お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が、3日にBSフジで放送されたトーク番組『太田光のテレビの向こうで』で、テレビ業界への熱い思いを語った。
宮藤官九郎にお願い「バラエティの作家として…」
太田は、脚本家の宮藤官九郎と対談。その中でテレビをめぐる話題になると、太田は「なんで誰も本気出さないだ、テレビ屋は」と熱を込め、「テレビはオワコンってこんだけバカにされて、なんで誰も怒らねえんだよって俺は思ってるわけですよ」と持論を展開した。
さらに、「テレビマンがちょっともう諦めてるじゃんっていう感じがするんですよ。自分もテレビやってる中で」と危機感を口にし、「だから僕はもう一度、宮藤さんにお願いしたいのは、やっぱバラエティの作家として(やってほしい)。まだその分野はやれてないでしょ」と呼びかけた。
これに対して、宮藤が、「やれてないですね。やれてないというか、やっぱりコント作家やってるときって使い分けてた、自分の中で別物っていう風にしてた。そういう意味ではやれてないですね」と返答。すると太田は、「ぜひ。どうですか? 僕、本気なんですよ。すぐそうやって笑ってごまかす」と指摘した。
その後も太田の勢いは止まらず、「俺もさ、巨匠だからあんまり圧迫しちゃいけないと思うし、遠慮してるけど……。この際だから言うけど、宮藤官九郎が企画出して、そこにちょっと俺の名前も入れといてくれれば、爆笑問題ってちょっと入れてくれれば」と直談判。宮藤が、「(企画は)通りますかね」というと、太田は「通る。通ると思うんだよな、俺は。じゃあちょっとお願いします」と改めてラブコールを送っていた。
【編集部MEMO】
爆笑問題は、1988年に結成された、太田光と田中裕二によるお笑いコンビ。太田プロにスカウトされ、1988年7月にでテレビデビュー。以降順調にレギュラーを増やしたが、事務所独立に伴い、一時的にテレビなどから姿を消すことに。その後、1993年に自らの芸能事務所「タイタン」を設立し、同年に「NHK新人演芸大賞」を受賞し、さらに翌94年には、「GAHAHAキング 爆笑王決定戦」で初代チャンピオンに輝くなど再ブレイクを果たした。
