大井川鐵道と中部運輸局への要望書提出につながった。鳥塚氏はこの要望を受けて、「住民と語り合う会」を開催した。「井川線サポータークラブ」を設立し、「地元にもお金が落ちる仕組み」を作っていくとしている。

大井川鐵道には、島田市と川根本町の有志が設立した「大井川流域鉄道サポーターズクラブ」がある。大井川鐵道も自社で「大井川鐵道ファンクラブ」を主宰する。これとは別に、井川線のビジネスに特化した「井川線サポータークラブ」を組織し、6月上旬から募集開始した。6月中に第1回のキックオフミーティングを開催予定だという。

「こんなことをやりたい。こうだったらいいな、とかアイデアを持っている人、沿線のお店や観光に関わる人とタイアップして、いろいろな商品を作っていって、観光列車そのものを盛り上げて育てていきましょう、というクラブです。単なるファンクラブと違って、地元の事業者さんたちが自分たちの売り上げを増やす。まずは経済活動をしていく。観光列車にはおもてなしが必要です。手を振ったり踊ったりと駅でお見送りしていただくという応援も出てくると思います。それだけではなく、おもてなしが自分たちの売上につながるようなサポータークラブです。7月1日からできることから始めます」(鳥塚氏)

井川ダム周辺を黒部ダムに負けない観光地に

奥大井湖上駅が観光名所になっている一方で、井川線の終点である井川駅付近の井川ダムも景色が良い。井川駅から中部電力井川展示館まで徒歩3分ほどで行けるが、南アルプスユネスコエコパークや遊覧船のりば(井川湖渡船待合所)まで徒歩で1時間以上もかかる。井川駅から堂平まで廃線跡を歩くルートは楽しそうでも、堂平から井川地区の中心部までが長い。井川駅付近から乗れる井川湖渡船の定期便は現在、船体に不具合があるとのことで休航中になっている。運行主体である静岡県と大井川鐵道の連携に期待したい。

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    井川湖の観光開発も期待(地理院地図をもとに筆者加工)

黒部峡谷鉄道に黒部ダムがあるように、井川線にも井川ダムがあり、観光地としての素地はある。井川ダムは日本初の中空重力式コンクリートダムで、長瀬智也主演の映画『ヘブンズ・ドア』(2009年)でロケ地にもなった。現在は不定期にダム内部の見学が行われている。これらを組み合わせ、井川線で観光客を呼ぶしかけが必要だと思う。

「コロナ禍から、5往復のうち3往復が接岨峡温泉で折返しになりました。秘境駅で有名な尾盛駅や、高さ日本一の関の沢橋梁も接岨峡温泉の向こう側です。できれば井川まで全列車を走らせたい。それと、観光シーズンはたくさんご乗車いただいてますが、車両が小さいので、混雑して乗れないのではないかと不安があるでしょう。だから定員制にして、予約していただければ確実に乗れる形にしたい。お客様が何人いらっしゃるか把握できれば、沿線のお店も仕入れ数を決められるし、お弁当も売れます」(鳥塚氏)

筆者は以前、アプトライン機関庫などを見学するツアーに参加したことがある。その際、長島ダム駅に地元の業者が餅を売りに来ていた。機関車を付け替える時間があり、空腹も手伝ってツアー参加者のほとんどが購入し、売り切れた。その業者は普段ここには来ないと話していた。ツアーで団体客が来るとわかっていたから商売になる。そのときにならないと何人来るかわからない状態だと、商売にならない。

「沿線にはコンビニがありませんから、お弁当などを提供したい。でも見込みを間違えるとフードロスになる。これだけ売れそうだと見当が付けば、ロスが減るし、原価率も上げられて、同じ値段でも良いモノが作れます。旅行商品にお弁当を付けて、1日30個が確実に売れていくと、ゆくゆくは店舗の改築や増築を検討できるレベルになるかもしれません。旅行商品に組み込むと大井川鐵道の手数料をいただくことになりますが、そうじゃなくても、駅前で賑やかにいろんな物を売ってくださいと。そうして地域全体がプラスになっていきます。そして旅行商品の代金の中から、運賃に相当する分は中部電力にお支払いします。つまり中部電力にとっても増収になります」(鳥塚氏)

大井川鐵道も、地域も、中部電力も売上が増える。三方良しである。いや、観光客もいまよりもっと楽しい体験ができるはずだから、四方良しだろう。