テレビ画面を注視していたかどうかが分かる視聴データを独自に取得・分析するREVISIOでは、24日に放送されたNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』(総合 毎週日曜20:00~ ほか)の第20話「本物の平蜘蛛(ひらぐも)」の視聴分析をまとめた。
「あの平蜘蛛は2つとも偽物じゃ」
最も注目されたのは20時36分で、注目度75.4%。松永久秀(竹中直人)が自ら修築した信貴山城を枕に爆死するシーンだ。
2つの平蜘蛛から本物を見分けよ、という久秀の難問を、機転を利かせて攻略した小一郎(仲野太賀)に久秀は潔く負けを認め、再び織田信長(小栗旬)に降伏すると約束した。久秀が出立の支度を調えている間、小一郎と秀吉(池松壮亮)は窮地を乗り越えた喜びをかみしめる。すると突然、何かが爆発する音が鳴り響いた。驚く兄弟の耳にさらに轟音が届く。「いかん! 小一郎!」「な、何じゃ!?」事態を察した秀吉は、驚く小一郎を連れて久秀の消えた城の奥へ向かう。
そこには炎の中に1人座る久秀の姿があった。「松永殿!」「約束が違うではないか!」兄弟が叫ぶ。しかし久秀は不敵に笑う。「まこと、人がいいのうお前たちは。全て偽りじゃ! 戦、戦、戦、戦、のこの世にはもう飽きた! 先に逝って待っていると信長めに伝えよ」小一郎の説得にも耳を貸さず、久秀はさらに続ける。「それからな、あの平蜘蛛は2つとも偽物じゃ」がく然とする兄弟に久秀は、とうとう本物を手に入れることができなかったこと、さらに小一郎が壊そうとした平蜘蛛は久秀の父が作ったものであることを明かした。
「なぜ、止めたのかは己にもよう分からん。と言ったら信じるか?」と、なおも兄弟を揺さぶる久秀に「もう、それやめえ!」「嘘かー!」と兄弟は絶叫する。「はははははっ! 何が本物で何が偽物かなどそんなものはどうでもいい! お前らもせいぜい苦しめ。うまく信長を欺くんじゃぞ。まがいものをうれしそうにめでる信長のまぬけな姿をあの世からとくと楽しませてもらうわ! ははははは!」
あっけにとられている小一郎と秀吉を尻目に久秀は「千秋万歳、万々歳…」と口ずさみながら大量の爆弾を持ち出す。「兄者、逃げるぞ!」慌てて小一郎と秀吉が駆け出す。「ははははっ! はははははっ!」久秀が狂気の笑みを浮かべた瞬間、久秀が築いた信貴山城は一瞬のうちに吹き飛んだ。
「松永久秀の解釈としては完璧だった」
このシーンは、久秀の壮絶な最期に、視聴者の視線が「クギづけ」になったと考えられる。
信長に降ることを良しとせず信貴山城にこもった久秀。2度も裏切った久秀だが、信長は平蜘蛛を差し出すことで許すとし、家臣団の中で久秀がもっとも心を開いている小一郎と秀吉を向かわせた。面会の末、兄弟は平蜘蛛を手に入れはしたが、久秀の説得は叶わず、久秀は狂気じみた笑い声を上げながら爆炎とともに消えてしまう。
SNSでは「史実かどうかは置いといてちゃんと爆死した久秀久しぶりに見た気がするね」「燃えさかる炎の中で高笑いを上げる久秀はカッコよかったな」「周りを滅茶苦茶振り回して最後は勝手に爆死するっていうのが松永久秀の解釈としては完璧だった」と、久秀の最期が話題となった。
今回のキーアイテムとなった古天明平蜘蛛は蜘蛛が這いつくばるような低く平たい形状を持つことから「平蜘蛛」と呼ばれた。現在の栃木県佐野市にあたる下野・天明で製作されたとされる。信貴山城の落城後、近江及び山城の武将だった多羅尾光信が破片を集めて復元し、1581(天正9)年に津田宗及を招いて行った茶会で、父の多羅尾綱知が使用したと伝わっている。また、柳生家の家譜『玉栄拾遺』には、久秀が砕いた平蜘蛛は偽物で、本物は柳生松吟庵に密かに譲られたという説もある。
久秀とともに燃え尽きた信貴山城は、奈良県と大阪府の境にある信貴山に築かれた山城。大和支配の重要拠点であり、険しい山岳地形を活用した難攻不落の城として知られている。久秀が改修した頃は久秀の築城技術は最先端であったが、作中の時期には既に新しい技術が台頭しており、それが織田家中における久秀の立場を脅かしたのではないかと言われている。もしそうであれば、久秀の死に様は非常に意味深い。現在は城跡が残り、国指定史跡になっている。久秀より以前に木沢長政が拠点とした時期があり、畿内の争乱に深く関わっていた。
信貴山は毘沙門天信仰の聖地であり、城の周囲には多くの寺院が存在した。作中では1人で自爆した久秀だが、史実では嫡男・松永久通とともに自害したとされている。また、久通には3人の子がいたといわれている。その内14歳と12歳の2人は織田家に人質として預けられていた。しかし、信貴山城落城前に京都六条河原で処刑されたと伝わっている。一方で唯一生き残った彦兵衛という子の系統は後世まで続いたという説があり、その子孫には海軍中将・松永貞市と海軍大尉・松永市郎、さらにドコモのiモード開発者の松永真理さんがいる。

