大井川鐵道は、7月1日から井川線の運行形態を「観光鉄道」として再構築すると発表した。公式サイトで予約受付が始まっている。千頭~井川間、千頭~奥大井湖上間、千頭~接岨峡温泉間などの乗車プランは各3,500円、往復で7,000円。これが「一律大人3,500円の値上げ」「2.6倍の値上げ」「最大20倍強の値上げ」などと報じられたが、「値上げ」という表現は間違っている。そしてこの施策は、廃線の危機や赤字ローカル線の延命策でもない。
なぜ井川線の改革が必要か。大井川鐵道代表取締役社長の鳥塚亮氏に直接聞いた。感想は「面白いことになりそう」だった。
井川線は千頭駅(静岡県川根本町)と井川駅(静岡市葵区)を結ぶ25.5kmの路線。大井川の水力発電用ダムを建設するため、電力会社が資材運搬用に建設した。ダムの完成後、運行を大井川鐵道に委託し、井川線となった。ダム建設で井川村の約3分の1にあたる193戸が湖底に沈むため、井川村再生に向けた補償であり、大井川の水位が下がり、林業にとって流木輸送ができなくなることに対する補償のひとつでもあった。
井川線の旅行商品を新たに設定、運賃値上げではない
大井川鉄道は公式サイトの「井川線 観光列車化の主なポイント」で、次のように示した。
- 観光列車は「座席定員制(列車指定制)」で運行
- 予約・決済はオンラインで24時間受付
- 乗車区間に関わらず、大人3,500円 / 小児1,750円
- 上り始発・下り最終は従来通りの運賃で利用できる一般車両を連結
- 沿線住民向け「井川線沿線住民パス」を新設
観光列車と「従来通りの運賃で利用できる一般車両を連結」した列車の2種類を運行し、観光列車は大人3,500円・小児1,750円。これだと観光列車だけ値上げに見えてしまうが、その下の料金に「募集型企画旅行商品としての販売」とある。どういうことかというと、運賃値上げではなく、「新たに募集型企画旅行商品専用列車を走らせますよ」という意味を持つ。
井川線の運賃に関して、大人は初乗り160円、千頭~井川間1,340円で現行のまま。これが「上り始発・下り最終は従来通りの運賃」である。1往復(千頭~接岨峡温泉間)だけになるものの、普通運賃で乗車できる。その他の列車は旅行商品、つまりパックツアーとしての利用であり、きっぷを購入しての利用ではない。だから運賃と比較して「値上げ」とはならない。
要するに、「通常の運賃体系は維持し、新たに旅行商品を設定します。すべての列車を旅行商品として運行します。普通運賃で乗車可能な列車は1往復です」が正しい。
旅行商品は乗車とサービスをセットにして発売する。東海道新幹線で例えると、「ぷらっとこだま」のように乗車とドリンクチケットをまとめたサービスである。通常の「乗車券+新幹線特急券」ではない。先頃、JR東日本が発表した新たな夜行特急列車「ルナ・アズール」も旅行商品で販売される。「乗車券+特急券」では乗れない。
新幹線や特急列車をはじめ、運賃に特急料金・指定席料金・グリーン料金を追加して利用する場合は既存の運賃体系で計算される。一方、旅行商品はサービス全体の価値に対して代金を設定できる。ゆえに既存の運賃体系にない価格設定も可能になる。井川線の観光列車は今後、旅行商品として販売される。運賃の変更ではないから、大井川鐵道は国土交通大臣に対して「上限運賃の変更」手続きを行う必要はない。
7月以降、観光列車化した井川線に乗る場合、実質的に大人3,500円となるので値上げに見えてしまうかもしれない。だが実際には、運賃改定の手続きを行うわけではなく、従来の運賃で乗れる列車もある。加えて、川根本町全域および静岡市葵区井川地区に住所を持つ人へ「井川線沿線住民パス」も提供する。これも運賃ではない。いわば「発行手数料1,000円」の乗車権利であり、全国の自治体が発行する「敬老パス」のようなものと考えられる。
なぜ単純な値上げではなく、旅行商品という販売形態にするのか。これに関して、井川線を保有する中部電力と、運行する大井川鐵道の関係を理解する必要がある。
中部電力との関係は? 井川線の歴史をたどる
井川線の歴史をたどってみよう。1935(昭和10)年、大井川電力(当時)の専用鉄道として大井川専用軌道を建設し、千頭駅から大井川発電所(現在は廃止)までの区間で運行開始した。この鉄道は「御料林地」に建設された。このあたりの林は明治維新まで江戸幕府直轄林で、良質な木材が幕府御用材として使われたという。木材は大井川から江戸まで海上輸送され、江戸城などに使われた。幕府直轄林を明治政府が引き継いで「官林」とした後、宮内省(現・宮内庁)に編入して御料林となった。
大井川専用軌道は森林鉄道に多い762mmの軌間で建設された。工事終了後に御料林へ無償で鉄道を引き渡し、森林鉄道とする約束だった。しかし運行開始の翌年、1936年(昭和11年)に大井川本線と同じ1,067mmに改軌した。大井川本線も林業輸送と水力発電の資材輸送のために建設された路線である。軌間を合わせることで貨車の直通を可能にした。
戦時中の配電統制令によって大井川電力は中部配電に統合され、戦後になって中部電力へ引き継がれた。中部電力は戦後復興の電力不足に対応するため、1951(昭和26)年から井川ダム建設に着手。大井川専用軌道は中部電力専用軌道に改称し、1954(昭和29)年に大井川ダムから井川駅経由で堂平駅まで延伸した。中部電力専用軌道はダム資材運搬に加え、700~1,000人のダム建設作業員を載せた。御料林地だった時代に約束していた林業輸送と、井川村への補償として住民の無料輸送も実施した。
1957(昭和32)年に井川ダムが完成すると、中部電力専用軌道の資材輸送、作業員輸送の役目は終わる。地域補償の住民輸送と林業などの貨物輸送は継続していたが、電力会社の事業用鉄道に旅客を乗せてはならないと国から指摘を受ける。そこで2年後、1959(昭和34)年に大井川鐵道へ運行を委託した。中部電力専用軌道は大井川鐵道井川線になった。
井川線が赤字でも負担は不要、ただし「黒字でも儲からない」
当時の運輸審議会答申書を見ると、「大井川鉄道株式会社は、中部電力株式会社経営の専用鉄道井川線(千頭、堂平間26.6キロ)の鉄道施設を借り受け地方鉄道として近く運輸営業を開始する」とあり、大井川鐵道が中部電力に施設を借りたことがわかる。大井川鐵道が主体のように見えるが、実体は中部電力が主体で、その業務を大井川鐵道が代行している。
井川線発足時の普通旅客運賃は「営業キロ1キロ当たり4円をもつて算定した運賃」、1カ月定期は「通勤6割引き、通学7割引き」、貨物運賃は「貨物営業キロ程を40割増として算定した運賃」とした。ここで注目すべきは運賃算定の根拠であり、「旅客数量を年間9万6,000人、貨物扱いを年間11万9,000トン」としている。それだけの輸送需要がある路線だった。
このとき、輸送量に必要な費用を差し引き、井川線の収益は年間で102万8,000円と設定され、運賃が認可された。ただし、これに大井川鐵道の取り分はない。すべて中部電力に納めるという契約になっている。大井川鐵道代表取締役社長の鳥塚亮氏が説明する。
「現在も年間で約6,000万円の売上を中部電力に納めています。運転士、車掌、駅員、保線などの従業員は大井川鐵道の社員ですが、人件費は中部電力が出している。それ以外の会社の取り分はありません。保線資材はこちらで発注しますけど、納品を受けたら伝票を中部電力に回す。そのくらい徹底しています。厳密に言うと、井川線の社員は大井川鐵道の費用で採用し、大井川鐵道の費用で養成しているわけですから、そのぶんだけ大井川鐵道の持ち出しです」
大井川鐵道に利益配分がないことは、当初から契約書にあるという。黒字でも儲からないが、赤字を負担しなくてもいい。それにしても、なぜこのような契約になったのだろうか。
「井川線の存続が大井川鐵道本線の利益に結びつくと考えたからでしょうね。井川線だけで完結する貨物はないし、井川線沿線の人々も本線に乗ってくれるわけで。さらにいうと、大井川鐵道も中部電力と共に、井川線沿線の振興に役立ちたいと考えた」(鳥塚氏)

